恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

翌日は学校に行ったけど、気が気でない。まっすぐ家に帰って、夕飯のあと、リビングにパソコンを持って下りた。
 父さんはダイニングの席に座っていて、響兄とみこ姉も来ていた。机の端に置いたスマホから、母さんの声がする。優太にも一緒に来てもらうことになっていたので、玄関の音を聞いて俺が迎えに出た。
「お邪魔します」
「……ありがとう」
 昨日と同じように並んで座ると、みこ姉が俺のパソコンへ目を向けた。
 先に聞きたそうだったが、父さんが説明しなさいと言ったので、ソフトを開きながら、何をしてきたのかを話した。
 曲を作って投稿していること。ソフトも講座も、バイト代と小遣いの範囲で払っていること。優太とは途中から一緒に活動していること。
「優太くんも、知らなかったんだって?」
「はい。昨日まで」
 みこ姉の問いに優太が頷くと、響兄が眉を寄せた。
「そんなことあるのか」
「あるから今説明してるんだよ」
 本当のことなんだから、何回聞かれてもそれ以上の答えはない。
 完成した曲のデータを開き、再生する。みこ姉はすぐに「知ってる!」と言ったが、父さんは何も言わなかった。
 歌の音を消して、伴奏だけにする。そこからさらに音を一つずつ消し、どこに何を入れているのか見せた。
「こうやって作ってる。歌詞も俺が書いた」
「……それで、これを仕事にするつもりなのか」
「まだそこまでは決めてない。音楽会社から連絡が来たから、まず話を聞いてみたい」
「そんな半端な気持ちでどうする」
「話も聞いてないのに決められないだろ」
 父さんは画面を見たまま、仏頂面で腕を組んだ。
「こんなことは言いたくないが、お前の音楽センスは趣味でも無理だと言わざるを得ないレベルだ」
「……知ってるよ」
「母さんも響介も美琴も真剣にプロの世界で頑張っている。それをこんな玩具で音楽をやっているなんて」
 泳げないのに水泳選手になりたいって言ってるみたいなものだから、言いたいことは分かる。頭では分かる。でも。
「勉強だってちゃんとしてるし、成績だって悪くない。漫画読んだりゲームする感覚で音楽やったっていいじゃん。何でそこまで言われなきゃいけないわけ」
「お前はそれを仕事にしようとしてるんだろうが」
「父さんが趣味でもって言ったんだろ」
「こんなものは音楽とは言わない」
「そうじゃなくて……!」
 自分の声が大きくなったのが分かった。
 みこ姉が何か言おうとしたが、その前に続けた。ここで止まったら、また喋れなくなりそうだった。
「仕事になるかは分からないよ。でも、曲は作れたんだよ。俺が歌えなくても、楽器弾けなくても、これなら作れるんだよ」
「機械を使えばできるというのと、自分に力があるというのは違う」
「じゃあ、何したら俺がやったことになるんだよ!」
 父さんが黙った。画面には、自分で何度も置き直した音が並んでいる。優太に送って、歌ってもらって、また直して。そんなことを繰り返して、ようやくできた曲だ。
 叶わないことを手放して諦めることは父さんから教わったけど、俺は自分で学んだわけじゃない。人のせいにし続けるくらいなら、今チャレンジして転んでみたい。俺だって、音楽で俺の世界を描きたい。
「とにかく、成績もキープしてるし、全部バイト代の範囲内で賄ってるんだから、曲作るくらい放っておいてよ」
「放っておけとお前は言うが、契約だなんだとなったら親の許可が必要なのは分かっているのか?」
「……卑怯だ」
「ちょっと父さん!」
「父さん、脅すのはやり過ぎだろ。尚人は真剣なのに」
「あなた」
 響兄とみこ姉が止めるのと同時に、母さんの声もスマホから聞こえた。
 普段は明るい母さんだが、声のトーンが明らかに違っていて、俺も父さんも黙った。
「会社の話は、私も内容を聞かないと何も言えない。でも、曲を作ることまで止めさせる理由はないでしょう」
「止めろなんて言っていない」
「今の言い方で、続けていいと取るほうが難しいでしょう。響介の言うとおりよ」
 父さんはスマホを見た。
「尚人には、もっと向いていることがある」
「だからちゃんと勉強もしてるんでしょう。音楽を始めたから他を止めるって話じゃないのよ。疎かにしないって言ってるのに、やりたいことを頭ごなしに止めさせる気?」
「今はよくても、この先どうなるか」
「それは私たちだって同じじゃん」
「みこ姉」
「あと、私たちが真剣にやってることと、尚人がこれで曲作ることは関係ないから。私、それで馬鹿にされたとも思わないし」
「お前はいつもそうやって」
「だって毎回、私たちを引き合いに出すんだもん。マジ気分悪い」
 みこ姉はソファに座り直し、パソコンの画面を指した。
「まあ、クラシックやってる人間って色々いるから、そういう人が多いのも否定はできない。でもねぇ、うちの教授なんかは、『抱えてくれる貴族なんてものがいない世界では、自分たちが下に見たり、音楽と認めないもののおかげで伝統芸能やクラシックが成り立っていることを忘れるな』って言ってたし、そのとおりだと思うよ」
 みこ姉が俺の方を向いた。
「私はロックもポップスも聞くし。まあ、こういう系はほとんど聞いたことないけど、優太くんが歌ってるやつは聞いたし、とてもよかったよ」
「俺も聞いた」
 響兄まで口を開いたので、思わずそちらを見る。
「えっ」
「優太くんに合う歌を作っている。それは、お前が作ったからだったんだな」
 俺の知らないところで、響兄も聞いていたのかと驚いていると、響兄は父さんを見た。
「父さんがこういうの好きじゃないのは知ってるけど、尚人にやるなは別の話だろ」
「好き嫌いの話じゃない」
「じゃあ、何が駄目なの?」
 父さんはすぐには答えず、机の上のパソコンへ目を戻し、今度は優太に話しかけた。
「優太くんは、どう考えてるんだ」
「俺は、尚人の曲を歌いたいです」
「君はもっとちゃんと歌を学べば、ほかにも――」
「歌は練習します。でも、何を歌うかは俺が決めます」
 優太は俺を見ずに、そのまま続けた。
「尚人が作ってるって知らないときから、この曲がいいと思ってお願いしました。次も歌いたいし、これからも一緒にやりたいです」
 俺は膝の上で握っていた手を開いた。
 言いたいことはまだある。でも、今口を開いたら、変な声になりそうだった。
「……今日は、今後すべてを決める話ではないんでしょう?」
 母が聞くと、俺は頷きかけて、電話だったことを思い出した。
「うん。話を聞くかどうか」
「なら、優太くんの親御さんとも相談して、決めましょう」
 父さんは腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
「……勝手に話を進めるな」
「分かってる。だから、返事も待ってもらってる」
「会社の話は置いておいて、尚人が曲作りをやめる必要は全くないよ。お父さんとは、あとで私が話すから」
 母さんが父さんにそう言って、家族での話はいったん終わった。
 父さんは俺の曲はけなしていたし、続けていいとも言わなかった。スマホを持って部屋に入ると、また母さんと話し始めたようだ。
 俺はパソコンを閉じようとして、みこ姉に止められた。
「待って。さっきの、最後まで聞いてない」
「……聞くの?」
「聞くよ。途中で音消しちゃったじゃん」
 消していた音を戻し、最初から再生する。
 みこ姉は今度こそ最後まで聞き、サビの手前に戻してほしいと言った。響兄も残っていたので、結局、優太と並んだまま、二人に自分の曲を聞かれることになった。目の前とか何の羞恥プレイなんだ。
 そんな俺とは対照的に、響兄もみこ姉も興味深そうに聞いてくれている。
「え〜面白そう。ここ、私が弾いてもいい?」
「え」
「ピアノ。尚人がこうしてほしいって言ってくれれば、それで弾くし」
「……頼んでいいの?」
「いいよ。むしろやってみたいもん」
 俺が頷くと、姉は再生中の画面を見ながら続けた。
「お父さんの言うこと、気にしなくていいって。私、全く聞いてないでしょ?」
「いや、お前の反抗期みたいなのはどうかと思う」
「響兄うるさい」
 みこ姉は響兄に言い返してから、俺の膝を軽く叩いた。
「ま、少なくともお母さんは大丈夫でしょ」
 完全にドアを閉めてしまったので、中の様子は分からないが、多分まだ夫婦で話しているんだろう。母さんだいぶ怒ってたし、喧嘩になってなきゃいいけど。
 みこ姉はそんな俺の視線を追ってから、パソコンを指す。
「で、もう一回ここ」
 言われたところまで再生位置を戻すと、みこ姉は伴奏に合わせて指を動かし始めた。
 次の日になっても、父さんからは何も言われなかった。
 会話の全くない食事は気まずいが、俺もその場でまた話を始める気にはなれず、食器を片付けて部屋へ戻る。
 母さんとは何度かメッセージを送り合った。会社から届いたメールを見せ、優太の両親にも内容を確認してもらう。日程の候補が届くと、母さんは自分の予定も調べて調整してくれた。