「ねえ、尚人。『oto』って知ってる?」
久しぶりに遊びに来た優太の第一声に、びっくりして心臓が止まるかと思った。
反射的にパソコンを見る。今日は何も開いていない。画面は真っ暗で、スマホも机に伏せてある。
「知らない?」
「……いや、知ってるけど。最近よく流れてくるボカロのやつだろ。優太、そっち系って聞くっけ?」
「普段はあんまり聞かないけど、これは好きでさ」
差し出されたスマホには、見慣れたイラストが表示されていた。俺が頼んだ絵だ。当然、その下の曲名も投稿者名も知っている。
「こういう系ってあんまりピンとこないって言ってなかった?」
「うん。でも、この曲を歌ってる人の動画を教えてもらって、元のも聞いたらよくて」
「へえ」
「あと、Pの名前が尚人と似てるから気になった」
「……確かに、それはそうかも」
やっぱまんますぎたか。平常心平常心と心の中で唱えながら、スマホを返す。優太は俺の隣に座り、別の動画を開いた。
「こっちも好きなんだよね」
「ああ、それ」
「ここ。ここから上がるところ、めっちゃ好き」
「……うん」
知ってる。お前、そういうの好きだよな。
俺は優太に刺さりそう、歌ったらハマりそうという目線で歌を作っている。聞く相手を想定しているわけなので、想定どおりというか大成功であるが、あまりの一本釣りっぷりに内心動揺していた。
「いや、本当好きでさ」
「恋する乙女か」
好きという言葉が、まるで自分宛てかのようでどきりとしてしまう。
優太は気にした様子もなく再生位置を戻して、もう一度同じところを聞いた。そのまま小さく口ずさみ始めたので、俺は机のペットボトルを取って水を飲んだ。
「どう?」
「何が」
「こういうの、俺に合うと思う?」
「合うんじゃないの」
というか、合うように作ってるんですけど。
優太は満足そうに頷くと、またスマホに目を落とした。普段なら漫画を取りに本棚へ向かうのに、今日はずっと動画を見ている。
そんなに気に入ってくれたのかと思うと嬉しい。でも、あれだけピンとこないと言っていたくせに、という気持ちもちょっとある。
「うち、そっち系は誰も聞かないし、優太も興味なさそうだから勧めてなかったんだけど」
「これからは勧めて」
「……分かった」
それから何曲か上げるうちに、登録者の数字が、一つ前の曲を投稿したときの倍になった。学校で先生が話している間にもメロディが浮かぶので、ノートの端へ書いておき、帰ったらパソコンに打ち込む。風呂と飯以外も下りてこいとみこ姉に言われたが、みこ姉だってピアノの前にいる時間は似たようなものだろう。
優太が聞いていることも、もちろん気になった。次の曲を出すときには、あいつならもうバイトから帰っているだろうと時計を見る。通知が増える中にutaの名前を見つけて、ほかの人の感想より先に開いた。
好みに合わせて作っておいて、ちゃんと引っかかってくれると笑ってしまう。今回は尚人から教えた曲でもないのに、優太のプレイリストに入っているのだ。
そんなことをしていた、ある日の夜だった。
「へっ」
DMに見覚えのありすぎるアイコンが見えた気がして、びっくりして閉じてしまった。
いやいや気のせいだろうともう一度見ても、やっぱり見覚えがあって、また閉じる。
これがもし本とかなら、一気に情報が入ってこないよう、そろりと薄目で少しずつ見るが、DMだと一気に情報が入ってきてしまう。ばくばくしている心臓を落ち着かせるように、息を吸って吐いて水を飲み、三度目の正直だと恐る恐る開けば、やっぱり見覚えのあるアイコンが見えた。
「なんで?」
見間違いではない。どう見ても間違いなく優太のSNSのアイコンである。
「バレた?」
バレるようなことはしていないのにどうして。
怖い。でも、かといって放置できるはずもなく、読むしかない。
『はじめまして。utaといいます。突然のDMすみません』
そのあとは、俺の作った曲の感想が続いていた。
どの曲のどこが好きか、歌ってみてどうだったか。普段の優太から送られてくる短いメッセージとは全然違って、何度かスクロールしてもまだ続きがある。あいつ読書感想文もろくに書けないのに、こんな文章打てるんだと変なところに感心してしまう。
「動画……?」
熱い感想のあとに、リンクが一つついていた。ヘッドホンをつけ、何だろうと開いてみる。
「ひぇ……」
優太が、俺の作った歌を歌っていた。
机から離れ、ベッドの上で枕を抱きしめる。のたうち回ってもんどり打つのは、俯瞰で見たら多分死ぬほど気持ちが悪い。でも無理だって。こんなの変な動きでもして発散させないと死んでしまう。
人間、予期せぬ出来事、抱えきれないことがあると、本当に変な動きや変な声が漏れる。
優太の声は綺麗の部類に入るけれど、強い。磨り硝子のようにがさがさした声も出せる。一小節ごとに歌い方を変えてみたりと、多分、優太が持っている技術を全部出して歌ってくれていた。
自分で何度も聞いて、音の長さや声の出し方を調整した曲だ。ここはこう歌ってほしいと思っていたところを、そのとおりに歌ってくれる。かと思えば、思ってもいなかったところで息を抜かれて、また変な声が出た。
「うわ……すご……」
ヘッドホンから優太の歌が流れるのが凄すぎる。いや、歌っているの自体は聞き慣れているが、自分の作った歌を。優太が。こんなの毎日聞いてしまう。
「俺これで一生生きていけるかもしれない……」
オタクがよく墓に入ったり健康にいいって情緒不安定に叫んでいる気持ちが、今なら分かる。
最後まで聞いて、もう一度最初に戻す。二回目はもう少し落ち着いて聞けるかと思ったが、全然そんなことはなかった。サビに入ったところで枕に顔を埋め、終わる頃にはまた画面を見ていた。
――と、余韻に浸っていたところで、まだDMに続きがあることを思い出した。
『もし制作の依頼を受けていたら、俺の歌う曲を作ってもらえませんか』
「……えぇ?」
動画の感想を返すだけでも何を書けばいいのか分からないのに、その上、制作依頼。
正体を言うなら今だと思う。いや、そもそも引き受けなければいい。依頼は受けていないと言って、歌ってくれたお礼を送れば済む話である。
なのに、もう一度動画を再生してしまった。
今度は最初から、優太が歌うための曲を作れる。
依頼の文章まで戻ると、予算についても相談させてほしいと書いてあった。俺も絵師さんにイラストを頼んだらいくらになるか、色々調べて悩んでDMを送った、ついこの間までの自分とも重なり、無下にもできない。
「でもそんな相場なんて俺にも分からないぞ……?」
とりあえず、ミサトさんに聞いてみよう。
久しぶりに遊びに来た優太の第一声に、びっくりして心臓が止まるかと思った。
反射的にパソコンを見る。今日は何も開いていない。画面は真っ暗で、スマホも机に伏せてある。
「知らない?」
「……いや、知ってるけど。最近よく流れてくるボカロのやつだろ。優太、そっち系って聞くっけ?」
「普段はあんまり聞かないけど、これは好きでさ」
差し出されたスマホには、見慣れたイラストが表示されていた。俺が頼んだ絵だ。当然、その下の曲名も投稿者名も知っている。
「こういう系ってあんまりピンとこないって言ってなかった?」
「うん。でも、この曲を歌ってる人の動画を教えてもらって、元のも聞いたらよくて」
「へえ」
「あと、Pの名前が尚人と似てるから気になった」
「……確かに、それはそうかも」
やっぱまんますぎたか。平常心平常心と心の中で唱えながら、スマホを返す。優太は俺の隣に座り、別の動画を開いた。
「こっちも好きなんだよね」
「ああ、それ」
「ここ。ここから上がるところ、めっちゃ好き」
「……うん」
知ってる。お前、そういうの好きだよな。
俺は優太に刺さりそう、歌ったらハマりそうという目線で歌を作っている。聞く相手を想定しているわけなので、想定どおりというか大成功であるが、あまりの一本釣りっぷりに内心動揺していた。
「いや、本当好きでさ」
「恋する乙女か」
好きという言葉が、まるで自分宛てかのようでどきりとしてしまう。
優太は気にした様子もなく再生位置を戻して、もう一度同じところを聞いた。そのまま小さく口ずさみ始めたので、俺は机のペットボトルを取って水を飲んだ。
「どう?」
「何が」
「こういうの、俺に合うと思う?」
「合うんじゃないの」
というか、合うように作ってるんですけど。
優太は満足そうに頷くと、またスマホに目を落とした。普段なら漫画を取りに本棚へ向かうのに、今日はずっと動画を見ている。
そんなに気に入ってくれたのかと思うと嬉しい。でも、あれだけピンとこないと言っていたくせに、という気持ちもちょっとある。
「うち、そっち系は誰も聞かないし、優太も興味なさそうだから勧めてなかったんだけど」
「これからは勧めて」
「……分かった」
それから何曲か上げるうちに、登録者の数字が、一つ前の曲を投稿したときの倍になった。学校で先生が話している間にもメロディが浮かぶので、ノートの端へ書いておき、帰ったらパソコンに打ち込む。風呂と飯以外も下りてこいとみこ姉に言われたが、みこ姉だってピアノの前にいる時間は似たようなものだろう。
優太が聞いていることも、もちろん気になった。次の曲を出すときには、あいつならもうバイトから帰っているだろうと時計を見る。通知が増える中にutaの名前を見つけて、ほかの人の感想より先に開いた。
好みに合わせて作っておいて、ちゃんと引っかかってくれると笑ってしまう。今回は尚人から教えた曲でもないのに、優太のプレイリストに入っているのだ。
そんなことをしていた、ある日の夜だった。
「へっ」
DMに見覚えのありすぎるアイコンが見えた気がして、びっくりして閉じてしまった。
いやいや気のせいだろうともう一度見ても、やっぱり見覚えがあって、また閉じる。
これがもし本とかなら、一気に情報が入ってこないよう、そろりと薄目で少しずつ見るが、DMだと一気に情報が入ってきてしまう。ばくばくしている心臓を落ち着かせるように、息を吸って吐いて水を飲み、三度目の正直だと恐る恐る開けば、やっぱり見覚えのあるアイコンが見えた。
「なんで?」
見間違いではない。どう見ても間違いなく優太のSNSのアイコンである。
「バレた?」
バレるようなことはしていないのにどうして。
怖い。でも、かといって放置できるはずもなく、読むしかない。
『はじめまして。utaといいます。突然のDMすみません』
そのあとは、俺の作った曲の感想が続いていた。
どの曲のどこが好きか、歌ってみてどうだったか。普段の優太から送られてくる短いメッセージとは全然違って、何度かスクロールしてもまだ続きがある。あいつ読書感想文もろくに書けないのに、こんな文章打てるんだと変なところに感心してしまう。
「動画……?」
熱い感想のあとに、リンクが一つついていた。ヘッドホンをつけ、何だろうと開いてみる。
「ひぇ……」
優太が、俺の作った歌を歌っていた。
机から離れ、ベッドの上で枕を抱きしめる。のたうち回ってもんどり打つのは、俯瞰で見たら多分死ぬほど気持ちが悪い。でも無理だって。こんなの変な動きでもして発散させないと死んでしまう。
人間、予期せぬ出来事、抱えきれないことがあると、本当に変な動きや変な声が漏れる。
優太の声は綺麗の部類に入るけれど、強い。磨り硝子のようにがさがさした声も出せる。一小節ごとに歌い方を変えてみたりと、多分、優太が持っている技術を全部出して歌ってくれていた。
自分で何度も聞いて、音の長さや声の出し方を調整した曲だ。ここはこう歌ってほしいと思っていたところを、そのとおりに歌ってくれる。かと思えば、思ってもいなかったところで息を抜かれて、また変な声が出た。
「うわ……すご……」
ヘッドホンから優太の歌が流れるのが凄すぎる。いや、歌っているの自体は聞き慣れているが、自分の作った歌を。優太が。こんなの毎日聞いてしまう。
「俺これで一生生きていけるかもしれない……」
オタクがよく墓に入ったり健康にいいって情緒不安定に叫んでいる気持ちが、今なら分かる。
最後まで聞いて、もう一度最初に戻す。二回目はもう少し落ち着いて聞けるかと思ったが、全然そんなことはなかった。サビに入ったところで枕に顔を埋め、終わる頃にはまた画面を見ていた。
――と、余韻に浸っていたところで、まだDMに続きがあることを思い出した。
『もし制作の依頼を受けていたら、俺の歌う曲を作ってもらえませんか』
「……えぇ?」
動画の感想を返すだけでも何を書けばいいのか分からないのに、その上、制作依頼。
正体を言うなら今だと思う。いや、そもそも引き受けなければいい。依頼は受けていないと言って、歌ってくれたお礼を送れば済む話である。
なのに、もう一度動画を再生してしまった。
今度は最初から、優太が歌うための曲を作れる。
依頼の文章まで戻ると、予算についても相談させてほしいと書いてあった。俺も絵師さんにイラストを頼んだらいくらになるか、色々調べて悩んでDMを送った、ついこの間までの自分とも重なり、無下にもできない。
「でもそんな相場なんて俺にも分からないぞ……?」
とりあえず、ミサトさんに聞いてみよう。


