恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

『この日空いてる?』
 狙いどおり。
『何かあるの?』
 知っているくせに聞き返すと、さっき俺が送ったものと同じリンクが届いた。
『otoさんに売り子頼まれた。一緒に来てくれない?』
『いいよ。バイト入れないようにしとく』
『ありがと!』
 あまりにすんなり決まったので、拍子抜けしてしまった。これで尚人として会場に行けるし、自分のCDを買ってもらえるところも見られる。
 早速、収録したい曲を並べてみた。公開済みの曲だけでは、自分が買うことを考えたら、少し物足りない気がする。新しい曲も一つ入れたいし、せっかくなら前に作ったものも直したい。
「……間に合うかな」
 CDを作るとなると、曲以外にも決めることが多かった。
 何枚作るのか、ジャケットをどうするのか、歌詞はどこに載せるのか。曲を並べる順番も、普段一曲ずつ投稿しているときとは勝手が違う。まだ申し込みもしていないのに、やることだけ増えていく。
 一番気に入っている曲を最初に持ってきたら、その次が何だかしっくりこない。順番を入れ替えて最初から聞いているうちに、また音を直したくなって、いつまでも終わらない。
 イラストは、動画で何度かお願いしている人に相談した。
 SNSのおすすめで見つけた「iroha」という絵師さんで、頼んだ曲ごとに違う雰囲気の絵を描いてくれる。今回はジャケット用にお願いできるか聞いてみると、必要な大きさや文字を入れる場所を教えてほしいと返事が来た。
 そこで初めて、印刷するものなら何でも同じではないのだと知り、返事を書く前にまた調べる羽目になった。
 曲を作っている時間より、検索している時間の方が長い気がする。
 申し込みは本名で行い、参加案内は郵送ではなく電子で受け取る方を選んだ。入場証は必要な人数分を追加できるイベントだったので、その案内も確認しておく。会場へ送る箱には本名が出る伝票を残さないよう、サークル名を使える範囲も調べた。
『CD、どんな感じですか?』
 優太から聞かれたので、曲順を仮に決めた音源を送った。尚人にはまだ聞かせていないものもあるから、次にうちへ来たときには、また初めて聞くふりをしなければならない。
『これ、俺も欲しいです』
『売り子をしてもらう分は取っておきます』
『ありがとうございます』
 そのあとに、もう一つメッセージが続いた。
『友達、二人来てくれることになりました』
「二人?」
 一人は俺だけど、もう一人は誰だろう。バンドのやつだったらちょっと嫌だな。
『一人、絵を描くやつで、こういうイベントも行ったことあるって言ってたので』
『助かります。当日のことも、教えてもらえるとありがたいです』
 そう返してから、優太との普段のやり取りを開く。こっちには、まだ何も来ていなかった。
 俺が初対面の相手と一日一緒にいることになるんだから、せめて誰が来るかくらいは先に教えてほしい。
 そんなことを思っていたら、少し遅れて優太から連絡が来た。
『当日、学校の友達も来るから』
『分かった。どんな人?』
『絵がうまい』
 情報が少なすぎる。otoが絡まないと相変わらずである。
「尚人ごめん、ありがと」
「いいよ。どうせ今日バイトもなかったし」
 イベント当日、待ち合わせ場所にいた優太は、いつもより大きな鞄を持っていた。俺も朝から何度も持ち物を確認したせいで、出掛けるだけで少々疲れている。
 荷物は事前に会場へ送ってあるし、当日必要なものも優太に伝えた。伝えたのは俺なので、何を持ってきているかも大体分かる。
「はじめまして。優太と同じクラスの楠伊織です」
「相楽尚人です。今日はよろしく」
 隣に立っていた男子と挨拶を交わす。バンドのメンバーではないので顔も知らなかったが、向こうは俺のことを聞いていたらしく、ああ、と頷いた。
「勉強教えてる幼馴染って、相楽くんか」
「多分そう」
「僕もテスト前に何回か聞かれるんだけど、途中から分かんなくなるんだよね。何が分かんないのか」
「分かる」
「本人いるんだけど」
 優太が口を挟むので、俺と楠は顔を見合わせて笑った。
 電車に乗ってから、優太がスマホで当日の案内を見せてくれる。俺が作ったものなので、誤字が残っていないか、そんなことばかり気になってしまった。
「これ、otoさんが?」
「うん。昨日送ってくれた」
「分かりやすいね。僕も売る側は初めてだから助かる」
 楠が画面を覗き込み、会場の配置図を拡大する。
「そういえば、otoさんを優太に教えたの、僕なんだよね」
「そうなんだ?」
「楠、めちゃくちゃ絵が上手くて、otoさんの動画のイラストいくつか描いてる」
「えっ」
 思わず、優太の方を見た。
「……irohaさん?」
「あ、知ってる?」
「動画は見てるから」
 危ない。知っているどころか、数日前まで何度もやり取りをしていた相手である。
 そうか。SNSのおすすめで出てきたのは、優太の相互だったからかもしれない。あのときは絵しか見ていなかったが、共通の知り合いというものは、案外すぐ近くにいるものらしい。ていうか打ち合わせしたときに教えてくれたらよくない?
「今回のジャケットも描いたんだよ。現物見るの楽しみ」
「……へえ、すごいな」
「otoさん、基本しっかりしてるけど、たまに天然でさ」
 俺のことを話し始めたので、手元のスマホを見るふりをして身構えた。
「最初、『失礼なこと聞いて申し訳ないんですが、AIじゃないですよね』って聞いてきたんだよね」
「何それ」
「僕も最初、何この人って思ったんだけど、『安すぎる』『こんな素敵な絵なのに安すぎて怖いです』って。値上げしてくるんだもん」
「……よかったじゃん」
「うん。やり取りも丁寧だし、曲も好きだから、次もお願いしてもらえて嬉しかった」
 隣で優太まで頷いていて逃げ場がない。あのときは本当に、相場が分からない俺にだって安すぎると感じたのだ。後から追加で何か必要になるのかと思って確認したら、それで全部だというので、かえって怖くなってしまったのだが、そんな話を本人の口から聞くとは思わなかった。
「尚人も音楽やってるんだっけ?」
「いや、俺は全然。家族がやってるだけ」
「そうなんだ。優太からよく名前聞くから、てっきり」
 何を話しているのだろうと優太を見れば、別に、と首を傾げられた。
「おすすめしてくれた曲とか」
「……ふぅん」
 駅に着くというアナウンスが流れたので、俺はスマホをしまって立ち上がった。