恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

「うーん……ピンキリだからねぇ。何、もう制作依頼なんか来てるのかい?」
「いや、相手も学生さんだからどこまで本気か分からないんですけど、一応……」
「どんな依頼?」
「自分が歌う曲を作ってほしいって。歌った動画も送ってくれて」
 次に店へ行ったとき、スマホに相談したいことをまとめて見せると、三郷さんは少し考えてから、作業の内容を確認し始めた。
 作詞もするのか、編曲までやるのか、録音した歌を合わせるところまで引き受けるのか。聞かれて初めて、曲を作るといってもどこまでやるかを決めていなかったことに気づく。
「初めてなら、一曲だけで受けてみるのもありだと思うよ。納期と、どこまで直すかは先に話しておいて」
「なるほど」
「学生さんなら、予算も限られてるだろうし。相手が何を頼みたいのか聞いて、君ができる範囲と合わせて考えたら?」
 家に帰り、教えてもらったことをメモで確認しながら返信を書く。
 まず、歌ってくれた動画の感想。これは書きたいことが多すぎて、何度も消した。何も知らないはずの相手から、昔よりここが上手くなったとか言われても怖いだろう。
 制作の依頼は初めてなので、相談しながら進めたいこと。こっちも仕事(学校とバイト)があるし、学校や活動の予定もあるだろうから、いつまでに欲しいのか教えてほしいこと。
 そこまで書いてから、送信する前にもう一度優太の動画を見た。
 返事は、その日のうちに来た。
『ありがとうございます! 急ぎじゃないので、otoさんの都合のいいときで大丈夫です』
 それから、好きな曲や歌いたい曲の話が始まった。どれも知っているものばかりだが、知らないふりをして一つずつ聞く。
『歌いやすい音域と、出せるけど続くときついところも教えてもらえますか』
『分かりました。録って送ります』
 すぐに短い音源がいくつか届き、俺はそれを聞きながら鍵盤の位置を確かめた。優太に直接何か頼んでもこんなに早く返ってきたことはない気がする。やればできるんじゃん。腹立つな。
 やり取りの途中で、『otoさんって男性女性どっちなんですか?』と聞かれ、手が止まった。
『内緒。その辺の詮索はしないでもらえると嬉しいな』
『すみません』
『いやいや、怒ってるわけじゃないよ』
 慌てて打ち足す。別に性別まで隠さなければいけない理由はないのだが、一つ答えると次の質問にも答えてしまいそうだった。
 曲の話へ戻し、何度か相談して、料金と大体の予定を決める。優太はバイト代で払うと言い、俺はその数字を見ながら少し頭を抱えた。
 もう嘘を吐いてしまったことだし、受け取るのが俺だと知られたら、どういう顔をされるのだろう。
 支払いは、イラストの依頼でも見かけた仲介サイトを通すことにした。規約と本人確認を済ませ、取引相手に表示されるのが活動名であることも確かめる。自分名義の口座をそのまま優太に教えるわけにはいかない。
 お金を受け取るのもどうかなと思うけど、タダも変だし、貯めておいていつか返そう。
 そう思っていた数日後、優太が漫画を借りに来た。
「そういやさ」
「んー?」
「お前、彼女できただろ。うち来すぎじゃね?」
 漫画を取りに来たと言って、もう一時間くらい俺の部屋にいる優太に聞いてみる。
 気になっていなかったわけではない。ただ、聞けば彼女の話をされるわけで、できれば聞きたくないが、気にはなる。
「もう別れたもん」
「……は?」
「いや、別れたっていうか。お試し期間が終わってそのまま終わり。付き合わなかった」
「え、何で」
「だって学校行って、バイトしながらバンドやって、好きな音楽聞いたり漫画読んだりゲームしてたら、付き合ってる時間なんてないし。だからお試し期間で終了。相手に悪いし」
「いや……うちに来るのやめりゃよくね?」
「いやいや。好きな音楽聞きながら漫画読んだり、勉強教えてもらえたりするのに、来ないわけがない」
「うちは漫喫でも塾でもないんですけど」
「だってさ、俺、やっぱ尚人とこうやって過ごすのが一番好き」
「何だそれ。好きが軽い」
「そんなことないって!」
 本当に罪深いよな。俺の気も知らないで。
「向こうも自分といても楽しくなさそうって言ってたし」
「……楽しくなかったのか?」
「そういうわけじゃないけど、何話せばいいか分かんなくて。好きなものも違うし」
 ふぅんと返しながら、俺とは確かに話題が尽きないなとか、最低なことを考えた。
「なら何で付き合ったんだよ」
「付き合ってみたら分かるかなって」
「何が」
「好きになるとか、そういうの」
 優太は漫画の端を指でぱらぱらとめくっていた。俺は机に頬杖をつき、そっちは見ずに聞く。
「じゃあ、また誰かに言われたら試すわけ」
「今はいいや。歌いたいし」
 今は、か。もう別れたと聞いた瞬間から期待している自分が面倒くさい。俺は一緒にいたいけど、優太にとっては、一緒にいても付き合う時間がなくなるだけの相手なのだ。
「尚人は? 好きな人いないの」
「いてもお前には言わない」
「何で」
「お前に言うとややこしいから」
 どんな人なの、と聞きたそうな顔をしたが、俺が漫画の続きはいいのかと指すと、優太は開いたままのページへ目を戻した。
 いつから別れていたのか聞こうか迷っているうちに、優太は漫画を置いてスマホを取り出した。
「それよりさ! 見て!」
「それよりって」
「この間言ってたotoさんにさ、DM送ってみたんだよ。曲作ってもらえないかって」
「……お前すごいな。そんなSNS上の人に」
「駄目元だったんだけど、バイト代でどうにかなりそうなくらいで歌作ってもらえるみたいでさ……」
「よかったじゃん」
 いや、それ俺だから全部知ってるけどな?
 差し出された画面に、自分が散々悩んで送った文章が並んでいる。改めて見ると、社会人のフリをしてるし気取っているようで恥ずかしい。
「すごい細かく聞いてくれてさ。どこまで声出せるかとか、どういう歌い方したいかとか」
「お金取ってオリジナル作るんだから、そのくらい聞くもんじゃないの」
「そうかもしれないけど、俺の歌、ちゃんと聞いてくれたんだなって分かるんだよ」
「……そっか」
 まさか、こんなに喜んでもらえるとは。
 バイト代を毟り取ることになるのが本当に心苦しいのだが、いくら俺でも、タダでやってあげますよは色んな意味でまずいのは分かる。
 でも、俺としても、自分の作った曲を不特定多数に配信するだけではなく、優太だけの曲を作って歌ってほしい。
「できたら最初に尚人に聞かせる」
「うん」
「絶対聞いて」
「分かったって」
 優太が帰ってから、喜びっぷりに押されるように作りかけのデータを開いた。
 今日送られてきた音源と、前から知っている優太の歌い方を思い出しながら、サビの音を置き直す。ここはもう少し上げてもいける。その前で息を吸えるようにして、最後は伸ばしてもらおう。
 低いところも使いたいが、詰め込みすぎると歌いづらい。仮の歌詞を口の中で転がして、言いにくかったところを直した。
 ボーカルソフトに歌わせたものを保存し、優太へ送るためのメッセージを開く。
『サビだけですが、こんな感じはどうでしょう』
 いつも尚人として使っている方のアカウントではないか、念のためもう一度確かめてから送信をタップした。
 返事を待つ間に風呂へ入り、戻ってスマホを見ると、メッセージがいくつも届いていた。
『めちゃくちゃ好きです』
『ここから先どうなるんですか』
『最後のところ、もう一回上がります?』
 矢継ぎ早とはまさにこのこと。まだサビしか送っていないのに、随分気が早い。しかも、最後をもう一段上げようか迷っていたところまで当てられてしまった。
『上げてもいけそうですか?』
『やってみたいです』
 さっき送った音源を開き、最後の数小節をコピーする。そのまま音を上げると、その前から歌い続けるには少々きつそうだったので、途中に間を作った。
 打ち込みならいくらでも音を詰め込めるが、人間は息をしないと歌えない。そんな当たり前のことを考えながら曲を作るのも初めてだった。今までは優太なら歌えるだろうと思って作っていたけれど、今回は本当に歌ってもらうのだ。
『こんな感じならどうでしょう』
 送り直すと、しばらくして音声が届いた。もう歌ってみたらしい。
 ヘッドホンをつけて再生すると、最後の高音まできっちり出したあとに、盛大に息を吐く音が入っていた。
『出ました』
「いや、聞けば分かるけど」
 笑いながら、もう一度聞く。出せるかどうかだけでいえば、確かに出ている。でも、俺が聞きたいのは高い音を出すのに必死な優太の声ではない。
『その前を少し変えてみますね』
『練習したらいけると思います』
『そこはもっと気持ちよく歌ってほしいので』
 そう返してから、前の部分を何度か聞き直す。ここを下げれば最後の高いところも映えるし、優太の低い声も使える。音を置き直しているうちに、その前のメロディも気になってきた。
 結局、その日は続きを作るより、送ったサビを直している時間の方が長かった。