恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

「相楽、この曲知ってる?」
 学校でスマホを見せられたときは、とうとうばれたのかと思った。
 画面に出ているのは、見慣れたジャケットの絵だった。返事が遅れた俺に、相手はそのまま説明を続ける。
「前に教えてくれた幼馴染じゃない? 歌ってるの」
「ああ、うん。そう」
「やっぱり。昨日流れてきてさ」
「……へえ」
「すごいな、お前の幼馴染」
「だろ」
 とうとう学校の知り合いのところまで流れてきたらしい。優太の方も似たようなことになっていて、知らないクラスの人から声を掛けられたと言っていた。
 昔から顔と歌で目立つやつではあったが、今度は俺の作った曲を聞いた人が、優太に話しかけている。
 それで調子に乗って余計なことを喋るタイプではないものの、何か聞かれて困っていないだろうかと思い、尚人の方から連絡した。
『学校、大丈夫?』
『何が?』
『曲のやつ』
『大丈夫。楠もいるし』
 楠もいるなら大丈夫か。
 さすがに心配しすぎだったかと、俺はスマホを見るのをやめた。


「今日、練習じゃなかったの?」
 夕方、うちへ来た優太に聞くと、行ってきたよと言いながら鞄を下ろした。いつもなら、まだスタジオにいる時間だった。
「もう終わったんだ」
「俺だけ先に抜けた。今日、録って送りたいのあるから」
「……otoの?」
「うん。昨日もらったやつ」
 昨日送ったのは俺なので、当然知っている。ただ、急ぎだとは言っていない。
「別に今日じゃなくてもいいんじゃないの」
「早く歌ってみたいんだもん」
 そう言われると嬉しいので、止める理由はない。優太は鞄から問題集を出したが、その上にスマホを置いて、結局、先に音源を開いた。
「ここ、どう思う?」
「勉強しに来たんじゃないのかよ」
「ちょっとだけ」
 ちょっとで終わるわけがないのは分かっていたが、俺も聞きたかったので、差し出されたイヤホンを受け取った。
 前に送ってもらったものより、音の繋がり方がいい。こう歌うなら、間に入れていた音は減らしてもよさそうだ。忘れないうちにメモしたかったが、本人の前なので我慢する。
「こっちの方が好き」
「だよね。俺も」
 満足そうに頷いた優太が、もう一度最初から再生した。
「バンドの方も、オリジナル作ってるんだろ」
「うん」
「そっちは?」
「まだ途中。今日合わせてみたけど、歌いづらくて」
「どこが」
「息吸うところなくて。変えてもらえないか聞いたんだけど、まだ歌い慣れてないからじゃないかって」
「あー……」
 俺も最初、似たようなことをしたので、何とも言えない。
「otoさんは、言ったら直してくれるのに」
「それ、向こうにも言ったの?」
「うん」
「……それは嫌がるだろ」
「何で? 実際、その方が歌いやすくなったし」
「曲が違うじゃん」
「でも、息はするよ」
「いや、そこはそうだけど」
 どう言えば伝わるのか考えていると、優太はスマホを置き、ようやく問題集を開いた。
「もうちょっと練習してくるって言った。歌えないわけじゃないから」
 それ以上聞こうとしたところで、優太に分からない問題を指された。前にも教えたところだったので、俺は先にそっちの説明を始めた。
 その夜、otoの方に録音が届いた。
『遅くなりました』
 遅くない。むしろ昨日送ったばかりなのに早すぎるくらいだ。優太がうちで聞かせたものより、さらによくなっていた。最後まで聞いてから、俺は途中まで作っていた次の曲を開く。
 今の歌い方なら、こっちもいけそうだ。
『ありがとうございます。あと、よければこちらも』
 音源を添付してから、夕方の話を思い出した。
『急ぎではないので、時間があるときに聞いてみてください』
 書き足して送ると、すぐに既読がついた。
『今聞きます』
 思わず笑ってしまった。だから急ぎじゃないって言ってるだろ。
 返ってきた感想に答えているうちに、次に録るところまで決まった。

 バイト帰りに黒瀬と会ったのは、その数日後だった。
 軽く挨拶をして通り過ぎようとしたところで、呼び止められ、黒瀬はスマホをポケットへ突っ込み、俺を見た。
「オリジナル作ってんだけどさ」
「優太から聞いた」
「なのに皆で直して送っても、歌詞まだ覚えてなくて。ネットの方は、もう次の曲も録ったって言うし」
 次の曲。昨日、俺のところへ届いたものだろうか。
 あれを覚えて録る時間はあったのに、皆で合わせる曲は覚えていなかったのか。
「……それは、駄目だな」
「だろ」
「うん」
 昨日の録音を聞いて、前よりよくなったと喜んでいた。その上、次に録ってほしいところまで相談したのは俺だ。
 急ぎじゃないとは書いた。でも、送ればすぐ歌いたがるのは知っている。バンドを途中で抜けたと聞いたその日に、また曲を送らなくてもよかった。
「練習には来てるんだろ」
「来てるよ。時間になったら帰るけど」
「……うん」
「別に、ずっといろって言ってるんじゃねぇの。最初からその時間までって言ってたし。でも、途中なのに、あとは送ってって帰られるとさ」
 来たからいいだろう、とは言えない。覚えていなければ、合わせるにも余計に時間がかかる。その分を残ったやつらに任せて、俺の曲を録りに帰ってきたのだとしたら、さすがに喜んでいる場合ではなかった。
「歌いづらいところあるって聞いたけど」
「だから直してんだよ。俺らだって初めて作ってんだから、いきなり上手くできるわけないだろ」
「……そうだよな」
 俺だって、優太に何度も録り直してもらった。歌ってもらわなければ分からないところもあったし、その場では上手く直せず、待ってもらったこともある。
 皆で合わせる日に覚えてこなかったのはどう考えても優太が悪い。そこは、俺も庇えない。
「オリジナルやりたいって言ったの、あいつなのにさ」
 ただ、その言い方は少し引っかかった。
「……それ、ずっと前から言ってなかった?」
「何が?」
「あいつがオリジナルやりたいってのは、それこそ中学の頃から言ってたと思うけど」
「言ってたけど」
「そのときはやらなかったんだろ」
 そう言った途端、黒瀬の顔が険しくなった。
「だから、今やってんじゃん」
「うん」
「やらなかったらやらなかったで、ネットの方に行くし。作り始めてもこっちは後回しだし、どうしろっていうんだよ」
 俺は返事をせず、鞄の肩紐を掛け直した。
「……優太に戻ってきてほしくて作ってるの?」
「それの何が悪いんだよ」
「悪いとは言ってない」
「歌うやついなくなったら困るだろ。あいつの歌がいいから一緒にやろうって言ったんだし」
 そこは俺だって同じだ。でも、優太が何を歌いたかったのかは、今までどうでもよかったのか。
「コピーでも、優太が歌えば結構聞いてもらえてたもんな」
「何その言い方」
「いや、俺もずっとそう思ってたから」
 口にしてから、少し言いすぎたかと思った。けれど、ここで引っ込めるのも違う気がした。
「俺だって、楽器弾けもしないくせに何言ってんだって感じだけどさ。あいつがオリジナル歌いたがってたの、知ってたなら、もうちょっと早く何かできなかったのかよ」
「簡単に言うなよ。じゃあ、あいつが作れたのかよ」
 作れない。作れなかったから、俺に頼んできたのだ。
 尚人に作ってよと言ったときは、無理だと断られて。それでも歌いたくて、知らない相手に長い感想を書いて、バイト代を出してまで。
「……作れないからって、ずっとコピーでいいわけでもないだろ」
「だから今やってるって言ってんじゃん」
 同じところに戻ってきてしまった。
 黒瀬は一度口を閉じ、通り過ぎる人を避けて端へ寄った。俺もついていくと、さっきより声を落として続けた。
「あんな楽しそうに歌ってんの見たら、こっちでもできると思うじゃん」
「うん」
「高校行ったら本格的にやろうって話してたのに、向こうでどんどん曲出して、有名になって。もう俺らとやる気ないのかなって思うだろ」
 引き留めたくなるのは分かる。俺もずっと、お前らのところへ行く優太を見ていたんだから。
「……でも、作り始めたら戻ってくるってわけでもないだろ」
「分かってるよ」
 そう言葉では言うものの、分かっているようには聞こえなかった。
「お前はいいよな。バンドやんなくたって、あいつから来るんだから」
 俺は優太がうちへ来ることと、俺の曲を選んでくれることを別々に受け取っていた。けど黒瀬からすれば、どっちもなくなりそうなのか。
「覚えてこなかったことは、俺からも言うよ」
「別に、頼んでねぇし」
「それは俺も駄目だと思うから。でも、オリジナル作ってるんだからバンドにも集中しろってのは、自分で話して」
 黒瀬は返事をしなかった。俺もそれ以上何か言えば普通に喧嘩になりそうで、無理矢理じゃあねと手を上げた。
 別れて少し歩いてからスマホを見ると、優太からotoに、録音できる日の連絡が来ていた。
『土曜なら夕方から空いています』
 俺が空いている日と、ちょうど合っている。
 尚人の方へ切り替え、先にメッセージを送った。
『バンドの曲、まだ覚えてないって聞いたけど』
『なんで知ってんの? 歌詞が変わったところがあって』
『ダメだろそれは』
『次までには覚えるよ』
『俺のとこで歌ってた方は覚えてたじゃん』
 既読がついてから、少し間が空いた。
『そっちは先にもらってたから』
『でも、間に合わなかったのは謝った。次は覚えてく』
 これ以上は俺が言うことじゃない。『分かった』と返し、otoの方へ戻る。
 俺が曲を送らなければ、その分バンドの曲を練習できたのかもしれない。昨日は一曲送るだけのつもりが、結局遅くまでやり取りしていた。
 土曜はやめておこうかと、返信欄を開く。あいつの学校周りをおかしくしたいわけじゃない。
 でも、ここで俺が引けばいいというのも、何か違うだろ。優太に歌ってほしくて作ってるのは、こっちだって同じだ。
『土曜、大丈夫です。録るところは、前に送った分だけでお願いします』
 それでも新しくできた方のファイルは添付せずに送った。