恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

待ち合わせの時間より早く着いたつもりだったが、優太はもう来ていた。
 窓際の席でスマホを見ている。俺が近づいても気づかなかったので、テーブルの横で足を止めた。
「優太」
「……尚人?」
 顔を上げた優太が、入口の方を見る。
「どうしたの?」
「……話したいって言っただろ」
 それだけを言えば、優太は一瞬止まり、目を丸くした。
 スマホへ目を落とし、俺の顔を見て、また画面を見る。
「……やっぱ、尚人だったんだ」
「気づいてたのか」
「そうだったらいいなって思ったことはある。でも、違うかなとも思ってた」
「どういうこと?」
「尚人、嘘つくの上手すぎ」
「……座っていい?」
「うん」
 向かいに座ると、店員が水とメニューを持ってきた。飲みたいものなど考えられず、優太と同じものを頼む。
「さっきの話、見たから?」
 店員が離れてから、優太が口を開いた。
「うん」
「……そっか」
「昔と比べて喋れるようになったけど、慣れただけで得意なわけじゃないもんな。顔見て聞いた方がいいと思って」
 優太は頷き、手元のスマホを伏せた。
「otoの方には言わなかったんだな」
「だって、俺が決めたことだし。otoさんに言ったら、気にすると思って」
「尚人には?」
「……聞いてほしかった」
「うん。だから来た」
 鞄からスマホを出し、机に置く。
「その前に、ごめん。ずっと黙ってて」
「うん」
「最初にDM来たとき、言えばよかったんだけど。歌ってくれたの聞いたら、俺……」
 言いかけて、目を逸らした。
 あの動画を見たときのことは、今でもよく覚えている。何回も聞いて、変な声を出して、これで一生生きていけるとまで思った。
「嬉しくて。正体言って、それで話がなくなったら嫌だなって」
「なくならないよ」
「今ならそう言うだろうけど」
「そのときでも言う」
 即答されたら何も言えない。優太は机の上の俺のスマホを見ていた。画面は消えているのに、何を確かめているのだろう。
「最初にotoの歌を聞いたときさ、小さい頃、尚人が歌ってたの思い出したんだ」
「……俺の歌?」
「ほら、尚人が歌おうとして、俺が何の歌か分かんなかったやつ」
「ああ……」
「別に、同じ歌だったってわけじゃないんだけどな」
 優太は少し考えてから、俺を見た。
「でも俺は、初めて聞いた時、尚人が作ったらこういうのかなって思った。だから、ほかの曲も聞いた」
「名前が似てるからって言ってたのは」
「それもある」
「じゃあ、nayutaって」
「……嫌だった?」
「いや、嫌じゃないけど」
 やっぱり、そういうことだったのか。
 優太は両手でグラスを持ち、少しだけ水を飲んだ。
「でも、仕事があるって言うし。尚人だったら俺に言ってくれるかなって思ったし」
「ごめん」
「いや、俺もボカロ、あんまり好きじゃないとか言ったから」
「それは別に、お前の好みだし」
「でも、言いづらくなったでしょ」
 ならなかったと言えば嘘になる。父のこともあったし、優太までそう言うのかと思ったのも本当だ。ただ、それを全部相手のせいにはできない。
「それだけじゃない。家のこともあるし。俺が勝手に始めて、勝手に黙ってただけだから」
 飲み物が運ばれてきたので、一度話を止めた。
 優太は店員に頭を下げ、俺はストローの袋を剥く。何も考えずに頼んだので、飲んでから甘いやつだったと気づいた。
「……怒ってないの?」
「びっくりしてる。あと、聞きたいことがいっぱいあって、何から聞けばいいか分かんない」
「うん」
 急かさず待っていると、優太は少しずつ話し始めた。
「俺、尚人の歌、ずっと聞きたかったんだよ」
「聞いたことあるだろ。歌だなんてとても言えない」
 小さい頃、俺が何かを歌おうとすると、優太が代わりに歌ってくれることがあった。
 自分の口からはどうしても出てこなかった音が、優太の声になる。何で分かるんだろうと驚いて、もう一回と何度も頼んだ。
 でも、知っている曲ではないものは、優太にも分からなかったからどうしようもなくて、俺の中だけ流れて終わったあの歌。
「尚人が、もういいって言ってやめちゃったやつ。俺、ずっとあれが歌いたかった」
「……俺だって、何歌ってたか覚えてないんだけど」
「うん。同じじゃなくていい。でも」
 優太はそう言って、小さく笑った。
「やっと、聞けたんだなって思って」
 俺はストローを咥え、返事をしないで飲んだ。甘い。さっきより甘く感じるのは、変に喉が詰まっているせいだろうか。
「もっと早く言えばよかったな」
 俺がそう言うと、優太は机に伏せていたスマホを見た。
「……バンドのこと、尚人に言ってよかった」
「うん」
「嫌な話してごめん」
「それはいいよ。俺だって、あいつらの立場だったら面白くないと思うし」
 優太が顔を上げた。
「でも、お前が有名になりたいからとか、売れそうだから俺とやってるとは思ってない。それは俺が一番知ってる」
「……うん」
 返事を聞いてから、机の上で震えていたスマホを取る。父さんから、何時に帰るんだと来ていた。
「それ、大丈夫?」
「全く。実は父さんに、曲作ってるのバレたところで」
「えぇ」
「楽器屋から手紙が来て。それで、どういうことだ説明しろって言われてたところに、お前から連絡が来た」
「……出てきてよかったの?」
「帰ったら話すって言って無視して来た。今はお前の方が先だと思ったから」
 もう少ししたら帰ると送ろうとしたけど、なかなか送れない。気が重すぎる。
「会社の話で迷ってたのも、それ?」
「お前に本当のことを言うのもな」
「そっか」
「話は聞いてみたい。お前と一緒にやれるなら」
 そこまで言ってから、俺は机に置いたスマホを引き寄せた。
「でも、今まで嘘ついてたわけだし。お前は、ちょっと考えてからでも……」
「やるよ」
「いや、だから」
「尚人とやりたい。っていうか、もうやってるし」
 あっさり言われて、用意しかけた言葉が全部なくなった。
「……そうだな」
「うん」
 優太は飲み物を飲み、俺の方へスマホを向けた。
「じゃあ、この返事、もう待たなくていい?」
 画面には、考える時間をほしいと送った俺のメッセージが出ていた。
「ああ。まず父さんに話して、それから……」
 口にした途端、また嫌になってきた。
「う、うぅ……嫌だ……」
「初手で呻かないでよ」
「お前、俺の父さん知ってるだろ」
「知ってるから、一緒に行く」
「いや、今日はいいよ。俺が黙ってた話だし」
「でも、俺も一緒にやってる話でしょ」
 そう言われると、もう断る理由がない。俺が返事をする前に、優太は机の上のスマホを取った。
「その前に、俺の母さんにも話さない?」
「……今?」
「うん。会社の話、俺も親に言わなきゃいけないし。尚人もいた方が、俺が説明するより早い」
 確かに、優太から聞いたら分からないところだらけになりそうだ。
 父には、優太の家に寄ってから帰ると送った。すぐに既読がつき、電話がかかってきたので、店を出てからかけ直す。
「勝手に出ていって何をしてるんだ!」
「帰ったら話すって言っただろ!」
 さっきから同じことしか言っていない気がする。
 父がまだ何か言おうとしていたが、隣の優太がこちらを見ているのに気づき、俺は帰る前に連絡するからと言って無理矢理電話を切って電源を落とした。
「ごめん」
「何で尚人が謝るの」
「いや、何となく」
 スマホを鞄にしまい、優太と並んで歩き出した。