黒瀬にギターを頼んだのは、あのあと向こうからバンドの録音が届いたからだった。
『一応、オリジナルもやってるから』
俺に対して意地になっているのかもしれない。聞いてみると、歌の入るところは少し窮屈だったが、途中のギターが格好よかった。
『ここ、どうやって弾いてんの』
時間を指定して聞いたら、翌日、手元を撮った動画が来た。見ても俺には弾けないが、何をやっているかは分かる。
それを何度か聞いてから、作りかけの曲を送った。
『これ、弾いてみてくれない?』
『いきなり?』
『さっきの聞いたら頼みたくなった』
返事はしばらく来なかった。頼む相手を間違えたかと思い始めた頃、どこまで自分で変えていいのかと質問が届いた。
あとで楠に話すと、「何か、敵だったやつ倒して仲間にするゲームみたいだねぇ」と笑われた。倒してはいないし、向こうは俺のコードの付け方にめちゃくちゃ文句を言ってくる。
届いたギターを合わせて聞くと、優太はこっちの方が歌いやすいと言った。違う弾き方のものも送られてきたので聞き比べていたら、結局、歌の方まで録り直すことになる。
何回目だよと思ったが、俺も散々やっているので何も言えない。あいつも細かいんだなと言ったら、優太には「尚人に言われたくないと思うよ」と返された。
付き合い始めて二週間ほど経った日、優太がうちへ来た。
何度か二人で出掛けたし、手も繋いだ。その先は何もしていない。俺からは何もできずにいるのに、優太は会うたび少しずつ遠慮がなくなっていた。
曲を開く前に、優太が机の上のアクリルスタンドを裏返す。気のせいかと思っていたが、これで三回目だ。
「お前、何で毎回アクスタ裏返すの」
「だって……」
「いや、アクスタ裏返したって歌声は同じだろ。大体、コードや楽譜だけより元歌がある方が歌いやすいだろうが」
「分かってるよ」
「じゃあ戻せ」
渋々戻した優太を見て、つい笑ってしまった。
「お前が歌ったやつがあるなら、そっち聞いてるよ」
「……本当?」
「そりゃそうだろ」
優太は椅子を引き寄せ、俺の隣へ座った。最近はもう、二人で座れるように机の上を空けてある。
パソコンを開こうとしたところで、手を取られた。
「何もできなくなるんだけど」
「ちょっとだけ」
「……はいはい」
付き合ってみると言ってから、優太はこういうことをするようになった。前は何も考えずに肩を寄せてきたり、頭を預けてきたりしていたのに、今は顔を見てから触ってくるので、余計に落ち着かない。
「尚人は、しないの?」
「何を」
「こういうの」
「……慣れてないんだよ」
「俺だってそうだよ」
「そうは見えない」
優太は繋いだ手を見てから、少し考えた。
「尚人とずっと一緒にって思ってたけど、具体的にそういうことは考えてなかったんだよね」
「…………そ」
そう言われると、それなりに考えたことがある自分がやる気満々すぎて恥ずかしい。
俺が黙ると、優太が顔を覗き込んだ。
「でも、別に嫌じゃないし、したいと思うよ」
「……何を」
「キスとか」
変な声が出そうになって、口を閉じた。
優太はこっちを見たまま待っている。いや、そんな顔で見られても困る。今、俺の手はお前が握っているし、逃げる場所もない。
「いいじゃん、お互い初心者なんだから。一気に進めなくても、一緒にゆっくりやっていけば。一生の付き合いなんだし」
「……うん」
「どっちかっていうと、俺は尚人がまた先々一人でやっちゃう方が嫌だし心配」
「……こういうことは一人でできないだろ」
「じゃあ、尚人からする?」
「え」
優太が目を閉じた。
まつ毛が長い。今考えることではないが、そんなところばかり見てしまう。
少し顔を近づけて、止まった。目を閉じて待っている優太を見ているだけで、もう無理だった。
「……で、できない……」
好きだと言ったのは俺の方なのに、何だこれは。泣きそうになっている俺を見て、優太が笑った。
「……何で笑う」
「いや、だって……鏡があったら見せてあげたい」
「やだよ」
「じゃあ、俺からしていい?」
答えを聞く前に頬に優太の手が触れて、唇が触れる。ほんの少しで離れたのに、顔を上げられなくなった。
「……大丈夫?」
「何が」
「嫌じゃなかった?」
「嫌じゃないって」
答えると、優太がもう一度笑った。
俺は繋いだままだった手を握り直し、空いている方の手でパソコンを開く。
「ああ、もう。曲、聞くぞ」
「うん」
優太は椅子を寄せたまま、俺が再生するのを待っていた。
曲を流してしまえば、少しはいつもどおりになるかと思ったのだが、優太が手を離さないのでそうもいかなかった。
「……マウス使いたいんだけど」
「あ、ごめん」
優太が手を離した。ようやく操作できるのに、俺はマウスを動かさず、その指を目で追ってしまった。
優太がこっちを見たので、空いていた左手で、離れたばかりの手を取る。
「……こっちならいいから」
「うん」
笑った顔を見たら、俺もキスがしたくなった。今度は俺からと思ったのに、やっぱり見ているだけで終わった。優太は俺が何を見ているかに気づいているのか、口元を押さえて笑っていた。
「笑うな」
「だって」
文句の続きを言う前に、また唇が触れた。
『一応、オリジナルもやってるから』
俺に対して意地になっているのかもしれない。聞いてみると、歌の入るところは少し窮屈だったが、途中のギターが格好よかった。
『ここ、どうやって弾いてんの』
時間を指定して聞いたら、翌日、手元を撮った動画が来た。見ても俺には弾けないが、何をやっているかは分かる。
それを何度か聞いてから、作りかけの曲を送った。
『これ、弾いてみてくれない?』
『いきなり?』
『さっきの聞いたら頼みたくなった』
返事はしばらく来なかった。頼む相手を間違えたかと思い始めた頃、どこまで自分で変えていいのかと質問が届いた。
あとで楠に話すと、「何か、敵だったやつ倒して仲間にするゲームみたいだねぇ」と笑われた。倒してはいないし、向こうは俺のコードの付け方にめちゃくちゃ文句を言ってくる。
届いたギターを合わせて聞くと、優太はこっちの方が歌いやすいと言った。違う弾き方のものも送られてきたので聞き比べていたら、結局、歌の方まで録り直すことになる。
何回目だよと思ったが、俺も散々やっているので何も言えない。あいつも細かいんだなと言ったら、優太には「尚人に言われたくないと思うよ」と返された。
付き合い始めて二週間ほど経った日、優太がうちへ来た。
何度か二人で出掛けたし、手も繋いだ。その先は何もしていない。俺からは何もできずにいるのに、優太は会うたび少しずつ遠慮がなくなっていた。
曲を開く前に、優太が机の上のアクリルスタンドを裏返す。気のせいかと思っていたが、これで三回目だ。
「お前、何で毎回アクスタ裏返すの」
「だって……」
「いや、アクスタ裏返したって歌声は同じだろ。大体、コードや楽譜だけより元歌がある方が歌いやすいだろうが」
「分かってるよ」
「じゃあ戻せ」
渋々戻した優太を見て、つい笑ってしまった。
「お前が歌ったやつがあるなら、そっち聞いてるよ」
「……本当?」
「そりゃそうだろ」
優太は椅子を引き寄せ、俺の隣へ座った。最近はもう、二人で座れるように机の上を空けてある。
パソコンを開こうとしたところで、手を取られた。
「何もできなくなるんだけど」
「ちょっとだけ」
「……はいはい」
付き合ってみると言ってから、優太はこういうことをするようになった。前は何も考えずに肩を寄せてきたり、頭を預けてきたりしていたのに、今は顔を見てから触ってくるので、余計に落ち着かない。
「尚人は、しないの?」
「何を」
「こういうの」
「……慣れてないんだよ」
「俺だってそうだよ」
「そうは見えない」
優太は繋いだ手を見てから、少し考えた。
「尚人とずっと一緒にって思ってたけど、具体的にそういうことは考えてなかったんだよね」
「…………そ」
そう言われると、それなりに考えたことがある自分がやる気満々すぎて恥ずかしい。
俺が黙ると、優太が顔を覗き込んだ。
「でも、別に嫌じゃないし、したいと思うよ」
「……何を」
「キスとか」
変な声が出そうになって、口を閉じた。
優太はこっちを見たまま待っている。いや、そんな顔で見られても困る。今、俺の手はお前が握っているし、逃げる場所もない。
「いいじゃん、お互い初心者なんだから。一気に進めなくても、一緒にゆっくりやっていけば。一生の付き合いなんだし」
「……うん」
「どっちかっていうと、俺は尚人がまた先々一人でやっちゃう方が嫌だし心配」
「……こういうことは一人でできないだろ」
「じゃあ、尚人からする?」
「え」
優太が目を閉じた。
まつ毛が長い。今考えることではないが、そんなところばかり見てしまう。
少し顔を近づけて、止まった。目を閉じて待っている優太を見ているだけで、もう無理だった。
「……で、できない……」
好きだと言ったのは俺の方なのに、何だこれは。泣きそうになっている俺を見て、優太が笑った。
「……何で笑う」
「いや、だって……鏡があったら見せてあげたい」
「やだよ」
「じゃあ、俺からしていい?」
答えを聞く前に頬に優太の手が触れて、唇が触れる。ほんの少しで離れたのに、顔を上げられなくなった。
「……大丈夫?」
「何が」
「嫌じゃなかった?」
「嫌じゃないって」
答えると、優太がもう一度笑った。
俺は繋いだままだった手を握り直し、空いている方の手でパソコンを開く。
「ああ、もう。曲、聞くぞ」
「うん」
優太は椅子を寄せたまま、俺が再生するのを待っていた。
曲を流してしまえば、少しはいつもどおりになるかと思ったのだが、優太が手を離さないのでそうもいかなかった。
「……マウス使いたいんだけど」
「あ、ごめん」
優太が手を離した。ようやく操作できるのに、俺はマウスを動かさず、その指を目で追ってしまった。
優太がこっちを見たので、空いていた左手で、離れたばかりの手を取る。
「……こっちならいいから」
「うん」
笑った顔を見たら、俺もキスがしたくなった。今度は俺からと思ったのに、やっぱり見ているだけで終わった。優太は俺が何を見ているかに気づいているのか、口元を押さえて笑っていた。
「笑うな」
「だって」
文句の続きを言う前に、また唇が触れた。


