秋の文化祭は、うちの方が先だった。
うちのクラスは展示なので、当番が終わればやることもない。優太に来るかと聞くか迷っていたら、向こうから日程を聞かれた。
『尚人、何やるの』
『展示の説明。面白くないぞ』
『行く』
別にうちの学校は難しい問題を解くところを見せるわけではないのだが、何をそんなに見たいのだろう。招待券を渡したら、優太はすぐ鞄の内ポケットにしまった。
当日、教室へ来た優太は、俺が学校でクラスメイトに話していた優太のどれとも少し違っていた。うちの制服の中に私服で立っているだけで目立つし、入口のところでぼーっと俺を探しているのが、変な感じだ。
「相楽、友達来てる」
「うん。見えてる」
隣のやつに頼んで席を抜けると、優太が俺を見つけた。
「お疲れ」
「一人?」
「うん。尚人は?」
「見れば分かるだろ。もうちょっとかかるから、適当に見てて」
「ここにいる」
展示に目を向けるでもなく椅子に座るので、教室のやつらに紹介する羽目になった。あの歌の人かと言われて頷いているが、自分から喋る気は全くなさそうだ。
「外だとほんと静かなんだな」
優太から少し離れたところで言われて、俺は思わず笑ってしまった。
「慣れればうるさいよ」
「相楽がこんなに喋る方が珍しいけど」
「俺は普通に喋ってるだろ」
当番を替わってもらうと、優太はすぐ立ち上がった。廊下へ出てから、さっきの人と仲いいの、と聞いてくる。
「普通。同じクラスだし」
「へえ」
「お前にもいるだろ、それくらい」
そう返せば、いるけど、と優太が俺の腕章を指した。外し忘れていたらしい。
「取っていい?」
「ああ、うん」
安全ピンを外すために腕を持たれている間、階段を下りるクラスの女子と目が合った。何でもない顔をして会釈したが、優太が顔を上げるまで腕は動かせなかった。
「終わった?」
「うん」
「じゃあ、何食いたい?」
「尚人が食べたいのでいい」
「そういうのが一番困るんだよ」
結局、二人とも焼きそばを買った。中庭のベンチは埋まっていて、校舎裏の低い段差に座って食べる。優太は割り箸を割るのに失敗し、片方だけ妙に細くなったものを俺に見せた。
「下手くそ」
「割ってよ」
「もう割れてるだろ」
俺の方を渡して自分が細い箸を使っていると、優太が俺の制服を眺め始めた。
「尚人、制服似合うね」
「今さら何? 毎回これ着て会ってるだろ」
「そうだけどさ。別の学校だなって」
「それはこっちの台詞だよ」
優太が向こうの学校で過ごしているところを、俺は知らない。今だけは優太が俺の方へ来ていて、ここのことを教えられるのは俺だった。
「来年も来れば」
言ってから、今日がまだ終わってもいないのにと思った。優太は口の中のものを飲み込み、頷いた。
「尚人も、うちの来て」
「ライブ?」
「それもあるけど、一緒に回ろうよ」
「彼女でもできてたら、そっちにしろよ」
つい余計なことを言ってしまった。優太は眉を寄せて「何でそうなるの」と俺を見た。
「尚人を誘ってるんだけど」
「……分かったよ」
食べ終わった容器を重ねて立ち上がると、優太がまだ行っていない方の校舎を指した。
「あっちも行ける?」
「行けるけど、何もないぞ」
「普段どこで勉強してるのか、見たい」
そんなもの見て楽しいのかと思ったが、自習室のある方へ案内した。優太は廊下の掲示を見てはこれ何と聞くので、移動するだけで随分時間がかかった。
優太の文化祭には俺も行った。ステージでは名前を呼ばれて笑っていたくせに、終わると客席にいた俺を探しに来る。飲み物を渡せば、買ってきてくれたの、と嬉しそうに受け取った。
「どうだった?」
「歌はよかった」
「そればっか」
俺としては、優太はあんなに歌えるのに、まだコピーなのかと思う。でも楽しそうだし、優太の歌は俺が作ってる。だから今日はもういいかという気にもなった。
放課後まで一緒に回り、帰ってから、俺は次の曲のサビを書いた。さっきステージでこっちを見つけたときの顔を思い出しながら。
冬の間も、曲を作っていた。イベントで買ったCDを二人で聞き、次の音源を送る頃には、終わったばかりのテストの次が近づいている。
学年が一つ上がっても、優太のメッセージには相変わらず、曲の話と問題集の写真が交互に来た。
二年の春、次のイベントの開催案内が出たので、優太から送られてきた候補を聞きながら、今度こそ二人のCDに入れる曲を考えた。
今までの曲をまとめるだけなら、それほど時間はかからない。でも、せっかくなら一曲くらい、最初からCDに入れるつもりで作ってみたい。そんなことを言ったら、優太からも新しい曲を聞きたいと返ってきた。
夏休みの終わり、何か面白いことができないかと、ほかの歌の投稿を見ていたとき、小説に歌をつけるコンテストの告知が流れてきた。
「小説に、歌……?」
指定された小説を読んで曲を作り、動画にして応募するらしい。ボーカルソフトでも人が歌ってもよく、応募曲を自分のCDに収録することもできると書いてあった。
課題作は何冊かあったので、紹介を順番に読んでみる。その中に、バイト先でも見かけた表紙があった。
主人公は、かつて植物学を志していた青年。難病を抱えた彼は家族と離れ、自然豊かな場所にある長期療養所で暮らしている。そんな青年の元に、一人の少年が迷い込んでくるところから物語は始まる。
試し読みをして続きが気になり、次のバイトの日に買って帰った。
両親の離婚により近くへ越してきた少年は、都会では見ることのできなかった植物や生き物に夢中で、青年に会うたびに、今日見つけたものの名前を聞く。
青年は知っていることを教え、少年は次の日も、その次の日もやってくる。青年が手術を受けるか悩んでいることも知らず、来年咲く花の話をするのだ。
「川端康成のオマージュかな」
読み始めたときは、優太が歌うならこういう雰囲気もよさそうだとか、そんなことを考えていた。けれど、途中から曲のことを忘れ、気づけば最後まで読んでしまっていた。
読み終えた本を机に置き、優太とのメッセージを開く。
『このコンテストに出してみませんか』
告知のリンクと、今読んだ小説のタイトルを送る。優太からは、その日のうちに返事が来た。
『やってみたいです! 俺も読んでみます』
それなら、この本を元に新しい曲を作って、CDにも入れようということになった。
うちのクラスは展示なので、当番が終わればやることもない。優太に来るかと聞くか迷っていたら、向こうから日程を聞かれた。
『尚人、何やるの』
『展示の説明。面白くないぞ』
『行く』
別にうちの学校は難しい問題を解くところを見せるわけではないのだが、何をそんなに見たいのだろう。招待券を渡したら、優太はすぐ鞄の内ポケットにしまった。
当日、教室へ来た優太は、俺が学校でクラスメイトに話していた優太のどれとも少し違っていた。うちの制服の中に私服で立っているだけで目立つし、入口のところでぼーっと俺を探しているのが、変な感じだ。
「相楽、友達来てる」
「うん。見えてる」
隣のやつに頼んで席を抜けると、優太が俺を見つけた。
「お疲れ」
「一人?」
「うん。尚人は?」
「見れば分かるだろ。もうちょっとかかるから、適当に見てて」
「ここにいる」
展示に目を向けるでもなく椅子に座るので、教室のやつらに紹介する羽目になった。あの歌の人かと言われて頷いているが、自分から喋る気は全くなさそうだ。
「外だとほんと静かなんだな」
優太から少し離れたところで言われて、俺は思わず笑ってしまった。
「慣れればうるさいよ」
「相楽がこんなに喋る方が珍しいけど」
「俺は普通に喋ってるだろ」
当番を替わってもらうと、優太はすぐ立ち上がった。廊下へ出てから、さっきの人と仲いいの、と聞いてくる。
「普通。同じクラスだし」
「へえ」
「お前にもいるだろ、それくらい」
そう返せば、いるけど、と優太が俺の腕章を指した。外し忘れていたらしい。
「取っていい?」
「ああ、うん」
安全ピンを外すために腕を持たれている間、階段を下りるクラスの女子と目が合った。何でもない顔をして会釈したが、優太が顔を上げるまで腕は動かせなかった。
「終わった?」
「うん」
「じゃあ、何食いたい?」
「尚人が食べたいのでいい」
「そういうのが一番困るんだよ」
結局、二人とも焼きそばを買った。中庭のベンチは埋まっていて、校舎裏の低い段差に座って食べる。優太は割り箸を割るのに失敗し、片方だけ妙に細くなったものを俺に見せた。
「下手くそ」
「割ってよ」
「もう割れてるだろ」
俺の方を渡して自分が細い箸を使っていると、優太が俺の制服を眺め始めた。
「尚人、制服似合うね」
「今さら何? 毎回これ着て会ってるだろ」
「そうだけどさ。別の学校だなって」
「それはこっちの台詞だよ」
優太が向こうの学校で過ごしているところを、俺は知らない。今だけは優太が俺の方へ来ていて、ここのことを教えられるのは俺だった。
「来年も来れば」
言ってから、今日がまだ終わってもいないのにと思った。優太は口の中のものを飲み込み、頷いた。
「尚人も、うちの来て」
「ライブ?」
「それもあるけど、一緒に回ろうよ」
「彼女でもできてたら、そっちにしろよ」
つい余計なことを言ってしまった。優太は眉を寄せて「何でそうなるの」と俺を見た。
「尚人を誘ってるんだけど」
「……分かったよ」
食べ終わった容器を重ねて立ち上がると、優太がまだ行っていない方の校舎を指した。
「あっちも行ける?」
「行けるけど、何もないぞ」
「普段どこで勉強してるのか、見たい」
そんなもの見て楽しいのかと思ったが、自習室のある方へ案内した。優太は廊下の掲示を見てはこれ何と聞くので、移動するだけで随分時間がかかった。
優太の文化祭には俺も行った。ステージでは名前を呼ばれて笑っていたくせに、終わると客席にいた俺を探しに来る。飲み物を渡せば、買ってきてくれたの、と嬉しそうに受け取った。
「どうだった?」
「歌はよかった」
「そればっか」
俺としては、優太はあんなに歌えるのに、まだコピーなのかと思う。でも楽しそうだし、優太の歌は俺が作ってる。だから今日はもういいかという気にもなった。
放課後まで一緒に回り、帰ってから、俺は次の曲のサビを書いた。さっきステージでこっちを見つけたときの顔を思い出しながら。
冬の間も、曲を作っていた。イベントで買ったCDを二人で聞き、次の音源を送る頃には、終わったばかりのテストの次が近づいている。
学年が一つ上がっても、優太のメッセージには相変わらず、曲の話と問題集の写真が交互に来た。
二年の春、次のイベントの開催案内が出たので、優太から送られてきた候補を聞きながら、今度こそ二人のCDに入れる曲を考えた。
今までの曲をまとめるだけなら、それほど時間はかからない。でも、せっかくなら一曲くらい、最初からCDに入れるつもりで作ってみたい。そんなことを言ったら、優太からも新しい曲を聞きたいと返ってきた。
夏休みの終わり、何か面白いことができないかと、ほかの歌の投稿を見ていたとき、小説に歌をつけるコンテストの告知が流れてきた。
「小説に、歌……?」
指定された小説を読んで曲を作り、動画にして応募するらしい。ボーカルソフトでも人が歌ってもよく、応募曲を自分のCDに収録することもできると書いてあった。
課題作は何冊かあったので、紹介を順番に読んでみる。その中に、バイト先でも見かけた表紙があった。
主人公は、かつて植物学を志していた青年。難病を抱えた彼は家族と離れ、自然豊かな場所にある長期療養所で暮らしている。そんな青年の元に、一人の少年が迷い込んでくるところから物語は始まる。
試し読みをして続きが気になり、次のバイトの日に買って帰った。
両親の離婚により近くへ越してきた少年は、都会では見ることのできなかった植物や生き物に夢中で、青年に会うたびに、今日見つけたものの名前を聞く。
青年は知っていることを教え、少年は次の日も、その次の日もやってくる。青年が手術を受けるか悩んでいることも知らず、来年咲く花の話をするのだ。
「川端康成のオマージュかな」
読み始めたときは、優太が歌うならこういう雰囲気もよさそうだとか、そんなことを考えていた。けれど、途中から曲のことを忘れ、気づけば最後まで読んでしまっていた。
読み終えた本を机に置き、優太とのメッセージを開く。
『このコンテストに出してみませんか』
告知のリンクと、今読んだ小説のタイトルを送る。優太からは、その日のうちに返事が来た。
『やってみたいです! 俺も読んでみます』
それなら、この本を元に新しい曲を作って、CDにも入れようということになった。


