ところが。
「あぁぁ……何か違う……!」
言うは易く行うは難し。
いざ作ろうとすると、何を作ればいいのか分からない。
メロディはある。途中まで歌詞がついているものもある。けれど、本を読み返しながら聞くと、どれも今回はこれじゃないなと思ってしまう。
優太に合う曲なら、今までだって作ってきた。でも、今回は小説にも合っていなければならない。好きだった場面をそのまま歌詞にしようとすると、ただのあらすじみたいになるし、逆に気に入った言葉だけ拾っていくと、何の歌なのか分からなくなる。
とりあえず何か打ち込んでみては消すのを繰り返しているうちに、数日が経った。
優太がうちへ来たときにも、本は机に置きっぱなしになっていた。
「あ、それ。今読んでる」
「お前が、小説を?」
「そんなびっくりする?」
「いや、漫画じゃないから」
知っているくせに、そんな返事をしてしまった。優太は鞄から同じ本を取り出し、俺に見せる。
「今度、これを元にした曲を歌うんだ。小説に歌をつけるコンテストがあって、otoさんに誘われた」
「へえ、そういうのもあるんだ」
「尚人、もう読んだ?」
「うん。バイト先にあって、気になってたから」
気になった順番が少し違うだけで嘘ではない。しかし俺も嘘が上手くなったもんだ。
「今どの辺?」
「男の子が、花の名前覚えてくるところ」
「……めっちゃ序盤じゃん」
「まだ読み始めたばっかりだもん」
「そっか。じゃあ何も言わないでおく」
「何、何かあるの?」
「あるかないかも含めて言わない」
優太は不満そうだったが、読んでいないところまで聞く気はないらしく、それ以上は聞いてこなかった。
いつもなら漫画を取りに行くのに、その日は持ってきた本を開いていた。俺は宿題を片付け、優太がたまにページをめくる音を聞きながら考えていた。
――別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます
――何ですか、それ
――最近の子は、川端康成も知らんのかね。その花が咲く度に『私を思い出しますように』という、美しいお呪(まじな)いだ……つまりは、もう遅い、ということだよ
青年は自分の知識を少年に教えてはいるが、高い志を持たせたいわけでも背中を押したいわけでもない。少年に何かを託したいとは一切思っていなかった。少年時代の思い出のひとつとして寄り添っていたい。少年が人生のステージを上がる階段のひとつであればいい。いつか少年が別のことに夢中になったら、それはそれでいいと思っていた。
そう零した青年に対する主治医の言葉。
青年は花一つどころではなく、少年にたくさんの生き物や花の名を教えた。
少年はもう、青年に教わった花を見つけるたびに彼のことを思い出す。青年がいないところでも、その花の名前を呼ぶ。少年の見る世界には、常に青年が教えた花が咲いている。だからもう手遅れなのだと。
その部分が読み終わってからも妙に心に残っていた。
途中までできた曲に歌詞をつけて送ると、優太からはその日のうちに返事が来た。本も読み終わったらしい。
『サビ、めちゃくちゃ好きです』
その下に音声もついている。もう歌ってみたらしい。まだ言葉の入り方もちゃんと確かめていなかったのに、優太の声で聞けば、それなりに歌になっていた。
よかった。今回はこれで進められそうだと思っていたら、続けてメッセージが届いた。
『最後の歌詞なんですけどこれだと、一方的に送り出して終わりみたいじゃないですか?』
送った歌詞を開き直す。
いつか大きな花束を 今は小さな花束を
君の歩く道が すてきな彩に溢れますように
青年が少年を送り出すつもりで書いたところだった。
『いずれ離れても、教わったことは残る、という感じで書いてみました』
『それは分かるんですけど、少年は、まだ一緒にいたいんじゃないかなって』
そりゃ、一緒にはいたいだろう。でも、少年はこれから先、青年の知らない場所へ行って、知らない人と会う。そのときに、自分のところへ戻ってこいとは言えないから、青年はああいう風に考えたのではないのか。
そこまで打って読み返すと、何だか優太の感想を否定しているみたいだったので一度全部消した。
『青年の側から書いたので、そう聞こえるのかもしれません』
『なるほど』
これで済んだかと思ったら、まだ続きがあった。
『でも、青年もまた来てほしいんですよね?』
『だったら、そう言えばいいのにと思いました』
「……言えたら苦労しないだろ」
画面に向かって言っても仕方ない。これは小説の話だ。
少年が来るのを待つだけの生活になっていくのが嫌だとか、会えなくなったときに寂しいだろうとか、青年の方にも色々ある。全部言葉にして相手に渡せばいいというものでもない。
『来てほしいと言ったら、少年が気にすると思ったんじゃないでしょうか』
『会いたくて行くのも、気にして行ってると思われるのは嫌です』
俺はもう一度、小説の最後の方を開いた。
読んでいるのは同じ話のはずなのに、随分違うところを見ている。
『utaさんなら、どう歌いたいですか?』
少しして、また音声が届いた。
歌詞もメロディも同じだが、さっきよりずっと、引き留めるような歌い方だった。最後の言葉が終わっても、まだ続きがあるように聞こえる。
いいかもしれないと思うのが、ちょっと腹立つ。
こんな風に歌われたら、今の伴奏ではあっさり終わりすぎる。余韻を残すにしても、その前から変えた方がよさそうだった。
『聞きました。少し考えさせてください』
『すみません、色々言って』
『いえ。歌ってもらうので、意見は言ってもらえる方が助かります』
嘘ではないが、送ってからしばらくは何も触る気になれなかった。
優太に合うものを作っているつもりだったし、声が入ればもっとよくなると思っていた。実際よくなったのに、そこから直す場所が増えるとは思わなかった。
最初の音源と、今届いたものを交互に聞いてみる。歌詞を一行消して、別の言葉を入れたが、これでは青年が少年についていくみたいだ。
「そういう話でもないんだよなぁ……」
結局、消した歌詞を戻し、別の名前で保存した。
数日後、曲は進まないままだったが、優太とは小説の話をしていた。青年に教わった花を、少年が一人で見つける場面の話になったところで、メッセージが来た。
『……これ、ちょっと分かるかもしれません』
『そうなの?』
『俺、小さい頃からずっと一緒の幼馴染がいるんですけど』
俺のことか? 思わず姿勢を正してしまう。
『俺の中にある歌とか音楽って、ほとんどがその幼馴染に教えてもらったものなんですよ』
『そうなんですね』
『高校は別になったとはいえ、しょっちゅう会ってるから、今はまだあんまり実感湧かないんですけど』
そこで一度メッセージが途切れた。続きを待っている間に画面が暗くなり、慌てて指で叩いてしまう。
『大学とか、就職とかであんまり会えなくなっても、教えてもらった曲や歌が流れるたびに、その子のことを思い出すんだろうなって思う。その子も、このお話の主人公みたいに、そんなつもりはないんでしょうけど』
「……」
確かにそんなつもりはなかった。
優太が好きそうだから教えた。それを聞いて嬉しそうにするのが好きだったし、一緒に聞いたり、歌ってもらったりするのも楽しかった。
今はotoとして、前よりずっと音楽の話をしている。尚人としては、いずれ離れていくことばかり考えていたのに。
『そもそも俺、』
「……なに」
途切れた続きは送られて来なかった。
しばらく待ち、何度か画面を確かめる。入力を迷っているのか、それとも別の用事ができたのか。いつもの俺なら待つか別の作業をしていたと思う。
でも、何を書こうとしたのか知りたくてしょうがなかった。
『もしかして』
だから魔が差した。
『その子のことが好きだったりするの?』
送ってから、息が止まった。
何を聞いているんだ俺は。
取り消そうか迷っているうちに既読がつき、今度は俺が画面を見たまま固まることになった。
『……分からないです』
『ごめん、ちょっと揶揄っちゃった』
慌てて返したものの、そのあとをどう続ければいいのか分からない。
『いえ、大丈夫です』
そう返ってきたので、結局そのままおやすみなさいとやり取りを終えた。
パソコンには、作りかけの曲が開いている。続きを作るつもりだったが、何を聞いてもさっきの返事が気になって、俺は保存だけして閉じた。
「あぁぁ……何か違う……!」
言うは易く行うは難し。
いざ作ろうとすると、何を作ればいいのか分からない。
メロディはある。途中まで歌詞がついているものもある。けれど、本を読み返しながら聞くと、どれも今回はこれじゃないなと思ってしまう。
優太に合う曲なら、今までだって作ってきた。でも、今回は小説にも合っていなければならない。好きだった場面をそのまま歌詞にしようとすると、ただのあらすじみたいになるし、逆に気に入った言葉だけ拾っていくと、何の歌なのか分からなくなる。
とりあえず何か打ち込んでみては消すのを繰り返しているうちに、数日が経った。
優太がうちへ来たときにも、本は机に置きっぱなしになっていた。
「あ、それ。今読んでる」
「お前が、小説を?」
「そんなびっくりする?」
「いや、漫画じゃないから」
知っているくせに、そんな返事をしてしまった。優太は鞄から同じ本を取り出し、俺に見せる。
「今度、これを元にした曲を歌うんだ。小説に歌をつけるコンテストがあって、otoさんに誘われた」
「へえ、そういうのもあるんだ」
「尚人、もう読んだ?」
「うん。バイト先にあって、気になってたから」
気になった順番が少し違うだけで嘘ではない。しかし俺も嘘が上手くなったもんだ。
「今どの辺?」
「男の子が、花の名前覚えてくるところ」
「……めっちゃ序盤じゃん」
「まだ読み始めたばっかりだもん」
「そっか。じゃあ何も言わないでおく」
「何、何かあるの?」
「あるかないかも含めて言わない」
優太は不満そうだったが、読んでいないところまで聞く気はないらしく、それ以上は聞いてこなかった。
いつもなら漫画を取りに行くのに、その日は持ってきた本を開いていた。俺は宿題を片付け、優太がたまにページをめくる音を聞きながら考えていた。
――別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます
――何ですか、それ
――最近の子は、川端康成も知らんのかね。その花が咲く度に『私を思い出しますように』という、美しいお呪(まじな)いだ……つまりは、もう遅い、ということだよ
青年は自分の知識を少年に教えてはいるが、高い志を持たせたいわけでも背中を押したいわけでもない。少年に何かを託したいとは一切思っていなかった。少年時代の思い出のひとつとして寄り添っていたい。少年が人生のステージを上がる階段のひとつであればいい。いつか少年が別のことに夢中になったら、それはそれでいいと思っていた。
そう零した青年に対する主治医の言葉。
青年は花一つどころではなく、少年にたくさんの生き物や花の名を教えた。
少年はもう、青年に教わった花を見つけるたびに彼のことを思い出す。青年がいないところでも、その花の名前を呼ぶ。少年の見る世界には、常に青年が教えた花が咲いている。だからもう手遅れなのだと。
その部分が読み終わってからも妙に心に残っていた。
途中までできた曲に歌詞をつけて送ると、優太からはその日のうちに返事が来た。本も読み終わったらしい。
『サビ、めちゃくちゃ好きです』
その下に音声もついている。もう歌ってみたらしい。まだ言葉の入り方もちゃんと確かめていなかったのに、優太の声で聞けば、それなりに歌になっていた。
よかった。今回はこれで進められそうだと思っていたら、続けてメッセージが届いた。
『最後の歌詞なんですけどこれだと、一方的に送り出して終わりみたいじゃないですか?』
送った歌詞を開き直す。
いつか大きな花束を 今は小さな花束を
君の歩く道が すてきな彩に溢れますように
青年が少年を送り出すつもりで書いたところだった。
『いずれ離れても、教わったことは残る、という感じで書いてみました』
『それは分かるんですけど、少年は、まだ一緒にいたいんじゃないかなって』
そりゃ、一緒にはいたいだろう。でも、少年はこれから先、青年の知らない場所へ行って、知らない人と会う。そのときに、自分のところへ戻ってこいとは言えないから、青年はああいう風に考えたのではないのか。
そこまで打って読み返すと、何だか優太の感想を否定しているみたいだったので一度全部消した。
『青年の側から書いたので、そう聞こえるのかもしれません』
『なるほど』
これで済んだかと思ったら、まだ続きがあった。
『でも、青年もまた来てほしいんですよね?』
『だったら、そう言えばいいのにと思いました』
「……言えたら苦労しないだろ」
画面に向かって言っても仕方ない。これは小説の話だ。
少年が来るのを待つだけの生活になっていくのが嫌だとか、会えなくなったときに寂しいだろうとか、青年の方にも色々ある。全部言葉にして相手に渡せばいいというものでもない。
『来てほしいと言ったら、少年が気にすると思ったんじゃないでしょうか』
『会いたくて行くのも、気にして行ってると思われるのは嫌です』
俺はもう一度、小説の最後の方を開いた。
読んでいるのは同じ話のはずなのに、随分違うところを見ている。
『utaさんなら、どう歌いたいですか?』
少しして、また音声が届いた。
歌詞もメロディも同じだが、さっきよりずっと、引き留めるような歌い方だった。最後の言葉が終わっても、まだ続きがあるように聞こえる。
いいかもしれないと思うのが、ちょっと腹立つ。
こんな風に歌われたら、今の伴奏ではあっさり終わりすぎる。余韻を残すにしても、その前から変えた方がよさそうだった。
『聞きました。少し考えさせてください』
『すみません、色々言って』
『いえ。歌ってもらうので、意見は言ってもらえる方が助かります』
嘘ではないが、送ってからしばらくは何も触る気になれなかった。
優太に合うものを作っているつもりだったし、声が入ればもっとよくなると思っていた。実際よくなったのに、そこから直す場所が増えるとは思わなかった。
最初の音源と、今届いたものを交互に聞いてみる。歌詞を一行消して、別の言葉を入れたが、これでは青年が少年についていくみたいだ。
「そういう話でもないんだよなぁ……」
結局、消した歌詞を戻し、別の名前で保存した。
数日後、曲は進まないままだったが、優太とは小説の話をしていた。青年に教わった花を、少年が一人で見つける場面の話になったところで、メッセージが来た。
『……これ、ちょっと分かるかもしれません』
『そうなの?』
『俺、小さい頃からずっと一緒の幼馴染がいるんですけど』
俺のことか? 思わず姿勢を正してしまう。
『俺の中にある歌とか音楽って、ほとんどがその幼馴染に教えてもらったものなんですよ』
『そうなんですね』
『高校は別になったとはいえ、しょっちゅう会ってるから、今はまだあんまり実感湧かないんですけど』
そこで一度メッセージが途切れた。続きを待っている間に画面が暗くなり、慌てて指で叩いてしまう。
『大学とか、就職とかであんまり会えなくなっても、教えてもらった曲や歌が流れるたびに、その子のことを思い出すんだろうなって思う。その子も、このお話の主人公みたいに、そんなつもりはないんでしょうけど』
「……」
確かにそんなつもりはなかった。
優太が好きそうだから教えた。それを聞いて嬉しそうにするのが好きだったし、一緒に聞いたり、歌ってもらったりするのも楽しかった。
今はotoとして、前よりずっと音楽の話をしている。尚人としては、いずれ離れていくことばかり考えていたのに。
『そもそも俺、』
「……なに」
途切れた続きは送られて来なかった。
しばらく待ち、何度か画面を確かめる。入力を迷っているのか、それとも別の用事ができたのか。いつもの俺なら待つか別の作業をしていたと思う。
でも、何を書こうとしたのか知りたくてしょうがなかった。
『もしかして』
だから魔が差した。
『その子のことが好きだったりするの?』
送ってから、息が止まった。
何を聞いているんだ俺は。
取り消そうか迷っているうちに既読がつき、今度は俺が画面を見たまま固まることになった。
『……分からないです』
『ごめん、ちょっと揶揄っちゃった』
慌てて返したものの、そのあとをどう続ければいいのか分からない。
『いえ、大丈夫です』
そう返ってきたので、結局そのままおやすみなさいとやり取りを終えた。
パソコンには、作りかけの曲が開いている。続きを作るつもりだったが、何を聞いてもさっきの返事が気になって、俺は保存だけして閉じた。


