恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

それから一週間ほど経った日の放課後、優太からメッセージが来た。
『バンド、しばらく休むことにした』
 俺は打ちかけていた返信を消した。
『何か揉めた?』
『練習の日、合わなくなってきたから。今はこっちの曲ちゃんとやりたいって話した』
 短い文章を何度か読み返す。言いたいことは分かるが、その間に何があったのかが全然分からない。
『あとで電話していい?』
『いいよ』
 バイトが終わってからかけると、優太はすぐに出た。
「お疲れ」
「お疲れ。……で、どういう話になったんだよ」
「しばらく来られないなら、別のやつに歌ってもらうって。それで、俺も一回休むことにした」
「それ、大丈夫なやつ?」
「何が?」
「いや、仲悪くなったとか」
「明日も学校で会うし」
「答えになってない」
 少し黙ったあと、優太は、「戻ってくるんだろ」とは言われた、と付け足した。
「何て答えた?」
「まだ分かんないって」
「……そっか」
「だって、いつ戻れるか分かんないのに、戻るとは言えないでしょ」
 それはそうだ。ただ、待つ方はどうなのだろう。前に道で会ったあいつの顔が浮かんだ。
「また話すよ。今は次の曲もあるし、こっちをちゃんとやりたいから」
「うん。ちゃんと話せよ」
「分かってる」
 そのあと、otoの方にも、しばらくバンドを休むことにしたという連絡が来た。
『これからは、こっちの活動にもう少し時間を使えます』
 学校やほかの活動に支障が出ないようにとは、最初に言った。でも、送られてきた歌を聞けば、ここも変えたい、次はこんな曲を歌ってほしいと、俺も次々に頼んでいた。
『無理はしないでくださいね』
 そう返してから、作りかけの曲を開いた。
 多少の罪悪感はあったが、優太が俺の曲を歌っていることも、次の曲を待っていることも、俺だって手放したくない。
『次の曲も、よろしくお願いします』
 返事を送って、続きを作り始める。作ったCDの在庫もとっくになくなり、冬が近づいていた。
 コンテストの結果が出るより先に、音楽会社からメールが来た。
 最初は、ほかのメールと一緒に読み飛ばしかけた。曲の公開後、知らない相手からの連絡が増えていたし、何か登録してほしいというようなものも混ざっていたからだ。
 けれど、制作の相談という文面にnayutaの名前が入っているのが気になり、もう一度開いた。
「薬瓶と花束」を聞いたこと。過去の曲も聞いたこと。その上で、今後の活動について話がしたいということが書かれている。
「……制作の、相談?」
 何回読んでも、俺たち宛てだった。
 会社の公式サイトを開いてみる。知っているアーティストの名前もあったが、だからといって届いたメールまで本物とは限らない。
 どう返事をすればいいのかも分からず、次の講座の終わりに三郷さんへ相談した。
「あの、音楽会社から、今後の活動について話したいって連絡が来たんですけど」
「へえ! どこから?」
 会社名を答えると、三郷さんは頷いた。
「そこなら知ってるよ。何て?」
「俺たちの曲を聞いて、一度話をしたいって。まだ、具体的なことは何も」
「じゃあ、まずはどういう話か聞いてみたら? 連絡が本物か心配なら、公式の窓口でも確認できると思うし」
「……本当に来るんですね、こういうの」
「そりゃ、聞いてる人の中には仕事で音楽やってる人もいるからね」
 言われてみればそうだが、そんな当たり前のことも考えていなかった。
「で、君はどうしたいの?」
「興味はあります。あるんですけど……」
 そこまで言って、返事が止まる。
 自分が未成年だということも、家族に内緒で活動していることも、三郷さんは知っている。
「家のこと?」
「それもあります」
「まだ言ってないんだ」
「……はい」
「まあ、話を聞いたら絶対やらなきゃいけないってことでもないから。相方くんとも相談してみたら?」
「そうですね」
 家に帰り、優太とのメッセージを開いた。
『音楽会社から、nayutaの今後の活動について話をしたいと連絡が来ています』
 会社名と、まだ具体的な内容は聞いていないことも書いて送る。
『これ、俺たち二人にってことですよね』
『そうみたいです。届いた内容を共有しますね』
 メールの本文を送り、俺ももう一度読み返した。
 しばらくして、優太から返事が来た。
『otoさんは、どうしたいですか?』
 こっちが聞きたい。
 話だけなら聞いてみたい。優太がどんな歌を歌えるようになるのか、自分がどこまで作れるのか、興味がないわけがない。
 でも、メールには一度打ち合わせをしたいと書いてある。
 仕事が忙しいと言って先延ばしにするか。会社で副業を禁止されていることにして、曲だけ渡すとか。そこまで考えて、俺は椅子にもたれた。
 また嘘を増やしてどうするんだ。
 アマチュアで動画を上げているだけなら、家族に内緒でも何とかなっていた。けれど、会社と話を進めるとなれば、そうもいかない。優太の親だって、顔も名前も知らない相手と一緒に活動するのを、そのまま許すはずがない。
 おじさんとおばさんに話せば、うちにも伝わる。
「……母さんと姉さんは全然いいけど、父さんと兄さんに言うのか……」
 メールを読み返しているうちに、画面の端に優太からの通知が出た。
『俺は、二人でやれるなら話を聞いてみたいです』
 優太だけに声を掛けてくれればよかったのに。
 そう思ってから、二人で、と書かれたところをもう一度見た。
『自分も興味はあります。ただ、少し考える時間をもらってもいいですか』
『もちろんです』
 会社への返信画面も開き、お礼と、相談してから返事をしたいという文章を打つ。送信したあとでカレンダーを開き、返事をする日を入れた。
 返事をする日を決めたところで、何かが解決するわけではないが、期限がないといつまでも迷ってしまう。
 授業中は授業を聞いているし、バイト中は仕事をしている。でも、帰りの電車でスマホを開くと、ついメールを読み返してしまう。
 別に、今すぐ音楽で食っていこうと言われたわけではない。まずは話を聞くだけだ。それくらい分かっているのに、その前に話さなければいけない相手が多すぎる。
 みこ姉に先に言うか。でも、みこ姉が知ったら、何で父さん母さんにも言わないのとなるだろう。母さんに連絡するにしても、今はツアー中だし。
 そんなことを考えている間にも、優太からは録音が届く。
『急がないので、時間あるときに聞いてください』
 優太のくせに、どう考えても気を使っている。
 前なら「聞いたら返事ください」とか、「こっちの歌い方どうですか」とか、続けてぽんぽん送ってきたのに、今はそれで終わるので、俺も録音を聞いて感想を返す。
 ただ、聞き直してみると、少し気になるところがあった。音は外していないし、言ったとおりに歌ってくれている。でも、いつもなら頼んだものとは別に、こういうのはどうですかと送ってくるのに、それもない。
『何か気になるところがあれば、言ってください』
『大丈夫です。ありがとうございます』
 会社の話を待たせているせいだろうか。
 尚人の方でも、最近はあまり会っていないし、今度来たときに聞いてみようと思いながら、俺は返信画面を閉じた。