恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

優太は、翌々日の放課後に来た。
 玄関で挨拶する声が聞こえ、部屋の扉が開くまで、俺はパソコンに手を置いたまま待っていた。今度は画面を閉じなくてもいい。そう思っていたのに、優太が覗き込んできたら、やっぱり少し隠したくなった。
「これ、次のやつ?」
「うん。まだ触ってるだけ」
「聞いていい?」
「あとで」
 いつもなら漫画を開いて待っているのに、今日は俺の隣に椅子を引っ張ってくる。座るところを作るために、机の端の本を積み直した。
「尚人の部屋でこれ作ってたんだね」
「ほかに場所ないだろ」
「俺がここで、otoさんすごいって言ってたときも?」
「……まあ」
 優太は画面を見たまま、「何で言わないかなぁ」と呆れたように呟いた。
「ごめんって」
「最初に聞いたとき、尚人に教えたいって思ったんだよ。なのに知ってるって言われて、先越されたと思ってた」
「それは、俺も知らないって言うの変だろ」
「そうだけど、ずっと俺ばっか喋ってたじゃん」
 そうだなと答えた。何をどこまで聞いたのか、今なら全部分かる。好きだという言葉だけ何度も貰って、俺は一度も同じ意味では返していなかった。本人だし。
「尚人が、俺に何にも話してくれなかったのは嫌だったよ」
「……うん」
 でも、俺も嫌だった。お前だって何も言わなかったじゃんと喉まで出かかって何とか止める。
 優太は手を伸ばし、俺がどけた本の一番上を取った。課題作だった。
「これも」
「それも知ってた」
「だよね」
 付箋のついたページを開いてから、優太がこちらを見た。
「何で、幼馴染のこと好きか聞いたの?」
 来るだろうなとは思っていた。その質問だけは、一度聞いてしまった以上、なかったことにはできない。
「……気になったから」
「何が?」
「続き、何言おうとしてたのか」
 優太は本を閉じた。話を逸らすなと言われたわけではないが、パソコンの方を向けなくなった。
「俺のこと、どう思ってるのか知りたかった」
「大事だって言ったでしょ」
「そういうのじゃなくて」
 ここまで言ってしまえば、もう同じだ。俺は優太が持っている本を受け取り、机へ置いた。
「……俺、お前が彼女と学校行ってるの見て、嫌だったんだよ」
「……いつ?」
「高校入ったばっかりの頃」
「そんな前?」
「うん。で、会う回数減って、気を紛らわせるのに何か新しいことしてやろうと思って、パソコン触り始めた」
 失恋して曲作りを始めたとか、口に出してみると物凄く恥ずかしい。しかも、それをその好きな相手に説明している。優太は黙って聞いているが、何を考えているのか分からないし、恥ずかしすぎる。
「曲作るのは楽しかったし、お前にちょっと似た声見つけて、こういうの歌ってほしいなって思って作ってたら、本当にお前から連絡来て」
 机の端に置いてあるボーカルソフトのアクリルスタンドを、優太が見た。そんなものを見ても、今は声は出ない。
「じゃあ、最初から?」
「全部が全部お前のためってわけじゃない。俺が作りたくて作ったんだから」
「うん」
「でも、ずっと、もしお前が歌うならって考えてた」
 さっきまで曲を作っていた手で、机の縁を掴む。こんな話になるのなら、まだ父さんと話している方が楽だったかもしれない。あっちは腹が立てば言い返せるが、優太の返事が怖くて、顔も見られない。
「好きだって気づいたんだよ。そういう意味で」
 優太の足が動いた。椅子ごとこっちへ向き直ったのが分かって、俺は余計に目を上げられなくなった。
「……うん」
「うんって」
 部屋の外で足音がした。みこ姉だろうか。「来るなよ」と念じていたら、そのまま階段を下りていった。
「俺、尚人とずっと一緒にいるつもりだった」
「言ってたな」
「でも、付き合うとか、そういう風には考えてなくて」
「……だろうな」
 普通に彼女を作ってたんだからそりゃあそうだろう。自分で口にしておいて、思ったよりきつかった。
「無理しなくていい」
「ちょっと待って。今考えてるから」
 優太は膝に置いた手を組んだり離したりしていた。俺も待っていたが、黙って時計の音を聞いていると、このまま帰ってくれた方がましな気がしてきた。
「別に、返事しろって言ってない」
「うん」
「あの質問は、ごめん。知らない人のふりして聞くのは、ずるかったと思う」
「……だから、尚人にはナイショって言ってたのに」
 優太が笑いかけて、やめた。
「でも、聞かれなかったら考えなかったよ」
「考えた結果がそれなら、別に」
「それって?」
「幼馴染として一生一緒、でいいんだろ」
 拗ねたような言い方になってしまい、女々しくて嫌になる。
「それでいいっていうか、俺はずっとそう思ってたから。尚人も同じだと思ってたし」
「俺が誰かと付き合っても?」
 優太が黙った。俺も、そこで一度口を閉じればよかった。
「お前のこと諦めて、別の人を好きになって、その人を一番にしたら? お前が彼女できたときみたいに」
 優太は答えず、膝の上で指を握った。そんな顔をさせたかったわけではない。嬉しいと思ってしまったのが、なおさら嫌だった。
「……帰る?」
「帰ってほしい?」
「今、何言っても嫌な言い方になるから」
 優太は机の上の本に手を掛け、俺のものだと気づいて引っ込めた。鞄を持ったあとも、なかなか立ち上がらない。
「曲は?」
「できたら送る」
「尚人」
「何」
「ちゃんと考えるから、勝手に終わったことにしないで」
 返事をしようとしたら、喉に詰まった。頷くと、優太はようやく椅子を戻した。
 玄関まで送ったが、何も話さなかった。いつもなら貸す本があるか聞くところなのに、今日は何にもない。
 優太が帰ったあとの方が、何でも言えそうな気がした。スマホを開き、やっぱり忘れてくれと打ちかける。
 勝手に終わったことにするなと言われたばかりだ。全文を消して机へ置いたら、画面が光った。
『明日、バイト何時まで?』
 普段と同じような文章なのが、今は困る。
『八時』
『迎えに行っていい?』
 俺はスマホを持ったままベッドに倒れ込んだ。これが友達としての気遣いなら、やめてほしい。そうじゃないなら、来てほしい。何回か書き直して、結局『分かった』とだけ送った。
 翌日は学校でも、何度か昨日のことを思い出した。いつものように授業を受けている自分が、昨日優太に好きだと言った自分と同じなのが変な感じだ。
 帰りにいつもの電車に乗り、バイト先へ行って、レジで何度も同じ台詞を言った。手はいつもどおり動くのに、時計ばかり見てしまう。
 店の外へ出ると、優太がいた。袋を一つ持っている。
「お疲れ」
「……お疲れ」
「これ、いる?」
 袋の中は肉まんだった。受け取るとまだ熱い。優太は自分の分を出し、俺と並んで歩き始めた。
「いつからいたの」
「七時半くらい」
「早すぎだろ」
「うん。中で本見てた」
 全然気づかなかった。ひとこと声を掛ければいいのにと思ったが、仕事中に昨日の続きが始まっても困る。行儀悪く食べ歩きしながら横断歩道の前で止まると、優太が俺を見た。
「今日、楠に変って言われた」
「何が」
「ぼーっとしてるって」
「それいつものことだろ」
「俺もそう言った」
 笑ってしまってから、あ、と優太が少しほっとした顔をする。そんなことで安心させてしまうなら、笑わない方がよかったかもしれない。
「昨日のこと、考えてた?」
「うん」
「授業は聞けよ」
「尚人は聞けた?」
「……聞いたよ」
 聞いてはいた。ただ、ちゃんと頭に入っているのとは別の話だ。
 信号が変わり、二人で歩き出す。優太はもう肉まんを食べ終わっていて、俺の空いた袋まで受け取ろうとした。
「自分で捨てるからいい」
「そっか」
「別に、何かしてくれなくていいんだぞ」
「何かって?」
「気を使って迎えに来るとか。普通でいいから」
「俺が来たかったんだけど」
 優太は不満そうに言った。今まで来たことなんかないくせに。俺が好きだと言ったからそうしてくれるのか、それなら言ってよかったのか、よく分からない。
「じゃあ、明日も来る」
「明日はバイトない」
「学校」
「お前んとこより終わるの遅いぞ」
「待ってる」
 俺は袋を畳んで鞄の外ポケットへ入れた。断る理由を探すのはやめた。
 家の前まで来たところで、優太がいつものように中へ入ろうとして、足を止めた。
「今日は帰るね」
「……うん」
「また明日」