翌日、優太は本当に来た。俺の学校の門の近くで待っているので、同じクラスのやつに、あの歌うまい人じゃん、と肘でつつかれた。
「迎え?」
「多分」
「仲いいなぁ」
俺より先に、優太が頷いた。
帰りに本屋へ寄って、駅前で飲み物を買って、試験範囲がもう出たという話をした。優太も俺も、告白の返事には触れなかった。話すことはあるのに、一番聞きたいことが聞けなくて、家に着くとすごく疲れていた。
父さんに呼ばれたのは、それから数日後だった。
「会社との話には、母さんが一緒に出る」
「……うん」
「成績は下げないこと。これを理由に志望校を下げたり、安易に進路を変えたりしないこと」
「分かった」
「契約や金の話は、必ず相談しなさい」
「うん」
父さんの手元には、俺が送ったメールを印刷したものがあった。ところどころに線が引かれている。
「あと、変な格好をしたり、乱れた生活をしないこと」
「……分かった」
みこ姉がいたら、変な格好って何よと言っていたと思う。今日は俺しかいないので、そのまま素直に頷いた。
部屋に戻り、優太に打ち合わせへ進めそうだと送る。ただ、ここ最近の微妙な空気で大丈夫なんだろうか……と思う間もなくすぐに電話がかかってきた。
「本当?」
「うん。母さんが行ってくれるって」
「よかった。うちにも言っとく」
優太の家では、「正直、バンドより尚人くんが一緒の方が安心ね」で、ほとんど終わっていたらしい。
「いいなぁ……」
「でも、会社の話はちゃんと聞くって」
「そりゃそうだろ」
電話を机に置いてスピーカーにし、会社への返信を開いた。候補の日付を読み上げると、優太もカレンダーを確かめているらしく、少し待ってと返ってくる。
返事を書き終え、親にも見てもらってから送ることにした。
「今日、曲は?」
「これから開く」
「昨日送ったやつ、聞いた?」
「まだ。今聞くから、ちょっと待って」
メールの画面を閉じ、優太から届いていた音源を開いた。
電話を繋いだまま音源を聞いて、気になったところを伝える。
「二回目の方が好き。最初のところは一回目の方がいいけど」
「じゃあ、そこだけもう一回録る」
「急がなくていいよ。俺もみこ姉に送るやつ、まだ直してないし」
「美琴ちゃん、弾いてくれるんだ」
「うん。データ送れって、さっきも連絡来た」
言いながら、みこ姉とのメッセージを開いた。送ってもらえないと練習できないんだけど、と書かれている。
今までなら、家族が部屋に来たら慌てて閉じていた画面だ。それを今は、早く送れと催促されている。
「……何か変な感じ」
「何が?」
「いや、家族と音楽の話してるのが」
「ああ」
優太は少し黙ってから、嬉しそうに言った。
「できたら聞きたい」
「お前が歌うんだろ」
「そうだけど、先に聞きたい」
俺も聞きたいので、そこは何も言えなかった。
電話を切ったあと、みこ姉に渡すデータを整理した。打ち込んだままのピアノを聞き直すと、本当にこれを弾いてもらっていいのだろうかと不安になる。
でも、送らないとまた催促される。ひとまず今の音源と、ピアノだけにしたものを送った。
返事はすぐに来た。
『ここ、両手じゃ足りないんだけど』
「あ」
音を重ねているうちに、普通に弾くことを全く考えていなかった。
『分けて録る? それとも弾けるように変える?』
続けて聞かれ、俺は画面を見比べた。残したい音に印をつけて送り返すと、今度はみこ姉から短い演奏の録音が届く。
聞いている途中で、部屋の扉が開いた。
「文字で聞くの面倒だから来た」
「ノックくらいして」
「したよ。聞こえてなかったんでしょ」
ヘッドホンを外している間に、みこ姉は机の横へ来て画面を覗き込んだ。
「この低い音、ずっと残しておきたいの?」
「うん。その上で、こっちが動く感じ」
「ああ、じゃあ――」
みこ姉が机の上で指を動かす。俺には弾けないので、その手を見てもどうなるかは分からないが、口で歌ってくれたものなら分かった。
「そう、それ」
「じゃあ、一回それで弾いてくるね」
そう言って部屋を出ていくみこ姉を見送り、俺はさっき送られてきた録音をもう一度再生した。
数日後、優太と二人でピアノのある部屋へ行き、みこ姉の録音を聞かせてもらった。俺はしばらく何も言えなかった。
元の音は自分が打ち込んだものだ。メロディもコードも知っているし、変えてほしいところは前に伝えた。それでも、実際に弾いてもらうと、こんなに違う。
優太が初めて俺の曲を歌ったときに少し似ていた。今のところ、すごい以外の感想が出てこない。
「どう?」
「……すごい」
「それはどうも。で、使えそう?」
「使いたい」
即答すると、みこ姉が笑った。
「よかった。違うところあったら言って」
「いや、俺が言うことなんか」
「あるでしょ。曲作ったの尚人なんだから」
隠しもせずに呆れているみこ姉に、隣の優太まで頷いている。もう一度聞かせてもらい、サビへ入るところで止めた。
「ここ、もうちょっとだけ待てる?」
「待つ?」
「うん。優太の声が終わってから、次の音が来る感じにしたい」
「ああ、なるほど。じゃあ、優太くん、そこ歌ってみて」
「はい」
姉が鍵盤に手を置き、優太がその横へ立つ。俺は邪魔にならないよう少し下がった。
途中から伴奏が始まり、優太が合わせて歌う。さっき話したところに来ると、姉は優太の声を聞いてから次の音を弾いた。
「こう?」
「うん、それ」
「じゃあ、ここの前後、録り直すね」
もう一度同じところから始めてもらう。今度は歌の終わり方を優太が少し変え、みこ姉もそれに合わせた。
うちではよくあることだった。誰かが弾き始めれば、ほかの誰かが合わせる。優太が来たときも、そんなことは何度もあったけど、俺はそれをただ見ているだけだった。けど今は、自分が作った曲が中心に流れている。
「尚人、今のどっちがいい?」
優太に聞かれ、慌てて聞いていた音を思い返した。
「二回目。最後、そっちの方が好き」
「じゃあ、こっちで」
姉が録音を確認している間に、優太が俺の横へ戻ってきた。
「よかったね」
「……うん」
「俺も歌いやすかった」
「それはよかった。使ってみて、また何かあったら言って」
優太が持っていた歌詞を俺に返す。その指が手に触れただけで、受け取り損ねそうになった。みこ姉はもう鍵盤の方へ戻っていて、気づかなかったらしい。
「迎え?」
「多分」
「仲いいなぁ」
俺より先に、優太が頷いた。
帰りに本屋へ寄って、駅前で飲み物を買って、試験範囲がもう出たという話をした。優太も俺も、告白の返事には触れなかった。話すことはあるのに、一番聞きたいことが聞けなくて、家に着くとすごく疲れていた。
父さんに呼ばれたのは、それから数日後だった。
「会社との話には、母さんが一緒に出る」
「……うん」
「成績は下げないこと。これを理由に志望校を下げたり、安易に進路を変えたりしないこと」
「分かった」
「契約や金の話は、必ず相談しなさい」
「うん」
父さんの手元には、俺が送ったメールを印刷したものがあった。ところどころに線が引かれている。
「あと、変な格好をしたり、乱れた生活をしないこと」
「……分かった」
みこ姉がいたら、変な格好って何よと言っていたと思う。今日は俺しかいないので、そのまま素直に頷いた。
部屋に戻り、優太に打ち合わせへ進めそうだと送る。ただ、ここ最近の微妙な空気で大丈夫なんだろうか……と思う間もなくすぐに電話がかかってきた。
「本当?」
「うん。母さんが行ってくれるって」
「よかった。うちにも言っとく」
優太の家では、「正直、バンドより尚人くんが一緒の方が安心ね」で、ほとんど終わっていたらしい。
「いいなぁ……」
「でも、会社の話はちゃんと聞くって」
「そりゃそうだろ」
電話を机に置いてスピーカーにし、会社への返信を開いた。候補の日付を読み上げると、優太もカレンダーを確かめているらしく、少し待ってと返ってくる。
返事を書き終え、親にも見てもらってから送ることにした。
「今日、曲は?」
「これから開く」
「昨日送ったやつ、聞いた?」
「まだ。今聞くから、ちょっと待って」
メールの画面を閉じ、優太から届いていた音源を開いた。
電話を繋いだまま音源を聞いて、気になったところを伝える。
「二回目の方が好き。最初のところは一回目の方がいいけど」
「じゃあ、そこだけもう一回録る」
「急がなくていいよ。俺もみこ姉に送るやつ、まだ直してないし」
「美琴ちゃん、弾いてくれるんだ」
「うん。データ送れって、さっきも連絡来た」
言いながら、みこ姉とのメッセージを開いた。送ってもらえないと練習できないんだけど、と書かれている。
今までなら、家族が部屋に来たら慌てて閉じていた画面だ。それを今は、早く送れと催促されている。
「……何か変な感じ」
「何が?」
「いや、家族と音楽の話してるのが」
「ああ」
優太は少し黙ってから、嬉しそうに言った。
「できたら聞きたい」
「お前が歌うんだろ」
「そうだけど、先に聞きたい」
俺も聞きたいので、そこは何も言えなかった。
電話を切ったあと、みこ姉に渡すデータを整理した。打ち込んだままのピアノを聞き直すと、本当にこれを弾いてもらっていいのだろうかと不安になる。
でも、送らないとまた催促される。ひとまず今の音源と、ピアノだけにしたものを送った。
返事はすぐに来た。
『ここ、両手じゃ足りないんだけど』
「あ」
音を重ねているうちに、普通に弾くことを全く考えていなかった。
『分けて録る? それとも弾けるように変える?』
続けて聞かれ、俺は画面を見比べた。残したい音に印をつけて送り返すと、今度はみこ姉から短い演奏の録音が届く。
聞いている途中で、部屋の扉が開いた。
「文字で聞くの面倒だから来た」
「ノックくらいして」
「したよ。聞こえてなかったんでしょ」
ヘッドホンを外している間に、みこ姉は机の横へ来て画面を覗き込んだ。
「この低い音、ずっと残しておきたいの?」
「うん。その上で、こっちが動く感じ」
「ああ、じゃあ――」
みこ姉が机の上で指を動かす。俺には弾けないので、その手を見てもどうなるかは分からないが、口で歌ってくれたものなら分かった。
「そう、それ」
「じゃあ、一回それで弾いてくるね」
そう言って部屋を出ていくみこ姉を見送り、俺はさっき送られてきた録音をもう一度再生した。
数日後、優太と二人でピアノのある部屋へ行き、みこ姉の録音を聞かせてもらった。俺はしばらく何も言えなかった。
元の音は自分が打ち込んだものだ。メロディもコードも知っているし、変えてほしいところは前に伝えた。それでも、実際に弾いてもらうと、こんなに違う。
優太が初めて俺の曲を歌ったときに少し似ていた。今のところ、すごい以外の感想が出てこない。
「どう?」
「……すごい」
「それはどうも。で、使えそう?」
「使いたい」
即答すると、みこ姉が笑った。
「よかった。違うところあったら言って」
「いや、俺が言うことなんか」
「あるでしょ。曲作ったの尚人なんだから」
隠しもせずに呆れているみこ姉に、隣の優太まで頷いている。もう一度聞かせてもらい、サビへ入るところで止めた。
「ここ、もうちょっとだけ待てる?」
「待つ?」
「うん。優太の声が終わってから、次の音が来る感じにしたい」
「ああ、なるほど。じゃあ、優太くん、そこ歌ってみて」
「はい」
姉が鍵盤に手を置き、優太がその横へ立つ。俺は邪魔にならないよう少し下がった。
途中から伴奏が始まり、優太が合わせて歌う。さっき話したところに来ると、姉は優太の声を聞いてから次の音を弾いた。
「こう?」
「うん、それ」
「じゃあ、ここの前後、録り直すね」
もう一度同じところから始めてもらう。今度は歌の終わり方を優太が少し変え、みこ姉もそれに合わせた。
うちではよくあることだった。誰かが弾き始めれば、ほかの誰かが合わせる。優太が来たときも、そんなことは何度もあったけど、俺はそれをただ見ているだけだった。けど今は、自分が作った曲が中心に流れている。
「尚人、今のどっちがいい?」
優太に聞かれ、慌てて聞いていた音を思い返した。
「二回目。最後、そっちの方が好き」
「じゃあ、こっちで」
姉が録音を確認している間に、優太が俺の横へ戻ってきた。
「よかったね」
「……うん」
「俺も歌いやすかった」
「それはよかった。使ってみて、また何かあったら言って」
優太が持っていた歌詞を俺に返す。その指が手に触れただけで、受け取り損ねそうになった。みこ姉はもう鍵盤の方へ戻っていて、気づかなかったらしい。


