「最近、優太くん来ないね」
夕飯のとき、みこ姉にそう言われて、俺は顔を上げた。
「そう?」
「前はもっといたじゃん」
「バンドとかバイトとか、色々あるんじゃないの」
毎日やり取りをしているので、会っていない感じがしない。言われてみれば、海へ行ってから一度も来ていなかった。
「尚人もずっと部屋にいるし。たまには一緒に遊んでくれば?」
「この間行っただろ」
「ああ、そっか」
そう言えばみこ姉はからかうように笑ったので、余計なことを言うなよという意味で睨んだ。父の前で平日に海へ行った話などされたら、面倒なことになる。
「テストは?」
父に聞かれ、俺は箸を止めずに答えた。
「大丈夫。返ってきたやつ、あとで見せる」
「ならいいが、夜更かしはするなよ」
「分かってる」
部屋に戻ってスマホを見ると、ちょうど優太から連絡が来ていた。
『明日、尚人んち行っていい?』
『いいよ』
返してから、otoの方も開く。こっちには、残りの録音は明後日でもいいかという相談が来ていた。
俺の家に来るために、俺への提出が遅れるらしい。
『急がなくて大丈夫です』
そう返して、翌日見られて困るものがないか、机の上を片付けた。
「曲、できそう?」
うちへ来た優太に聞くと、鞄から例の小説を取り出した。
「うん。今、最後のところ録ってる」
「へえ」
「尚人にも聞かせたいけど、まだ公開前だから、いいか聞いてからにする」
「……そっか」
そこはちゃんとしているのか。俺としてはありがたいが、今聞かれたら、目の前で許可の返事を送らなければならない。
「歌うの難しい?」
「うん。でも、楽しい」
優太は本を開いた。何枚か付箋が貼ってある。
「お前が本に付箋なんかつけて……」
「何。駄目?」
「いや、いいけど」
「何回も探すの大変だから」
そう言いながら開いたのは、少年が翌年の話をする場面だった。
「ここさ、尚人はどう思った?」
昨日、otoとしても同じところを話した。どこまで言えば同じ返事にならずに済むだろうと考えながら、俺は優太の隣へ寄った。
「どこ?」
「この、来年も見に来るってところ」
「ああ……」
指された行を読み、その少し前まで戻る。
「来年もここにいるって、普通に思ってるんだろうなって」
「うん」
「青年の方は、そう言われて困るだろうけど」
「困るかな」
「嬉しくても困ることはあるだろ」
言ってから、余計なことまで口にしそうになって、本に目を落とした。
「……尚人は、困る?」
「俺?」
「来年も再来年も来るって言ったら」
「お前の場合は勉強教えろって意味になるから、困る」
「そうじゃなくて」
「分かってるよ」
優太が持ってきた菓子の袋を開け、間に置いた。
「来ればいいだろ。今だって勝手に来てるんだし」
「勝手じゃないよ。ちゃんと聞いてる」
「はいはい」
優太は一つ取って口に入れると、本を閉じた。
「じゃあ、また来るね」
「うん」
曲が完成すると、課題作を読んでいた楠に絵をお願いした。ラフが届くと優太がすぐに好きだと言い、俺もそれでお願いした。届いた絵に歌詞を載せ、三人で確認する。
曲名は「薬瓶と花束」にした。仮につけていた名前をそのまま使うことになったのだが、優太も楠もそれがいいと言ってくれたので、もう悩むのはやめた。
募集要項をもう一度読み、必要なことを書き入れて、公開する。
応募の手続きまで済ませたあとで、何か忘れていないか不安になって、また最初から確認した。
『上がってますね』
優太からの連絡に、大丈夫そうですと返したところで、ようやく椅子の背にもたれた。
いつものように、最初は聞きに来てくれた人の感想が少しずつついていた。
『待ってました』
『今回の曲、好き』
その中に、本を読んだことのある人のコメントが混ざり始めた。
『あの場面を思い出した』
『最後まで読んでからもう一回聞きたい』
歌詞には書いていない場面を挙げる人もいた。そんな聞き方もあるのかと本を開いてみると、なるほどと思うこともあれば、俺はそこまで考えていなかったぞというものもある。
さらに数日経って、課題作の作者が動画を紹介してくれた。
「……え」
何度もアカウントを確かめた。見間違いではなかった。
慌てて優太へ送ろうとしたら、向こうからも同じ投稿のリンクが届いた。
『見ました?』
『今見てます』
返事をしている間にも、通知が増えていく。
前の曲が伸びたときもびっくりしたが、今回は小説から来た人が多いせいか、感想も随分違った。歌が好きだという言葉のあとに、何行も本の話が続いている。
俺たちと同じように青年と少年のことを話している人たちがいて、気づけばコメントを読むだけで夜が終わりそうになっていた。
『曲から来て本を買いました』
そんな感想まで見つけて、俺は机の上の本を見た。
カバーは何度も開いたせいで少し傷んでいるし、付箋も増えている。好きで読んだ本に、自分の歌からたどり着く人がいるのは、何だかすごい。
その画面を優太へ送ったら、すぐに返事が来た。
『嬉しいですね』
『ですね』
今度はそれだけ返して、俺も告知の投稿にお礼を書き足した。
秋のイベントに出すCDは前に売ったものとは違い、今度は全部、優太が歌っている。
箱を開けた日に優太から届いた写真には、ジャケットの上に自分の手まで写っていた。興奮しているのか、一枚ずつなら読めるはずのメッセージが、何通も続けて来る。
『尚人に一枚あげてもいいですか』
売り子をするので貰えるはずなのに、わざわざ聞かれた。
『もちろんです』
『一番に渡したいので』
俺は机に肘をつき、画面を見たまま笑ってしまった。
その日のうちに優太が来て、まだ封の開いていない一枚を渡してくれた。見本ならもう俺のところにもある。でも、優太から貰った方を先に開けた。
「どう?」
「ちゃんとお前の名前がある」
「うん。otoさんと二人の」
歌詞カードに並んだ名前を指して見せられる。頷いて受け取ると、優太は、聞こうよ、と自分からパソコンの方を向いた。
その週末は三人で売り子をした。優太は買ってくれた人の顔をよく見て、ありがとうと言っていた。俺はその横で袋に入れ、楠は自分の絵が並んでいる写真を撮る。
片付けが終わったあと、優太が楠にスマホを渡した。
「尚人と撮って」
「え〜僕は?」
「あとで三人でも撮りたい」
「ならよし」
CDを持った手ごと俺の腕を引いてくるので、ぶれるだろうと言いながら隣へ寄った。後で送られてきた写真の俺は、思っていたよりずっと浮かれた顔をしていた。
夕飯のとき、みこ姉にそう言われて、俺は顔を上げた。
「そう?」
「前はもっといたじゃん」
「バンドとかバイトとか、色々あるんじゃないの」
毎日やり取りをしているので、会っていない感じがしない。言われてみれば、海へ行ってから一度も来ていなかった。
「尚人もずっと部屋にいるし。たまには一緒に遊んでくれば?」
「この間行っただろ」
「ああ、そっか」
そう言えばみこ姉はからかうように笑ったので、余計なことを言うなよという意味で睨んだ。父の前で平日に海へ行った話などされたら、面倒なことになる。
「テストは?」
父に聞かれ、俺は箸を止めずに答えた。
「大丈夫。返ってきたやつ、あとで見せる」
「ならいいが、夜更かしはするなよ」
「分かってる」
部屋に戻ってスマホを見ると、ちょうど優太から連絡が来ていた。
『明日、尚人んち行っていい?』
『いいよ』
返してから、otoの方も開く。こっちには、残りの録音は明後日でもいいかという相談が来ていた。
俺の家に来るために、俺への提出が遅れるらしい。
『急がなくて大丈夫です』
そう返して、翌日見られて困るものがないか、机の上を片付けた。
「曲、できそう?」
うちへ来た優太に聞くと、鞄から例の小説を取り出した。
「うん。今、最後のところ録ってる」
「へえ」
「尚人にも聞かせたいけど、まだ公開前だから、いいか聞いてからにする」
「……そっか」
そこはちゃんとしているのか。俺としてはありがたいが、今聞かれたら、目の前で許可の返事を送らなければならない。
「歌うの難しい?」
「うん。でも、楽しい」
優太は本を開いた。何枚か付箋が貼ってある。
「お前が本に付箋なんかつけて……」
「何。駄目?」
「いや、いいけど」
「何回も探すの大変だから」
そう言いながら開いたのは、少年が翌年の話をする場面だった。
「ここさ、尚人はどう思った?」
昨日、otoとしても同じところを話した。どこまで言えば同じ返事にならずに済むだろうと考えながら、俺は優太の隣へ寄った。
「どこ?」
「この、来年も見に来るってところ」
「ああ……」
指された行を読み、その少し前まで戻る。
「来年もここにいるって、普通に思ってるんだろうなって」
「うん」
「青年の方は、そう言われて困るだろうけど」
「困るかな」
「嬉しくても困ることはあるだろ」
言ってから、余計なことまで口にしそうになって、本に目を落とした。
「……尚人は、困る?」
「俺?」
「来年も再来年も来るって言ったら」
「お前の場合は勉強教えろって意味になるから、困る」
「そうじゃなくて」
「分かってるよ」
優太が持ってきた菓子の袋を開け、間に置いた。
「来ればいいだろ。今だって勝手に来てるんだし」
「勝手じゃないよ。ちゃんと聞いてる」
「はいはい」
優太は一つ取って口に入れると、本を閉じた。
「じゃあ、また来るね」
「うん」
曲が完成すると、課題作を読んでいた楠に絵をお願いした。ラフが届くと優太がすぐに好きだと言い、俺もそれでお願いした。届いた絵に歌詞を載せ、三人で確認する。
曲名は「薬瓶と花束」にした。仮につけていた名前をそのまま使うことになったのだが、優太も楠もそれがいいと言ってくれたので、もう悩むのはやめた。
募集要項をもう一度読み、必要なことを書き入れて、公開する。
応募の手続きまで済ませたあとで、何か忘れていないか不安になって、また最初から確認した。
『上がってますね』
優太からの連絡に、大丈夫そうですと返したところで、ようやく椅子の背にもたれた。
いつものように、最初は聞きに来てくれた人の感想が少しずつついていた。
『待ってました』
『今回の曲、好き』
その中に、本を読んだことのある人のコメントが混ざり始めた。
『あの場面を思い出した』
『最後まで読んでからもう一回聞きたい』
歌詞には書いていない場面を挙げる人もいた。そんな聞き方もあるのかと本を開いてみると、なるほどと思うこともあれば、俺はそこまで考えていなかったぞというものもある。
さらに数日経って、課題作の作者が動画を紹介してくれた。
「……え」
何度もアカウントを確かめた。見間違いではなかった。
慌てて優太へ送ろうとしたら、向こうからも同じ投稿のリンクが届いた。
『見ました?』
『今見てます』
返事をしている間にも、通知が増えていく。
前の曲が伸びたときもびっくりしたが、今回は小説から来た人が多いせいか、感想も随分違った。歌が好きだという言葉のあとに、何行も本の話が続いている。
俺たちと同じように青年と少年のことを話している人たちがいて、気づけばコメントを読むだけで夜が終わりそうになっていた。
『曲から来て本を買いました』
そんな感想まで見つけて、俺は机の上の本を見た。
カバーは何度も開いたせいで少し傷んでいるし、付箋も増えている。好きで読んだ本に、自分の歌からたどり着く人がいるのは、何だかすごい。
その画面を優太へ送ったら、すぐに返事が来た。
『嬉しいですね』
『ですね』
今度はそれだけ返して、俺も告知の投稿にお礼を書き足した。
秋のイベントに出すCDは前に売ったものとは違い、今度は全部、優太が歌っている。
箱を開けた日に優太から届いた写真には、ジャケットの上に自分の手まで写っていた。興奮しているのか、一枚ずつなら読めるはずのメッセージが、何通も続けて来る。
『尚人に一枚あげてもいいですか』
売り子をするので貰えるはずなのに、わざわざ聞かれた。
『もちろんです』
『一番に渡したいので』
俺は机に肘をつき、画面を見たまま笑ってしまった。
その日のうちに優太が来て、まだ封の開いていない一枚を渡してくれた。見本ならもう俺のところにもある。でも、優太から貰った方を先に開けた。
「どう?」
「ちゃんとお前の名前がある」
「うん。otoさんと二人の」
歌詞カードに並んだ名前を指して見せられる。頷いて受け取ると、優太は、聞こうよ、と自分からパソコンの方を向いた。
その週末は三人で売り子をした。優太は買ってくれた人の顔をよく見て、ありがとうと言っていた。俺はその横で袋に入れ、楠は自分の絵が並んでいる写真を撮る。
片付けが終わったあと、優太が楠にスマホを渡した。
「尚人と撮って」
「え〜僕は?」
「あとで三人でも撮りたい」
「ならよし」
CDを持った手ごと俺の腕を引いてくるので、ぶれるだろうと言いながら隣へ寄った。後で送られてきた写真の俺は、思っていたよりずっと浮かれた顔をしていた。


