恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

「うわ! すご」
 会場で届いていた箱を開けると、同じジャケットのCDが何枚も並んでいた。
 データも見本も確認したはずなのに、実物は何だか売り物みたいだ。いや、売り物なんだけど。
「すごい! ちゃんとCDだ」
「そりゃCD作ったんだからね」
 優太の声に楠が笑い、一枚取り出して表と裏を確かめる。俺も見せてもらい、印刷された曲名を指で追った。
 誤字はない。曲の順番も合っている。大丈夫。
「綺麗に色出てるなぁ」
 楠が自分の描いた絵を眺めている間に、優太は写真を撮っていた。直後に俺のスマホが震え、思わず手を止める。
「届いたって送っとこ」
「……ああ、そうだな」
 机に布を敷き、見本と値札を置いて、残りの在庫を足元へしまう。釣り銭や持ち帰り用の袋も確認すると、三人もいるので思っていたより早く終わった。
「俺、ちょっとトイレ」
「まだ時間あるから大丈夫。いってら」
 会場の端まで歩いてからスマホを開くと、優太から設営完了の写真が届いていた。
『ありがとうございます。今日はよろしくお願いします』
 返事を送り、ついでに写真を使って告知をする。自分の目で見たばかりの机を、写真で初めて見たように紹介するのは変な感じだった。
 戻ると、優太が早速画面を見せてきた。
「otoさん、よろしくお願いしますって」
「うん」
「相楽くんもメッセージ送る?」
「いや、お前から言っといて」
 自分宛てによろしくお願いしますは、さすがに遠慮したい。
 開場すると、通路に少しずつ人が増えた。隣の机ではもうやり取りが始まっていて、俺は意味もなくCDの向きを直してしまう。
 最初に立ち止まってくれた人は、値札とジャケットを見比べてから、一枚くださいと言った。
「ありがとうございます」
 優太が受け取ったお金を確かめ、俺が袋にCDを入れる。たったそれだけの作業なのに、指先が少しもたついた。
「いつも聞いてます。新しい曲も楽しみにしてます」
「……ありがとうございます」
 今度は自分で返事をしてしまった。
 隣で楠が、本人にも伝えておきますね、と続ける。そうだ。今日は売り子の友達として来ているんだった。
「otoさんはいらっしゃらないんですか?」
「今日は来られなくて。代わりに僕らが」
「そうなんですね。よろしくお伝えください」
「はい」
 優太が頷き、相手が去ってからスマホに何か打ち込んだ。きっと今の感想を送ってくれているのだろうが、目の前で通知を確認するわけにもいかない。
 俺は次の人に渡す袋を一枚広げ、机の下へ置いた。
 昼を過ぎる頃には、三人とも大分慣れてきた。ずっと人が途切れないというほどではないが、気づくと足元の箱の中身は残り少なくなっている。アカウント名を名乗ってくれる人もいて、「実在してたんだ!」と感動してしまう。最初から聞いてくれている人も来てくれていて、嬉しすぎて変な対応していないか心配になる。
「otoさんのファンなんですけど、utaさんが歌ってるのもすごく好きで」
「あ、ありがとうございます」
「ご本人ですよね?」
「はい」
 優太が照れたように笑うと、相手も嬉しそうに笑った。
 そうだろう。そうだろう。実物もいいだろう。
 初対面の相手には言葉が少なくなるので少し心配していたが、聞かれたことにはちゃんと答えている。新しい曲も作っていますと言っているのを横で聞きながら、俺は残りの枚数を数えた。
「尚人、ちょっと休憩してきたら?」
「まだ平気だけど」
「見たいところあるんじゃないの」
「あ、それなら僕も一緒に回っていい? ちょっと挨拶したい人もいて」
「いいよ。じゃあ、二人とも帰ってきたら俺行く」
 優太に机を任せ、楠と通路へ出た。気になっていたPの名前を探しながら歩いていると、楠が、あれも僕が描いた、と別のジャケットを指す。
「結構色んな人の描いてるんだな」
「最近ね。otoさんの動画から見に来てくれる人も増えたし」
「そうなんだ」
「相楽くんは、普段どういうの聞くの?」
 聞かれて、好きな曲をいくつか挙げる。楠も知っているものがあって、絵を描くときによく流しているのだという。
 ジャケットの絵の話まで聞いていたら、思っていたより時間が経ってしまった。買ったCDを鞄にしまいながら戻ると、優太が俺たちを見ていた。
「ごめん、遅くなった」
「ううん。大丈夫」
「次、行ってきていいよ」
「……うん」
 返事をしたくせに、なかなか立とうとしない。
 楠が挨拶に来た知り合いと話し始めたので、俺は優太の顔を覗き込んだ。
「どうしたどうした。嫉妬か?」
「……そうかも」
「えっ」
 想定していたのと違い、真面目なトーンで返ってきたのに面食らってしまう。
「だって尚人があんなに他の人と仲良くしてるの、見たことないから……」
「いくらなんでも半日以上一緒にいて、ほとんど喋らないようなコミュ障ではないんだけど」
「そうだけど」
 優太が拗ねている。何か都合よく解釈してしまいそうでいけない。
「絵の話、聞いてただけだよ」
「俺、絵は分かんないし」
「俺だって分かんないよ。だから聞いてたんだろ」
 そう返すと、優太は俺が買ってきたCDの入った鞄を見た。
「それ、あとで聞かせて」
「いいよ。気になってたやつ、一通り買ってきたから」
「うん」
 ようやく立ち上がった優太を見送り、空いた椅子に座る。戻ってきた楠に残りの数を伝えようとして、さっき数えた数字を忘れていることに気づいた。
「何枚だっけ」
「え、相楽くんが数えてたよね」
「そうなんだけど」
 もう一度箱を開けていると、優太が戻ってきた。忘れ物かと思ったら、俺の肩をつつく。
「あとで一緒に見よう。買い忘れあったら、そのとき買えばいいし」
「お前の休憩だろ」
「今トイレだけ行ってくる」
 俺が返事をするより先に、楠が、行ってらっしゃい、と手を振った。
「一人で残るの嫌だったのかな」
「さあ」
 箱の中を数えるふりをした。尚人が他の人と仲良くしているのが嫌だと言ったことを、わざわざ楠に教えたくなかった。
 そのあと交代して二人で歩いた通路で、優太は俺の鞄に手を掛けた。人を避けるために引いたのだろうが、ぶつかりそうな人がいなくなっても離さない。
「何?」
「はぐれたら面倒だから」
「子どもじゃないんだけど」
 手を繋いだわけでもないのに、人に見られたらどうしようと考えてしまう。隣の優太は、次どこ、と配置図を覗き込んできた。
 自分は学校で毎日楠と会っているくせに、俺が半日話したくらいでそんな顔をする。それをずるいと言えたらいいのだが、離せと言わずに歩いている俺も大概だった。
 イベントが終わる頃には、持ってきたCDはなくなっていた。
 完売したから計算はしやすい。売れた枚数と金額を照らし合わせる。途中で何か間違えていないか心配だったが、三人で確認した結果、ちゃんと合っていた。
「よかった……」
「尚人、疲れた?」
「いや、お金合わなかったら嫌だなと思って」
「分かる。僕も途中、一回多くお釣り渡したかと思った」
「言えよ」
「いや、すぐ数え直して大丈夫だったから」
 楠とそんな話をしている間に、優太が売り上げの報告を送っていた。
「片付けとくから、二人とも先に手洗ってきていいよ」
「じゃあ、お願い」
 席を外したついでにメッセージを開く。今日もらった感想と、売れた枚数が並んでいた。優太は思っていたより細かく書いてくれていて、俺のいない間に来た人の話もあった。
 何度か読み返してから、お礼と、バイト代を二人に渡してほしいという返事を送る。
 制作費と今回の経費を引いた残りの使い道は、準備をしているときから考えていた。
『経費を精算した残りは、utaさんが持っていてください』
『え? 多すぎます』
『次は、utaさんが歌ったCDを作りたいと思っています。録音や制作にかかる費用に使ってもらえれば』
 ユニットなのだから、片方ばかりが出す必要もない。今回は俺が作ったCDだが、次は二人のものになる。
 机に戻ると、優太がスマホを握ったままこちらを向いた。
「……ずるい」
「どうした」
「これ見てよ」
 差し出された画面を覗き込み、初めて読むような顔をする。俺も演技が上手くなったもんだ。
「えー、CD。すごいじゃんか」
「さっき、次も出たいって送ろうと思ってたのに」
「ちょうどよかったじゃん」
「そうだけどさ〜」
 優太はその場で返事を打ち始めた。俺のスマホが震える前に、鞄の奥へ押し込んでおく。
「ほら、片付けるぞ。帰れなくなる」
「うん。ちょっと待って」
 待っている間に楠と布を畳み、値札を外す。ようやくスマホをしまった優太は、さっきまでCDが入っていた箱を持ち上げた。
「軽くなったね」
「そうだな」
「次、もうちょっと大きい鞄で来よう」
「その前に曲作ってもらえよ」
「うん」
 その返事があまりに楽しそうだったので、俺は何も言わずに残りの荷物を持った。
 家に帰り、買ってきたCDを机に並べたところで、どっと疲れが出た。
 ベッドに行ったら一瞬で寝入る自信がある。でも、先に投稿だけはしておきたい。
『たくさんの中から手に取っていただき、ありがとうございます。utaさんからイベントの様子やいただいた感想を聞いて、今とても元気とやる気をいただいています』
 自分で聞いた感想もあるのだが、そこは書けない。
 事前に除けておいた分の通販予定を載せ、優太と楠にもお礼を送った。楠へのメッセージは、いつもどおり「irohaさん」と打ってから、今日一日話していた相手なのだと思うと、何だか笑ってしまった。
 ちょっとだけエゴサしてみれば、oto本人がいなかったことが残念というものや、utaが実物もイケメンだったというものがちらほらと引っかかる。
 そうだろうそうだろうと画面をスクロールしていると、優太から次に歌いたい曲の候補が届いた。今日だけで何回、二つのアカウントを行き来しただろう。
『明日聞きますね。今日はお疲れさまでした』
 otoとして返してから、尚人の方に届いていたメッセージも開く。
『今日はありがと。また一緒に来て』
『いいよ。お疲れ』
 返事を送ってアラームを確認し、スマホを充電器に繋いだ。疲れたけど、今日はいい夢が見れそうだ。