恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

 あ――――。
 何であんなメッセージ送ってしまったんだ俺は。
 翌朝になっても、頭の中では同じことを繰り返し後悔していた。すぐに違うと言われなかったことを喜んでいいのか、それとも、otoに気を使ってああ返しただけなのか。
 そんなことを考えながら支度をしていたら、家を出るのが遅れた。
「ていうか、やっば! 遅刻する!」
 慌てて歩き出したものの、いつもの電車にはもう間に合わない。次に乗って走ればぎりぎりか、それも怪しいかと思うと、急に何もかも面倒くさくなってしまった。
 曲は完全に行き詰まっているし、余計なことまで聞いてしまったし。原稿から逃げる漫画家の気持ちが今ならとてもよく分かる。サボりとかやってみたら、何か思いついたりしないかな。
「あれ、尚人? こんな時間に珍しいね」
「……優太、なんで」
「今日、文化祭の振替休日だから。でもちょっと学校行こうかなって」
 まさかの当の本人に出くわすとか。いや、学校は違っても元々近所なんだから、遭遇する確率はそれなりにある。ただタイミングが悪い。気まずい。いや、気まずいのはotoであって俺じゃないけど、otoは俺だ。何か訳が分からなくなってきた。
「体調悪いんじゃないの? 大丈夫?」
「……いや、大丈夫。ちょっと寝坊して、学校行くの面倒になっただけ」
「尚人が?」
「思うだけならタダだろ」
「……じゃあ、一緒にサボろうよ」
「は?」
「海行こうよ、海!」
「なんで」
「分かんないけど、逃避行の定番って海じゃない?」
「お前、今日休みだろ。サボりでも逃避でもないじゃん」
「尚人の付き添い」
 優太はそう言うと、駅の方を指した。
 今から学校へ行ったところで、遅刻した理由を何と説明しよう。寝坊しただけなのに、担任には体調でも悪いのかと心配されそうだ。
「……ちょっと待って。みこ姉に連絡しとく」
「それってサボりなのかな」
「俺の日頃の行いから考えたら、誰かには言っとかないと事故か誘拐を疑われるだろ」
「わあ、急に冷静じゃん」
 尚人らしいからいいや、と優太が笑う。
 今日、優太と一緒に学校をサボると送れば、みこ姉からはすぐに返事が来た。
『アオハルじゃん! おもろ!』
『いいよ。適当に誤魔化しといてあげるから、任せなさい。その代わりお土産な』
「美琴ちゃんゆっる」
「響兄よりはな」
「あー、響介さんは普通に怒りそう」
 部室には行かないと優太も連絡を入れ、俺たちはいつもと違う電車に乗った。
 座席に並んで座ってから、優太がスマホで海までの道を調べ始めた。
「どこで降りるんだっけ」
「お前、決めてなかったの?」
「海に行けばいいかなって」
 こういうところが適当なのは相変わらずである。俺もスマホを出して地図を開き、駅から歩いて行けそうな浜辺を探した。
「ここなら、乗り換えなくていいみたい」
「じゃあ、そこ」
「何だそれ」
 行き先が決まると、優太はスマホをしまい、窓の外を見始めた。俺は到着時刻を確認してから画面を閉じる。今頃、教室では出席を取っている頃だろうか。
「昨日ちゃんと寝た?」
「うん」
 お前が送ったメッセージのあれこれで寝れてないとは言えない。
「眠かったら寝てていいよ」
「降りる駅分かってる?」
「分かってるって」
 優太は自分の肩を指した。いや、そこに寄り掛かれという話まではしていない。
「寝ないからいい」
「遠慮しなくていいのに」
 遠慮と呼べるものではない。座席が空いているのに、何でこんなにぴったり隣にいるんだろうと思いつつ、離れれば済むことなのに俺もそのまま座っていた。
 窓に映る二人を見た。制服は違うし、どう見ても学校に行っていない。知らない人から見れば、俺たちは何に見えるのだろう。さすがにそこまで都合のいいことにはならないかと思っていたら、優太と窓越しに目が合った。
「何?」
「別に」
 俺が先に外へ目を向けると、優太も同じ方を見た。
 降りた駅には通学途中らしい人影もほとんどなく、改札を出たところで、ようやく本当にサボっているんだなと実感した。
 平日の午前中の海は、人が少なかった。
 潮風も思っていたより冷たく、水平線は灰色がかった青、という感じだった。夏の透き通るような青とはちがって、少し濁った、鈍い色をしている。
 駅から歩く途中で買った飲み物を鞄に入れ、俺たちは揃って靴を脱いで砂の上に放り投げた。靴下も丸めて突っ込むと、優太が先に波打ち際へ走っていく。
「冷たっ」
「そりゃそうだろ」
「尚人も来なよ」
「裾濡れるから嫌だ」
 そう言いながらも、何だかんだ近くまで行ってしまう。優太はズボンの裾をまくり、寄せてくる波に足を浸していた。
 俺は少し離れたところで立ち止まり、海を見た。学校に連絡してもらうところまで頼んで、わざわざ来たのに、何をすればいいのかは特に考えていなかった。
「あ゛――――!!」
「うわっ」
 そうぐるぐる考えていると、隣でいきなり叫ばれて、肩が跳ねた。
「何だよ急に」
「何となく。尚人も何か言いなよ」
「何を」
「何でもいいよ。気になることあるなら、叫んじゃえば?」
 気になることなら山ほどあるが、本人に向かって叫べる内容ではない。
 それでも、優太があまりに楽しそうなので、俺も海に向かって息を吸った。
「あ゛――――!!」
「でっか! すげー声!」
「お前がやれって言ったんだろ!」
 優太が腹を抱えて笑っている。こっちまで可笑しくなって、俺も笑った。
 大声を出したせいか喉が少し痛い。鞄から飲み物を取り出して飲んでいると、優太が隣に戻ってきた。
「あのさぁ、otoさんも今、かなり煮詰まってるっぽいんだよね」
「……そうなんだ」
「うん。新しい曲作ってるんだけど、なかなか進まないみたいで」
「待ってればいいんじゃないの」
「待ってるよ。でも、昨日ちょっと変なこと聞かれたから、気になって」
 そのひと言に飲み物を持つ手が止まった。
「……変なことって?」
「ナイショ。あ、別に嫌なこと言われたとか、そういうんじゃ全然ないんだよ」
「なんだそりゃ」
「ただ、ちょっと考えるきっかけにはなったかも」
 嫌じゃなかったんだ。何をどう考えたのか聞きたい。でも、ここで尚人として聞いたら、昨日と同じことをしてしまう。
 俺は蓋を閉め、鞄の中へ戻した。
「……otoと、そういう話もするんだな」
「たまにね。普段は曲の話ばっかりだけど」
「まあ、ユニットなんだからそうか」
「うん。だから、どんな歌ができるか楽しみ」
 本人を前に、そう何度も楽しみだと言わないでほしい。いや、知らないのだから仕方ないけど。
 優太はまた海の方を向き、爪先で砂を掘っていた。
「……なあ、優太。何か歌ってくれない?」
「いいよ。何がいい?」
「何でも。お前が歌いたいやつ」
 少し考えてから、優太は頷いた。