恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

「……otoさん、優しくて物腰柔らかいけど絶対ドSだ」
「なんで?」
 数日後、うちへ来た優太が、鞄を置くなりそんなことを言い出した。
「俺こんな頭のてっぺんからつま先まで声出したことないよ」
「音声ソフト使ってるから、その辺塩梅が分からないとかじゃないの?」
「いや、ギリギリを攻めてるんだよ。散々傾向とどこまでいけるか細かく聞いた上で、『オリジナル作ってください』でこれ作ってくるんだから、分かっててやってる。マジで」
「優太、お前、よく喋るな……」
「だって、聞いてほしいもん」
 聞いてるよ。昨日も似たような話を、別の口調で聞いたところだ。
 優太はスマホを取り出すと、送ったばかりの音源を再生した。自分の部屋で、自分が作った曲を、初めて聞く顔をして聞く羽目になるのはなかなか落ち着かない。
「ここ、一回下がるでしょ」
「うん」
「これで楽になるかと思ったら、そのあともっと上がるんだよ」
「でも、出るんだろ?」
「出る。しかも前より歌いやすい」
「じゃあいいじゃん」
「いいんだけどさぁ」
 文句のような言い方のくせに、優太は嬉しそうだった。再生を止めると、そのまま自分でも歌ってみせる。昨日送られてきた録音より、最後の音が楽に伸びていた。
 仮に俺がドSだとして、それで嬉しそうにしている優太はドMということになるのだが、それはいいのだろうか。
「今のは?」
「よかったんじゃない。最後、昨日より……」
「昨日?」
「いや、今聞いたやつより」
「ああ、これ録ったの昨日だから」
 危ない。本人を前にすると、つい、いつもの調子で話してしまう。
「尚人もそう思う?」
「うん。無理に出してる感じがしなくなった」
「よし。録り直そ」
「今のでいいんじゃないの?」
「今の録ってないもん。それに、うちでちゃんと録った方が綺麗だし」
 そう言われればそのとおりである。俺としても、いい音で送ってもらえるのはありがたい。
 しかし、優太がこんなに喋るってことは、本当にotoのことが好きだということだ。嬉しくもあり、複雑でもある。あれだけピンとこない、好きじゃないって言っていたくせに。
 本当のことを言ってやろうかとも思ったが、ここで言えば、何で黙っていたのかという話になる。作りかけの曲も、まだ決まっていない歌詞もあるのに、それまで全部止まりそうで、結局、俺は次の音源を聞くふりをした。
「そんなに好きか」
「うん」
「……即答」
「だって好きだもん。尚人も聞いたでしょ」
 聞いたし作ったけど、今はそういうことを言っているんじゃない。自分でも面倒くさいなと思う。優太に好かれて困るなら、そもそも何で歌を作ったんだという話である。
「尚人、これ嫌い?」
「嫌いとは言ってないだろ」
「じゃあ何でそんな顔してんの」
「どんな顔だよ」
 優太が手を伸ばしてきたので、漫画で遮った。別に何をされるわけでもないのに、顔を覗かれると困る。
「……ちょっと、疲れてるだけ」
「寝てないの?」
「まあ」
 お前の曲を作っているからな。
「じゃあ俺、帰ろっか」
「いいよ、いれば。漫画の途中だろ」
 引き留めるくらいなら最初から機嫌よくしていろと、自分でも思う。優太は持ち上げかけた鞄を下ろし、さっきより少し離れて座った。
「できたら、一番に尚人に聞かせるから」
「……うん。さっきも聞いた」
 結局、それを言ってほしかっただけなのかもしれない。先に聞くのも、聞かせるのも、全部俺だというのに。
 一曲を仕上げるまでには、思っていたより時間がかかった。
 優太に合わせて曲を作っているはずなのに、歌ってもらうと、もう少しよくしたいと欲が出る。優太からも、ここはこう歌いたいとか、最後だけ歌詞を繰り返してもいいかとか、色々な案が返ってきた。
 全部を入れるとさすがにくどいので、試してから元に戻したところもある。俺が気に入っていたメロディを変えたら、その前後がずっとよくなって、ちょっと悔しかったこともあった。
 それでも、送られてくる歌を聞くのは楽しい。仮の音声では何となく流していた言葉が、優太の声だと妙にはっきり耳に残ったりする。
 歌詞の一か所を直して送ったら、『こっちの方が好きです』と返ってきて、俺もそう思うと画面の前で頷いた。
 尚人としてなら、たったそれだけで済む話なのに、otoとしては理由まで書こうとしてしまう。別に毎回立派な返事をする必要なんかないのだが、向こうが丁寧だとこっちも釣られてしまうのだ。
 録音した歌を伴奏に合わせる作業は、三郷さんにも教えてもらった。以前、練習の録音からノイズを取ったときとは、やることの数が違う。
 歌を聞こえやすくすると、今度は伴奏から浮いてしまう。伴奏の音を下げてみて、戻して、別の音を調整する。何度も聞いているうちにどれがよかったのか分からなくなり、翌日聞き直してやり直すこともあった。
「この子の歌すごくいいね」
「そうなんです」
 思わず即答すると、三郷さんが笑った。
「曲にも合ってるし」
「そうなんですよ」
「分かった分かった」
 しまった。身内でもない顔をして相談しているのに、これではただの自慢である。
 でも、合っていると言ってもらえたのは嬉しかった。俺がずっと聞いてきたから、よく聴こえるというわけではないらしい。
 何度か直したものを送り、優太からもこれがいいと返事をもらって、ようやく完成した。
『早く上げたいです』
 完成した音源を送ると、優太からそう返ってきた。初めて二人の名前で上がる動画を、俺も早く見たい。
 動画は優太のアカウントから投稿した。
 俺はotoの方で告知をして、そのあと、尚人のアカウントでも優太の投稿にいいねをつけた。切り替えるたびに名前とアイコンを確認するのが、すっかり癖になっている。
 投稿してすぐは、普段から優太の歌を聞いている人たちのコメントがついていた。オリジナルを待っていたとか、こういう曲も歌うんだとか。そこへ俺の方から見に行ってくれたらしい人の感想も混ざり始めた。
 俺の曲を知っていても優太を知らない人と、優太を知っていても俺の曲を聞いたことのない人がいる。考えてみれば当たり前だが、二人で作った動画の下に両方の感想が並んでいるのは、何だか不思議だった。
『この人の声でほかの曲も聞きたい』
『otoさんの曲、こんなに合う人いたんだ』
 そうだろう。そうだろう。
 画面の前で頷いてから、さすがに気持ち悪いかと姿勢を戻した。誰も見ていないので別にいいのだが。
 最初のうちは通知が来るたびに見ていたけれど、そのうち追いつかなくなった。宿題を終えてから開くと、さっき見たときよりずっと数字が増えている。俺の過去の動画にも、優太のところから来たというコメントがついていた。
『すごいことになってます』
 優太からのメッセージに、もう見ていますと返す。ほとんど同時に、尚人の方にも連絡が来た。
『尚人、見て!』
 動画のリンクだった。
「見てるって」
 思わず声に出しながら、こっちには『すごいじゃん』と送った。
 翌日の昼休み、弁当を食べながら見ていると、隣から画面を覗かれた。
「何見てんの?」
「幼馴染の動画」
「ああ、前に言ってた歌うまいやつ?」
「うん」
「へえ、あとで送って」
 その場でリンクを送り、スマホを伏せた。聞いてもらいたいくせに、目の前で再生されるのはまだ落ち着かない。
 放課後には優太からまた連絡が来ていて、今度は俺の曲ではなく、自分の前の動画まで聞かれていると書いてあった。
 是非そっちも聞いてくれ。できれば全部。
 俺が返事を考えている間にも、新しい通知が一つ増えていた。