叱られる、と思っていた。
弔いの場で本気で泣き、喪主に向かって妙なことを口走り、あげく陰陽師から餅をもらって頬張った泣き女だ。時雨の雷が落ちないはずがない。私は朝から、竈の前でなるべく小さくなって、芋を洗っていた。
ところが、時雨は上機嫌だった。
「露、客だよ。陰陽寮からだ」
数珠の珠を弾く音が、いつもよりずっと軽い。嫌な予感がした。叔母の機嫌がいいときは、たいてい、私の身に何かが降りかかる。
客間――といっても、家のいちばん奥の、床板が少しだけきしまない部屋だ――にいたのは、あの白玉だった。戸の隙間という隙間に、泣き女衆の娘たちの目が並んでいる。陰陽師はそれに気づいているのかいないのか、背筋を伸ばして座ったまま、私をまっすぐに見た。
「昴という。陰陽寮の者だ」
声は低く、静かだった。
穢れの家に、陰陽寮の役人が自分から足を運ぶ。それだけで、娘たちには大事件らしい。
「後宮で、亡くなった梅壺の更衣の姿を見たという噂が立っている。祓えと命じられた。だが、祓う前に知りたい。あの方が、何を想い残しているのか」
「それを、なんで私に」
「あなたは昨日、あの方の最期を言い当てた」
私は黙った。
言い当てたわけじゃない。流れこんできただけだ。寒さも、暗さも、淋しさも、自分のことみたいに。あれをもう一度味わうのかと思うと、胃の腑のあたりが冷たくなる。
「お断りします。本気で泣くのは、もうごめんです」
「うちの露は、高うございますよ」
割りこんだのは、時雨だった。数珠をじゃらりと鳴らして、ずいと膝を進める。そこからの叔母の手際は、見事というほかなかった。気がつけば私は、銭と米と引きかえに、陰陽寮へひと月貸し出されることになっていた。本人の返事は、どこにも挟まっていなかった。
「……条件があります」
せめてもの抵抗を、私は口にした。
「椿餅。毎日」
「わかった」
即答だった。早すぎない? と言いかけて、私は口をつぐんだ。昴は表情ひとつ変えていない。変えていないのに、なぜだか少しだけ、ほっとしたように見えた。
帰っていく昴を、時雨は戸口で見送っていた。その目が、妙だった。客を見る目でも、銭を見る目でもない。ずっと前から知っている誰かを、遠くから確かめるような目。叔母があんな目で人を見るのを、私ははじめて見た。
「……叔母さん?」
時雨は、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「いいかい、露」
いつになく、低い声だった。
「向こうで、自分の涙だけは流すんじゃないよ。流したら、帰ってこられなくなる」
「向こうって、どこ」
時雨は答えなかった。ただ、数珠の珠をひとつだけ、ぱちりと弾いた。
弔いの場で本気で泣き、喪主に向かって妙なことを口走り、あげく陰陽師から餅をもらって頬張った泣き女だ。時雨の雷が落ちないはずがない。私は朝から、竈の前でなるべく小さくなって、芋を洗っていた。
ところが、時雨は上機嫌だった。
「露、客だよ。陰陽寮からだ」
数珠の珠を弾く音が、いつもよりずっと軽い。嫌な予感がした。叔母の機嫌がいいときは、たいてい、私の身に何かが降りかかる。
客間――といっても、家のいちばん奥の、床板が少しだけきしまない部屋だ――にいたのは、あの白玉だった。戸の隙間という隙間に、泣き女衆の娘たちの目が並んでいる。陰陽師はそれに気づいているのかいないのか、背筋を伸ばして座ったまま、私をまっすぐに見た。
「昴という。陰陽寮の者だ」
声は低く、静かだった。
穢れの家に、陰陽寮の役人が自分から足を運ぶ。それだけで、娘たちには大事件らしい。
「後宮で、亡くなった梅壺の更衣の姿を見たという噂が立っている。祓えと命じられた。だが、祓う前に知りたい。あの方が、何を想い残しているのか」
「それを、なんで私に」
「あなたは昨日、あの方の最期を言い当てた」
私は黙った。
言い当てたわけじゃない。流れこんできただけだ。寒さも、暗さも、淋しさも、自分のことみたいに。あれをもう一度味わうのかと思うと、胃の腑のあたりが冷たくなる。
「お断りします。本気で泣くのは、もうごめんです」
「うちの露は、高うございますよ」
割りこんだのは、時雨だった。数珠をじゃらりと鳴らして、ずいと膝を進める。そこからの叔母の手際は、見事というほかなかった。気がつけば私は、銭と米と引きかえに、陰陽寮へひと月貸し出されることになっていた。本人の返事は、どこにも挟まっていなかった。
「……条件があります」
せめてもの抵抗を、私は口にした。
「椿餅。毎日」
「わかった」
即答だった。早すぎない? と言いかけて、私は口をつぐんだ。昴は表情ひとつ変えていない。変えていないのに、なぜだか少しだけ、ほっとしたように見えた。
帰っていく昴を、時雨は戸口で見送っていた。その目が、妙だった。客を見る目でも、銭を見る目でもない。ずっと前から知っている誰かを、遠くから確かめるような目。叔母があんな目で人を見るのを、私ははじめて見た。
「……叔母さん?」
時雨は、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「いいかい、露」
いつになく、低い声だった。
「向こうで、自分の涙だけは流すんじゃないよ。流したら、帰ってこられなくなる」
「向こうって、どこ」
時雨は答えなかった。ただ、数珠の珠をひとつだけ、ぱちりと弾いた。
