袖の露 ―泣かない陰陽師と、腹ペコ泣き女―

 弔いのあとは、納棺だ。喪主と、出棺の方角を見る陰陽師が見守るなかで、亡骸を棺に納める。これも、泣き女衆の仕事のうちだった。
「露、お前は衣を」
 時雨に言われて、私は一枚の衣を受け取った。更衣さまが亡くなったとき、身にまとっていたものだという。棺に一緒に納めるために、きれいに畳むのが私の役目だった。
 棺の中の更衣さまは、きれいな人だった。
 頬は白い磁器のようになめらかで、閉じた瞼には、まだ眠っているだけのようなやわらかさが残っている。帝にいちばん愛されたお妃さまだったと、支度部屋の噂で聞いた。こんなに若くて、こんなにきれいで、それでも人は死ぬのだと、私は当たり前のことを思った。
 自分の袖を手にかぶせて、その袖ごしに、衣を畳んでいく。薄紅の、梅の花の色をした衣だった。
 最後に袖を折りかえそうとした、そのときだ。袖口から、何かがこぼれた。
 白い、小さな花びらが一枚。
 梅だった。
 ――梅?
 この屋敷の庭に、梅の木は一本もないのに。
 拾おうとして、指を伸ばした。花びらがふわりと舞って、私の指先は、袖ごしではなく素手のまま、衣の袖に触れていた。
 しまった、と思ったときには、もう遅かった。
 寒い。
 膝の下の板が、氷のように冷たい。
 あたりは真っ暗だ。月がない。
 胸が、苦しい。息が、うまく吸えない。
 その闇を、ひとすじの光が、すうっと流れていく。
 星が流れた。
 文は、まだ来ない。
 まだ。まだ、来ない。
 淋しい。
 気がつくと、私の頬を、涙が伝っていた。
 ぽたり、ぽたりと、薄紅の衣に染みが広がっていく。泣き女衆の娘たちが、息をのむ気配がした。時雨の顔色が変わったのが、目の端に見えた。
 そして私は、言わなくていいことを、口に出していた。
「この方、寝床で亡くなったんじゃありません」
 広間が、しんと静まりかえった。
「寒い外で、星を見ながら、誰かを待って亡くなったんです」
 ぱきり、と乾いた音がした。
 頭中将の手の中で、扇の骨が折れていた。青菜のようだった顔から、さらに血の気が引いていく。
「申し訳ございません!」
 時雨が、私の頭を床に押しつけた。
「この子は、たまに寝ぼけるんでございます。ほら、お前も謝りな」
 床に額をつけたまま、私は横目で広間をうかがった。誰もが、凍りついている。その中でただひとり、あの白玉みたいな顔の陰陽師だけが、目を見開いて、私を見ていた。
 責める目ではなかった。驚いているのとも、少し違う。まるで、なくした何かを、思いもよらない場所で見つけたような――。
 泣き顔を見られた、と思った、そのときだった。
 私の腹が、盛大に鳴った。