会社とは何度か話をし、まずは一曲、制作を進めてみることになった。
その間にコンテストの結果も出たが、「薬瓶と花束」は入賞しなかった。
会社から声が掛かったのだから十分だと思おうとしても、応募一覧で自分たちの曲の方が聞かれているのを見ると、少し腹が立った。再生数を競うものではないのは分かっている。分かっているけど。
「悔しい?」
優太に聞かれて、俺は頷いた。
「お前は?」
「悔しい。でも、あの歌は好き」
「それは俺も好きだよ」
「うん。じゃあ、また出そうよ」
「簡単に言うなぁ」
苦労したところばかり思い出すのに、優太はもう次の課題作も同じ本屋で買おうと言っている。まだ次の募集があるとも決まっていない。
受賞曲を全部聞いた。好きな曲があったので、優太へ送ると、向こうも同じところを気に入ったらしく、しばらくその曲の話をした。
学校には毎日行くし、バイトも続ける。親にも予定を見せることになったので、前みたいに、何となく夜更かしして曲を直すというわけにもいかない。優太と付き合い始めたからといって、急に使える時間が増えるわけではない。けど今までどおりでもない。
「今日も曲?」
日曜日、優太がうちへ来て早々そう言った。
「この間の、もうちょっと直したいから。お前も聞きたいって言ってただろ」
「言ったけど」
優太は鞄を下ろし、俺の隣に座った。録音の日は少し先に決まっているので、それまでに仮の歌を揃えておきたい。
最初は優太も真面目に聞いていた。こっちの方が歌いやすいとか、その言葉は続けにくいとか言っていたのに、途中から返事が「うん」ばかりになった。
「……飽きた?」
「そうじゃない」
「じゃあ何」
「尚人、全然こっち見ないじゃん」
画面から顔を上げると、本当にこっちを見ていた。歌っているところなら散々見ているつもりだったが、そういう話ではなさそうだ。
「曲やってるからだろ」
「うん。分かってる」
「分かってるなら、そんな顔すんなよ」
「じゃあ、いつならいいの」
言われて、マウスから手を離した。優太が一番歌いたがっていた曲なのにと思ってしまったのが、多分顔に出たのだろう。
「俺が歌いたいって言ったら、ずっと曲作ってなきゃいけないの?」
「そういうわけじゃないけど」
「だったら今日はもうやめてよ」
横暴だなと思う。でも、優太のために時間を使っているつもりで、自分がやりたいことを続けていたのも確かだ。前ならここで優太は漫画を読み始めて、そのまま夕方になっていた。
「……あと一か所」
「何分?」
「十分」
優太はスマホでタイマーをかけた。そこまでするか。俺は文句を言おうとして、やめた。言っている間に十分が終わる。
九分くらいで保存して閉じると、優太はすぐ立ち上がった。
「行こう」
「どこへ」
「外。ここだとまた開くから」
そのまま連れ出され、コンビニでアイスを買った。近くの公園まで歩いたところで、優太が俺の持っているものを見た。
「そっちも迷ったんだよね」
「一口食べる?」
「うん」
持ち替えようとしたら、そのまま俺の手にあるものを食べた。何してんだと声が出かける。
「何?」
「……いや。取れよ、自分で」
「手、塞がってるし」
自分の分を持っているだけだろう。優太は今度は自分のを差し出し、俺が食べるまで引っ込めなかった。
ベンチに座っていると、優太が肩を寄せてきた。少し離れたところを散歩している人が通るので、俺は背中を伸ばした。
「人いるから」
「うん」
「うんじゃなくて」
「前は平気だったのに」
そうだ。付き合う前から、優太はこれくらい平気だった。俺はこっそり喜んで、都合よく考えるなと自分に言っていた。
「今は意味が違うだろ」
小声で言うと、優太が笑った。
「そういう意味でやってるもん」
俺は食べ終わった棒を袋へ入れ、鞄にしまった。優太の顔を見ないようにしていたら、笑いながら肩を離された。
「また映画行こうよ。今度はちゃんと全部見る」
「お前が手出さなければ見れる」
「尚人も握ったでしょ」
「それはもう聞いた」
その場で次の週末の予定を確かめた。時間を決めてから、優太が俺のスマホを指す。
「曲入れないでね、そこ」
「入れないよ」
家に帰ってパソコンを開くと、さっきまでどうしても直したかったところは、今日はもういいかと思えた。優太に録音の予定を送り、その下に、映画の時間も忘れるなと書いた。


