ありがとう、私の〇〇


 それから私の掃除当番の週が終わってしまって、放課後の資料室の前を通らなくなったんだけど、岬ちゃんは変わらず校舎裏に居たみたいで、

「何で昨日は来てくれなかったの?」

 と、しょんぼりして朝の靴箱に立っていたからごめんと謝りつつ、普通にクラスでも声かけてよと伝えると、私を見かけると嬉しそうについてくる岬ちゃんが爆誕した。
 あの尖った精神の持ち主である岬ちゃんが。あの、見下し理論を平然と口にできる岬ちゃんが。AIにしか頼れなかった岬ちゃんが。

「最近仲良いね」
「私と岬ちゃんのことかな?」
「それ以外ないでしょ」
「さっき寂しそうにしてたよ。拾ってきたからにはちゃんと最後まで面倒みなきゃダメなんだからね」
「そうそう、飼い主の務め」

 そうやって周りの人間に声をかけられるくらい、岬ちゃんはもうすっかり私に懐いていた。「あんたって本当人好きの世話好きだもんね」と、微笑ましい目で見てくる人は一体何目線なんだか。

「あ、遥ちゃん。これ見て」

 そう言ってスマホを片手にパタパタと駆け寄ってくる岬ちゃんはなんだか柔らかな雰囲気で、

「これとこれどっちがいいかな。今度みんなで遊び行くんだけど」

 と、楽しそうに私に相談する。

「こっちの形のが岬ちゃんっぽいけど、こっちだと色味が新たな岬ちゃん感あるね」
「で? どっち?」
「私の好みはこっち」
「じゃあこれにしよう」

 そしてニコッと小さく微笑む岬ちゃんは今、自然と笑えてる。

「今の、笑うの上手だよ」
「え? 本当? そっか……」

 どうやら自覚はなかったようで、

「これも全部遥ちゃんのおかげだね……」

 なんてしみじみ言ったりするから、よし、これからもお姉さん頑張っちゃうぞ!の気分だった。
 いや、お姉さんではないか。同い年なんだし。まぁ、友達だね。もうすっかり友達。知ってる子からよく話すクラスメイトになって、今はちゃんと友達になったんだと思う。
 いつメンともちょっと違う、特別な友達に。

+

「この間遥ちゃんに選んでもらったのめちゃくちゃ褒められたんだ、ありがとう」
「いえいえ、SNSにあげてんの見たけどあれは岬ちゃんの着こなしがよかったんだと思います。岬ちゃんって組み合わせのセンスあるよね」
「本当? いつもはAIに全部投げてんだけど、今回は遥ちゃんが選んでくれたからって思うと、家のやつと合わせながら選ぶのも楽しかったんだよね。どれが変じゃないかな、じゃなくて、どんな風に合わせたら喜んでくれるかな、色味のことも言ってたよなってなんか、いつもとちょっと違った視点で見れたかも」

 ニコニコしながら隣に立つ岬ちゃんはもうすっかり小さくなってAIに相談していた頃と違っていて、「はい、これお土産」と、私に綺麗な青い石が入ったピアスをくれた。
 昼休みに、『放課後さ、ちょっと校舎裏に来て』なんて誘われた時にはまた悩みでもあるのかなと思ったんだけど、どうやらそういうわけじゃなかったみたい。

「え! めっちゃ嬉しい〜! ありがとう!」
「ふふ、岬ちゃんには青が似合うなと思って。岬ちゃんだけ特別。ぜひ使ってね」
「使う使う、てか今つける……どう? 似合う?」
「似合う〜!」

 ニコニコ笑ってるのもそうだけど、こうやって自分の意思で何かを選んだりすることが増えた岬ちゃんは、なんだか自分に対して自信がついてきたんじゃないかなって感じる。
 だから、

「最近の岬ちゃん、段々正解がわかるようになってきたんじゃない?」

 そう訊ねると、パチリと瞬きをした岬ちゃんが考え込むように口を閉じると、暫しの間をおいて「そうかも」と答えた。

「遥ちゃんが教えてくれたことを実践してみるようにしてるんだけど、なんだろう。目標だと考えるとか、もっと経験してみないとみたいな、正解不正解みたいな答えより先にその途中の部分に力を入れてみたら、自然と道筋が見えるようになってきたというか。そんなこと誰も教えてくれなかったから本当に遥ちゃんってすごいなと思ったよ」
「いやいや、受け取ってすぐ実践できる岬ちゃんの行動力の賜物だよ」

 受け取ったものを素直に信じるセンスが岬ちゃんにはあるんだと思う。じゃなきゃAIに全部を任せっきりにしてここまで生きて来るなんてできないと思うから。
 きっと、もっともっと素敵な人に岬ちゃんはなれるんだと思う。

「そしたら次のステップとしてはさ、もっと自分らしさに目を向けてみるのもいいかもね。ほら、岬ちゃんって面白い人だからさ」

 だって他の人との違いを持っている人だ。そのうちに成長した岬ちゃんは私に訊いてくることもなくなるかもしれないけど、まぁそうなったら次は私が岬ちゃんを頼ればいいか。自覚がないみたいだけど本当は岬ちゃんって強い意思を持った人だし、きっと立場が逆転する日もそう遠くないだろう。
 すると、「私らしさか……」と呟いた岬ちゃんが、「あのさ、」と私の方をジッと見る。これは訊きたいことがあるときの合図だ。

「私らしさってどういうものをいうんだろう?」

 うんうん。訊かれると思った!

「やっぱ、自分にしかないものってことじゃない? 周りの環境とか流行りとかに左右されない、自分にしか生み出せないものとか、これが自分だと自信を持てる部分とか」

 私の答えに、岬ちゃんは「うーん」と考えると、「じゃあ具体的に私でいうと?」と一歩踏み込んで質問してくる。
 えっとね……

「岬ちゃんらしいところは色々あると思うけど、特に私は考え方かなって思う。自分とみんなは違うのを前提にしてものを考えるよね? それは当たり前じゃなくて、同じだと考えて違いを探して悩む人も居るんだよ」
「じゃあ遥ちゃんはどっち?」
「私? 私か……私は、」

 ……あれ?

「……うーん、どっちなんだろ。違うとも思うし、同じとも思うし……」

 なんか……ピンとこないなぁ。

「じゃあ遥ちゃんらしさは?」
「私らしさっていうと……私は自分のこと、正解を察していくセンスが人よりあるかなって思ってるんだけど……経験をもとにして違いを見つけたり、流れをよんだり、人のこともなんとなくわかるし……」

 でもそれって、私らしさとはちょっと違う気がしてきた……だって私じゃなきゃダメなものでもないし。そうやって読み取った誰かや何かの正解が私の意見になってるっていうか、その時々の流れに乗ってるだけっていうか。
 あれ? じゃあ私の私らしさって一体どこにあるんだろう。
 急に足元が見えなくなってしまったような不安にじわじわ追い詰められ始めると、

「あ、私わかった!」

 ピンと張った嬉しそうな声を上げた岬ちゃんに、引っ張られるように意識を上向きに持ち直したんだけど、

「AIみたいなんだよ、遥ちゃんって」

 その言葉に、ぷつんと何かが途切れた感覚がした。

「AI……?」

 私が?

「うん。だって遥ちゃんがやってることってAIと一緒だよね? 今までの経験とか世の中の情報、目の前で起こった出来ごとまで、遥ちゃんが持ってる全部と照らし合わせて一番良いと思える正解を導き出すって作業をずっとしてるってことでしょ? それが遥ちゃんらしさならすごいAIっぽいなって思った。そっか、いつも感じてたのってこの感覚だ、納得した」

 そして、岬ちゃんは告げる。

「ありがとう、私のAI」

 そう言って、ニッコリと微笑む彼女の笑顔は満足気で、何かを解決したあとみたいにスッキリとしていた。