恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

曲の話ならいくらでもできるけど、目下の問題が片付いていないとそれ以上何も言えない。
 数日後、店へ寄ったとき、三郷さんにもその後どうなったか聞かれた。
「まだ、返事はしてないです」
「相方くんとは話した?」
「向こうは、二人でやれるなら話を聞きたいって」
「じゃあ、あとは君か」
「……そうですね」
 売り場のパソコンには、俺が使っているソフトの紹介動画が流れていた。ここで買ったときには、家族に見つからずに持って帰ることしか考えていなかった気がする。
「家族に言うの、そんなに嫌かい」
「嫌というか……絶対面倒なことになるので」
「もうここまでやってるのに?」
「ここまでやってるから、今まで何してたんだって話にもなるじゃないですか」
 自分で言っていて、どうしようもないなと思った。
「まあ、そうだけどね」
 三郷さんはそう言い、店の奥から呼ばれて振り向いた。
「ごめん、ちょっと行ってくる」
「あ、俺も今日はこれで。ありがとうございます」
 結局、その日どころか何日経っても決めることはできないまま。
「尚人。こっちへ来なさい」
 いい加減腹をくくらなきゃと思いながら家に帰ると、靴を脱いですぐにリビングから父さんの呼ぶ声が聞こえてくる。
「お前宛に楽器屋から手紙が来ている」
 鞄を持ったまま覗くと、郵便物の中に店名の入った封筒があった。俺の名前と住所が印刷されている。
 いや、俺、会員登録したときにちゃんとDMは不要ってチェックを入れたし。
 何か間違えたのだろうか。今まで一度も来なかったのに、何で今。
「何か買ったのか?」
「ああ、うん。パソコンで使うもの」
「楽器屋で?」
「……そう」
 ヘッドホンとでも言っておけばよかったのに、父さんの低い声に圧されて間が空いてしまった。
 父さんは俺の顔を見てから、封筒へ目を落とした。
「何をやってるんだ」
「曲を、ちょっと」
「曲? お前が?」
「パソコンで曲を作れるソフトがあるから、それで」
 父が黙り込む。いっそすぐに何か言われた方がましだった。俺は封筒を取り、鞄にしまおうとして、角を引っかけてしまう。
「そんなことのためにパソコンを買ってやったんじゃない」
「……勉強はちゃんとやってる。成績も下がってないだろ」
「そういう話じゃない」
 じゃあ、どういう話なんだよ。
 言い返しかけて口を閉じた。まだ制服も着替えていないし、鞄すら下ろしていない。いずれ言わなきゃいけないことだけど、何の準備もしていないところに、いきなりこれではきつい。
「とりあえず着替えてくる」
「尚人!」
 俺は父さんが呼び止めるのを無視して階段を上がった。
 部屋に入ってから、封筒を開ける。中には講座と機材の案内が入っているだけで、特別な用事でも何でもなかった。
「何で今なんだよ……!」
 机に置いて、制服を脱ぐ。
 下に戻ったら、何をどこまで話そう。曲を作っているだけだと押し切るか。けれど、音楽会社から声が掛かっていることまで言うなら、優太と一緒にやっていることも言わなければならない。
 脱いだ制服を掛けていると、スマホが震えた。優太からのメッセージが尚人の方に来ていた。
『今日、ちょっと話せる?』
『どうした』
『バンド抜けるって言った』
 俺は制服から手を離し、ベッドに座った。
『何かあった?』
『戻る気ないなら、はっきりしてくれって』
『俺も待っててもらうの悪いから、抜けるって言ったんだけど』
 続きがなかなか来ない。画面を見ながら待っていると、短い文章が届いた。
『やっぱり有名になって売れた方がいいんだなって言われた』
 いや、それは違うだろ。
 優太は再生数がどうなるかも分からないうちに、バイト代を使って俺に曲を頼んだのだ。最初の音源を送っただけで、まだ説明もしていないのに、次はどうなるんですかと聞いてきた。
『ちゃんと話したのか』
『話した。でも、何言っても駄目で』
 すぐに電話をかけたが、しばらく呼び出したあとで切れた。
『ごめん、今外だから』
『あとでいいよ。ちょっと聞いてほしかっただけ』
 何がちょっとだ。
 もう一つのアカウントを開くと、昨日の「大丈夫です。ありがとうございます」が残っていた。
 ちっとも大丈夫じゃないだろうが。俺も大丈夫じゃないけどさ。
 こっちには何も言わず、ちゃんと録音して送ってきていたのか。俺の返事が遅いから気を使っているのだと思っていたが、それだけではなかったらしい。
 尚人として会いに行けば、きっと話は聞ける。でも、otoには何も知らない顔をさせたまま、また優太から録音が届くのを待つのか。
 大体、俺ってなんのために正体を隠してやってたんだっけ。
「……大事な相手をひとり傷つけたままにしてまで、隠す正体でもないな」
 そう、すとんと、落ちた。
『直接会って、話をしたいです』
 俺がotoの方でメッセージを打つと、すぐに既読がついた。
『会えるんですか?』
『はい。急で申し訳ないんですが、今日、時間ありますか』
『あります』
 駅の近くの喫茶店を指定すると、優太からはすぐに返事が来た。
 尚人の方でも、『あとでちゃんと聞くから』と送る。
 よし。賽はもうぶん投げた。
 財布とスマホを鞄に突っ込み、部屋の扉を開けると、父が目の前に立っていた。
「話は終わっていない」
「帰ったらする。ちゃんと説明するから」
「どこへ行くんだ」
「優太のところ」
「今はお前の話をしてるんだ」
「分かってる。でも、今は優太に会いたい」
「尚人! 待ちなさい!」
 引き留めようとする父を何とか振り払って、俺は家を飛び出した。