静まりかえった広間に、私の腹の音は、思いのほかよく響いた。
泣き女衆の娘たちが、そろって目をそらした。時雨の眉が、ぴくりと跳ねた。頭中将は、もう青菜を通り越して、干した菜っ葉のような顔をしている。穴があったら入りたい。穴の中に食べ物があるなら、なお入りたい。
そのとき、衣擦れの音がした。
あの陰陽師が、こちらへ歩いてくる。誰も何も言えないまま、彼は私の前で膝をつき、無言で自分の袖に手を入れた。
出てきたのは、つやつやとした椿の葉にくるまれた餅だった。
「……くれるんですか」
陰陽師は答えなかった。ただ、差し出した手を、引っこめもしなかった。
背後で、娘たちが悲鳴をのみこむ気配がした。けれど私の手は、考えるより先に動いていた。腹の虫というのは、礼儀作法を知らない。
ひと口かじる。
「……うまっ」
声に出てしまった。葉の青い香りと、ほのかな甘さが、泣いたあとの口にじんわりと沁みていく。
それから、ふと思った。
「……なんか、懐かしい味」
陰陽師が、わずかに目を伏せた。笑ったのでも、呆れたのでもない。どう読めばいいのかわからない、変な顔だった。彼はそれきり何も言わずに立ち上がり、何事もなかったように元の場所へ戻っていった。
頭中将の後ろで、握り飯の男が、自分の腹を押さえていた。
「……腹、減ったな」
ぼそりとつぶやく声が聞こえた。
「わかる」
思わず返してしまって、私はもう一度、時雨に額を床へ押しつけられた。
◆
袖が、軽くなっていた。
弔いを終えた屋敷の裏手で、昴は、空になった自分の袖にそっと手を当てた。十年、絶えずそこに入れつづけてきたものが、今日ようやく、行くべきところへ行った。
――泣き虫。あんたのぶんは、私が泣く。
あの日の声が、まだ耳の奥に残っている。棺の前で、自分のかわりに、声が嗄れるまで泣いてくれた小さな女の子。泣き終えて腹を鳴らし、椿餅を頬張って、涙でぐしゃぐしゃのまま笑った顔。
「――変わっていない」
覚えていないなら、それでいい。
泣き虫だった子どもは、もうどこにもいない。いるのは、泣かないと決めた陰陽師だけだ。
昴は、まだ明るい空を見上げた。星は見えない。それでも、そこにあることを、彼は知っていた。
泣き女衆の娘たちが、そろって目をそらした。時雨の眉が、ぴくりと跳ねた。頭中将は、もう青菜を通り越して、干した菜っ葉のような顔をしている。穴があったら入りたい。穴の中に食べ物があるなら、なお入りたい。
そのとき、衣擦れの音がした。
あの陰陽師が、こちらへ歩いてくる。誰も何も言えないまま、彼は私の前で膝をつき、無言で自分の袖に手を入れた。
出てきたのは、つやつやとした椿の葉にくるまれた餅だった。
「……くれるんですか」
陰陽師は答えなかった。ただ、差し出した手を、引っこめもしなかった。
背後で、娘たちが悲鳴をのみこむ気配がした。けれど私の手は、考えるより先に動いていた。腹の虫というのは、礼儀作法を知らない。
ひと口かじる。
「……うまっ」
声に出てしまった。葉の青い香りと、ほのかな甘さが、泣いたあとの口にじんわりと沁みていく。
それから、ふと思った。
「……なんか、懐かしい味」
陰陽師が、わずかに目を伏せた。笑ったのでも、呆れたのでもない。どう読めばいいのかわからない、変な顔だった。彼はそれきり何も言わずに立ち上がり、何事もなかったように元の場所へ戻っていった。
頭中将の後ろで、握り飯の男が、自分の腹を押さえていた。
「……腹、減ったな」
ぼそりとつぶやく声が聞こえた。
「わかる」
思わず返してしまって、私はもう一度、時雨に額を床へ押しつけられた。
◆
袖が、軽くなっていた。
弔いを終えた屋敷の裏手で、昴は、空になった自分の袖にそっと手を当てた。十年、絶えずそこに入れつづけてきたものが、今日ようやく、行くべきところへ行った。
――泣き虫。あんたのぶんは、私が泣く。
あの日の声が、まだ耳の奥に残っている。棺の前で、自分のかわりに、声が嗄れるまで泣いてくれた小さな女の子。泣き終えて腹を鳴らし、椿餅を頬張って、涙でぐしゃぐしゃのまま笑った顔。
「――変わっていない」
覚えていないなら、それでいい。
泣き虫だった子どもは、もうどこにもいない。いるのは、泣かないと決めた陰陽師だけだ。
昴は、まだ明るい空を見上げた。星は見えない。それでも、そこにあることを、彼は知っていた。
