恋が終われば歌となる―片思い中の幼馴染と、正体を隠して音楽活動しています―

「お前、最近バンドの話しないな」
 優太が持ってきた問題集に丸をつけながら、何となく聞いてみた。
 最近はうちに来てもotoの話ばかりで、バンドのメンバーがどうしたとか、何を練習しているとか、そういう話を聞いていない。
「今、あんまり集まってないから」
「そうなの?」
「うん。俺が録音あるって言ったら、じゃあ今週はいいかってなって、そのまま」
「……お前が断ったの?」
「その日は先に予定入れてたから。別の日ならいいよって言ったんだけど」
 俺は答え合わせをする手を止めた。その録音の相手は、どう考えても俺だ。
「……それ、何か言われてんじゃないの?」
「別に。ネットの方が楽しいんだろ、とは言われたけど」
「言われてるじゃん」
「でも、楽しいのは本当だし」
 悪びれもせずに言われると、俺も何も返せなくなる。そりゃこっちの方が楽しいだろう。お前に歌ってほしいものを、お前のために作っているんだから。なんて、言えたらすっきりするんだろうな。
 大体優太が大事なことあんま喋んないから、学校での空気悪くなりそうで心配すぎる。
「……一緒にやろうって言った相手なんだから、その辺はちゃんと話せよ」
「分かってる。次に学校で会ったら話す」
「次なら明日話せよ」
「うん」
 優太は問題集を引き寄せ、間違えたところを消し始めた。もう少し何か言うべきか迷ったが、俺が口を出すのもどうなのだろう。尚人としても、otoとしても。
 その夜、優太から届いた録音には、いつもどおり短い説明がついていた。
『最後だけ二つ録ったので、聞いてもらってもいいですか』
 バンドの方は大丈夫ですか、と書きかけて消した。バンドのことをotoは知らない。
 送られてきた音源を開き、最後まで聞いてから、二つ目が好きですと返した。
 バイト帰りに優太のバンドの男子と会ったのは、それから数日後だった。
「黒瀬」
 中学が同じなので顔も名前も知っているが、二人で話すような間柄ではない。向こうもそう思っていたのだろう、最初は軽く手を上げただけだったのに、すれ違う直前に呼び止められた。
「なあ相楽、お前優太とまだ会ってる?」
「会ってるけど」
「そっか」
 それで終わりかと思ったら、黒瀬は何か言いたそうに立っている。俺も帰るきっかけを逃して、鞄を持ち直した。
「あいつ、最近ずっとネットのやつと曲作ってんの知ってる?」
「ああ、うん」
「お前はいいの?」
「何が?」
「いや、あんだけ一緒にいたのに、知らんやつとばっかりやってて」
 その知らんやつが俺なのだが、もちろん言えるわけもない。
「歌うの好きなんだから、いいんじゃないの」
「まあ、そうだけど」
 黒瀬は靴先で地面を擦り、目を逸らした。
「俺らとやろうって言ってたのになって」
 拗ねたような声だった。お前らだって俺から優太を連れていっただろう、と思ってしまった。あの頃の俺がバンドに入れなかったのは、誰のせいでもないのだけれど。
「……本人には言った?」
「言った。そしたら、オリジナルやろうよって」
「作ったらいいじゃん」
「簡単に言うけど、誰が作るんだよ」
 いや、バンドの誰かが作れよ。バンドってそういうものだろ。
 俺は頭の中でだけ威勢よく反論して口を閉じた。ここでうっかり何か言えば、全部ややこしくなる。
 尚人としてなら、俺だってずっとそう思っていたと言いたい。歌えないし楽器も弾けないから、お前らと出掛けていくのを見ているしかなかったんだよ、と。
 でも今は、その俺が優太の時間を使っている。
「優太にはちゃんと話せって言っといたから」
「……お前が?」
「この間、バンドどうしたって聞いたら、あんまり集まってないって言ってたし」
「あいつ、お前の言うことは聞くもんな」
「そうでもない。勉強しろって俺がどんだけ言ってると思ってんだ」
 それには黒瀬も少し笑った。
「それは俺らも言ってる」
「じゃあ、もうちょっと言っといて」
「お前もな」
 ようやく別れて歩き出す。数歩進んだところでスマホが震え、見れば優太からだった。
『今日寄っていい?』
 タイミングが悪い。
『いいけど、問題集持ってこいよ』
 そう返してから、バンドの話もちゃんと聞こうと思った。
 結局、優太はバンドの方もしばらく続けることになったらしい。
練習する日を先に決め、曲も皆で案を出してみることにしたという。その間も録音は送られてきたが、俺も、急ぎではないものは急ぎではないと書くようにした。
 こっちはこっちで、定期テストが近づいている。成績を下げたら、まず部屋にこもってパソコンを触っている時間が成績が下がる原因だと疑われるだろう。今まで何も言われずに済んでいるのは、勉強だけはちゃんとやっているからだ。
『少し仕事が立て込んでいるので、次の曲は来月になりそうです』
 otoとして送った数時間後、尚人として優太の試験範囲を聞く。向こうもテストがあるのをすっかり忘れていたらしく、大量の泣き顔が返ってきた。
 歌ってる場合じゃないだろ。でもotoがどうこうすることでもない。色々と呆れながら、俺も問題集を開いた。
 テストとバイトの合間にも、曲のメモだけは増えていく。今までなら聞き流していた言葉が気になって、書き留めているうちに歌詞になったり、作りかけの曲にぴったり入ったりする。時間がないときに限ってアイデアが浮かんだりするのは何なのだろう。
 試験が終わってからまとめて作業を再開し、久しぶりにotoのアカウントにも新しい曲を上げた。優太の歌を待ってくれる人が増えたのは嬉しいが、ボーカルソフトで作った方も好きだと言ってもらえると、やっぱり嬉しい。
 新しい曲をアップしてしばらくすると、ぽこぽこと通知音がした。感想を読んでいるうちに、とある質問が目に留まる。
『otoさん、イベントは出ないんですか?』
「イベント……?」
 何のことだろうと調べてみれば、音楽系専門の同人イベントなんてものがあるらしい。ボカロオンリーなんてのもある。そういうイベントというものは、ビッグなサイトでやる漫画などの即売会というイメージしかなかったのだが、音楽版もあるんだ。
 参加している人の写真を見ると、机の上にCDやカードが並んでいる。普段聞いているPの名前もいくつかあって、俺はそのまま開催案内を開いた。
「リアルイベントかぁ……」
 内緒にしているから、さすがに顔出しはできない。でもちょっと行ってみたいし、CDは作ってみたい。
 収録するならどの曲にしようか。そんなことを考えて、保存しているデータの一覧を開いたところで、優太からメッセージが来た。
『この曲も歌いたいです』
 さっき投稿した動画のリンクだった。
 画面を見てから、イベントの案内へ目を戻す。
「――そうだ」
 俺は返信欄に、いつもの曲の話とは違う文章を打ち始めた。
『utaさん、もしよかったらなんですが、イベントで売り子のバイトをしてもらえませんか?』
『売り子ですか?』
『はい。CDを作ってみようかと思っているんですが、当日、自分はそちらに出られないので』
 出られないというか、otoとして出られないというか。いや、行ってみたいのは本当なので、我ながらややこしい。
 開催案内のリンクを送り、日程を確認してもらう。バンドの予定やバイトもあるだろうし、駄目なら今回は見送ればいい。
『その日なら大丈夫です。でも、こういうイベントって行ったことないんですけど』
『自分も初めてなので、そこは調べながらになります』
 俺が何も知らないのは、これまでのやり取りで大体分かっているだろう。今さら経験豊富な顔をする必要もないので、準備はこれからだと正直に伝えた。
『一人だと大変だと思うので、お友達にもお願いできれば。もちろん、その方にもバイト代は出します』
 そこまで書いて送る。優太がこういうときに頼む相手といえば、多分俺だ。
『聞いてみます』
 返事のあと、尚人の方の通知を待ってしまう。別の友達に頼む可能性もあるのに、来る前提でスマホを見ているのもどうかと思うが。
 少しして画面に優太の名前が出た。