恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

三年になる前に、学校で進路の面談があった。家族に音楽の話をしたときとは違う意味で、どこの大学へ行くのかを考えなければならない。
「優太と同じ大学へ行くの?」
「別だろうな」
 楠と次の動画の絵の相談をしたあと、テストや進路の話になった。優太は隣で不満そうな顔をした。
「一緒がいい」
「尚人、優太の成績知ってる?」
「よーく知ってる」
「優太に合わせるのもったいなさ過ぎるから、絶対別の方がいいと思う」
 楠の正論に優太はぐうの音も出ていない。それでも何も考えていないわけではないらしく、音楽を学べる大学も調べ始めていた。
 父さんに言われたからではなく、歌を続けるならもっと知りたいことがあるのだという。それはいいことだと思うが、必要な成績や準備を見て、二人で頭を抱えることにもなった。
「だって高校も別なのに〜……」
「一生付き合ってくれる気があるならなおのこと、大学くらい違っててもいいのでは」
 楠を見ると、聞こえていなかった顔で資料を片付けているが、多分聞こえている。
「……俺は、今考えてるところに行きたいから」
「うん」
「優太も、行きたいところ選べよ。そっちで習ったこと、俺にも教えてほしいし」
 音楽のことはもっと知りたい。でも、俺は相変わらず歌えるわけでも演奏できるわけでもない。それ以外にも勉強してみたいものもある。音楽一家に一人くらい、違うことをやるやつがいてもいいだろうという考え自体は変わっていない。
 優太は資料へ目を戻したが、まだ頷かなかった。
「じゃあ、せめて」
「せめて?」
「遠距離にならないような大学にしてほしい」
「彼女か」
「彼氏だし」
 何でこいつは、そういうことを何のためらいもなく言えるのだろう。楠がため息を吐いて、持っていたペンを置いた。
「僕、いない方がいい?」
「いてください」
「じゃあ、ついでにこれ、早く書いて」
 差し出されたのは、次の動画について確認するための紙だった。話が横へそれたせいで、俺が書くところだけ空いている。
「早くしないと、女児みたいなラメラメペンで代筆するよ?」
「やめて」
 ペンを取り、残っていたところを書き込んだ。
 帰り道でも、優太は大学の話をしていた。
「尚人、前も勝手に違う高校決めたじゃん」
「勝手にって、俺の進路だろ」
「そうだけど。俺、同じとこ行くつもりだった」
「お前の成績で、一緒の高校に入れたと思う?」
「……それ言われると、何も言えないけど」
 言い方が嫌味だったかもしれない。俺は少し歩いてから、優太の方を見た。
「高校違っても、こうなってるだろ」
「違ったから大変だったんじゃん」
「いや、それは俺が隠してたから」
「ほら」
 何がほらなのか。優太はスマホに大学のページを出し、駅から何分かを俺に見せてきた。
「ここなら、尚人が行きたいとこにも近い」
「近いのだけで選ぶなよ」
「ちゃんと歌もやれるよ。まだ調べてるところだし」
 今度は俺が画面を覗いた。必要な試験科目を確認していると、優太が嫌そうな顔をした。
「……尚人、それ見せたかったんじゃないんだけど」
「じゃあ、受かったら何するかだけ考える?」
「一緒に帰る」
「それ、今もしてるだろ」
「もっと」
 俺は返事の代わりに、出ている科目を指した。
「とりあえず、これからな。まず受かるくらいに成績を上げないと……」
 優太は渋々頷いた。遠距離にならないところにしてほしいという話は、翌日もまたされた。

 録音の日、俺はいつもより早く目が覚めた。
 パソコンを持っていく必要があるか、データはちゃんと送れているか、前日に確認したことをまた確かめる。歌詞も紙で出して鞄に入れたが、折れそうだったので一度出し、ファイルに挟み直した。
 玄関で靴を履いていると、父さんが廊下からこちらを見た。
「今日か。帰りは?」
「夕方には終わるって聞いてる。遅くなりそうなら連絡する」
「そうか」
 それで終わりかと思い、鞄を持って立ち上がった。
 父さんは何も言わず、頷き、俺も行ってきますと言って、玄関を出る。門のところには、もう優太がいた。
「おはよう」
「早くない? 珍し」
「早く目が覚めた」
「俺も」
 優太が笑ったので、俺もつられて笑った。
 駅へ向かいながら、今日録る曲をスマホで開く。すぐに優太が覗き込んできた。
「何聞くの」
「今日のやつ。最後にもう一回」
「俺も」
 片方のイヤホンを渡すと、優太は受け取って自分の耳にはめた。曲を流した途端、隣で口ずさみ始める。
「まだ歌わなくていいだろ。向こうでいっぱい歌うんだから、コンディション整えとけよ」
「はいはい」
 何だろう。最近返事の仕方が俺に似てきた気がするなと思いながら再生位置を戻すと、今度は優太も黙って聞いていた。
 駅までの道で、優太が俺の指を引っかけた。
「……今?」
「誰もいないよ」
「向こうから来たら離せよ」
「うん」
 俺からも握ると、優太が隣で笑った。朝からそんな顔をするなと思ったが、俺も多分同じような顔をしている。
 駅に近づいて手を離してからも、イヤホンは片方ずつのままだった。
 スタジオに入ると、優太は思っていたより緊張していた。
 挨拶をして、機材や今日の流れを説明してもらっている間は普通だったのに、歌う場所へ案内されると、俺の方を振り返った。
「何?」
「……いや」
「大丈夫だって。あんなに練習したんだから」
「うん」
 俺は歌えないから、何を言えば安心させられるのか分からない。だから楽しみにしてると笑った。
 担当の人に呼ばれて、俺は机の前へ座った。ガラスの向こうで優太がヘッドホンをつけ、マイクの位置を確かめている。手元に広げた歌詞には、自分で書き込んだらしい印がたくさんあった。
 音を確認し、最初に一度、通して歌ってもらうことになった。
 伴奏が流れ始めると、優太の顔つきが変わった。
 聞き慣れた曲なのに、今まで部屋で聞いていたものとも、送られてきた録音とも違う。俺は手元の歌詞を見ながら、直したいところに印をつけるつもりだったのに、途中からずっと優太を見てしまっていた。
 最後の音が終わり、優太がこちらを見る。
「どう?」
 ヘッドホン越しに聞こえた声は、いつもの優太だった。
「……よかった」
「どこか直す?」
 俺はようやく歌詞へ目を戻した。直すところがないかと言われれば、もう一回聞いてみたいところはある。
「二番の最後、もうちょっと伸ばしてもいいかも。そのあと余裕あるから」
「分かった」
 ほかにも気になったことを伝え、担当の人とも話して、もう一度録ることになった。
 優太は書き込みをしてから顔を上げた。
「尚人」
「ん?」
「楽しいね」
 俺はマイクのスイッチを押した。
「そりゃよかった。もう一回、よろしく」
 優太が頷き、歌詞を譜面台へ戻す。
 小さい頃、歌えない俺を優太が心配していたことを思い出した。
 自分の中にはあるのに、どうしても同じようには出てこない。優太にも分かってもらえないと、もういいと投げ出していた。
 ううん、もういいよ。だいじょうぶ。
 そう言って誤魔化した小さな自分が、十年以上を経て、救われた気がした。
「準備、大丈夫ですか?」
 聞かれて、俺もヘッドホンをつけ直した。
 優太がこちらへ片手を上げる。俺も頷き、歌詞の最初の行へ指を置いた。
 ヘッドホンからは、同じ音楽が流れている。
 すうっと優太が息を吸い込んだ。