「次もお願いしたいんだけど、またバイト代貯めないとなぁ」
うちへ来た優太がそんなことを言ったのは、公開してから一週間ほど経った頃だった。
「もう次?」
「だって、楽しかったし」
「バンドの方は?」
「やってるよ。でも、今はこっちもやりたい」
それは俺も同じだった。完成した曲を何度も聞くうちに、今度はもう少し違う曲を歌わせてみたいと思い始めている。
今回使わなかった低いところをもっと聞かせてもいいし、反対に、最初から最後まで気持ちよく高い声を出せるものもいい。アップテンポでもメロウなのでもいい。作りかけのデータには、すでに優太に歌ってほしい曲が何本かある。
ただ、そのたびに依頼してもらって、バイト代を毟り取るのもやっぱり心苦しい。
「一曲作るのって、結構かかるんだな」
「時間?」
「それもだけど、お金。いや、頼んだの俺だし、あれだけやってもらったことを考えたら、全然安いんだけど」
「……まあ、そうだな」
「だから、次はいつ頃お願いできるかなって」
スマホのカレンダーでバイトの予定を確認し始めたので、俺は慌てて口を挟んだ。
「あんまり入れすぎると、今度は歌う時間なくなるんじゃないの」
「そうなんだよね」
「何より勉強な」
「分かってる」
全然分かっている顔ではなかったので、持ってきた問題集を出させた。案の定、前に教えたところからほとんど進んでいない。
優太が問題を解いている間、俺も自分の課題を開いたが、さっきの話が頭に残っていた。
曲ができたら歌ってほしい。俺はそれでいいのに、依頼という形にしたせいで、次を作るにも優太の財布と相談しなければならない。
バンドなら、バンド内の誰かが作詞して作曲して、一人がやっている場合も分担している場合もある。それで曲ができるたび、ボーカルが作曲担当にバイト代を払ったりはしないだろう。
「……そうだ」
そこまで考えて、課題の隅に「ユニット」と書いた。
「尚人、ここ」
「ん?」
「これ、何でこうなるの」
「ああ、そこは前の式を使うから……」
ノートを引き寄せ、書いたばかりの文字を手で隠す。
優太が帰ってから、otoのアカウントでメッセージを開いた。
何曲も作るとなれば、今までどおり一人で好きなときに投稿するのとは違う。優太にもバンドがあるし、俺にも学校とバイトがある。そもそも、向こうは次も依頼したいと言っているだけで、一緒に活動したいとまでは言っていない。
それでも、作りかけの曲を順番に再生してみると、どれも優太の声で聞いてみたかった。
『もしよかったら、一緒に組んで曲を作りませんか』
そこまで打って読み返す。これでは次の依頼を催促しているみたいだ。
『一曲ずつ依頼してもらう形ではなくて、ユニットを組むというか』
続きを書こうとしているうちに、間違えて送信を押してしまった。
「あ」
すぐに既読がついた。
『組みたいです』
まだ説明もしていないのに、返事が早い。
『俺でいいんですか?』
「お前じゃなきゃこんなこと言わないよ」
画面に向かってひとりごちてから、俺は返事を打ち始めた。
『こちらこそ、ぜひお願いします』
そこまで返してから、まだ説明していなかったことを書き足す。ユニットである以上、お金はいらないので曲ができたら歌ってほしいこと。活動のペースは相談して決めたいこと。自分も仕事があるし、学校やバンドもあるだろうから、そっちに支障が出ないようにしてほしいこと。
最後の一つは、尚人としても普段から言っているので、少し言い方を変えた。
『分かりました。俺、何をすればいいですか?』
そう聞かれると困る。ひとまず、次に歌ってほしい曲はいくつかあるが、それ以外は何も決めていない。
『まずは、作りかけの曲を送るので聞いてもらえますか』
『はい!』
曲ごとに仮のタイトルをつけて送ると、しばらくして、順番に感想が返ってきた。
どれがいいか聞いたつもりだったのに、全部歌いたいらしい。俺としては願ったり叶ったりだが、どれから仕上げるかは結局決まらず、いちばん完成に近いものからやることになった。
『あと、ユニット名ってどうしますか?』
「あ、そうか」
そこも考えていなかった。
自分の名前を決めたときだって結構悩んだのに、二人分となるともっと難しい。何か希望はあるか聞き返すと、優太もしばらく考えていたらしく、いつもより返事が遅かった。
『nayutaはどうですか』
画面を見て、俺は一瞬手を止めた。
なおとと、ゆうた。そう読めなくもない。いや、さすがに考えすぎか。優太が組むのは尚人ではなくotoなのだから、俺の名前が入る理由がない。
『響きが好きなんです』
『でも、utaが入ってるから俺ばっかりみたいになりますか?』
続けて届いたメッセージに、止めていた息を吐いた。
『いいと思います。覚えやすいですし』
『本当ですか』
『じゃあ、nayutaで』
ユニットはそんな風にあっさり決まった。
自分から持ち掛けておいて何だが、こんな簡単に決めてしまっていいのだろうか。画面を遡って読み返していると、またメッセージが届いた。
『これからよろしくお願いします』
『こちらこそ、よろしくお願いします』
返事を送り、作業中のフォルダの中に「nayuta」というフォルダを作る。さっき送った曲のデータを移していたら、尚人の方にも通知が来た。
『やばい』
分かりやすいな、お前。
『どうした』
『otoさんからユニット組もうって言われた』
『よかったじゃん』
『明日話す』
明日も聞くのか。別にいいけど。
翌日、優太は宣言通り話をしに来た。
「二人組っていいよね」
「人数少ないと楽だもんな」
「そうじゃなくて。相方、って感じがして」
俺は飲もうとしていたお茶を机に戻した。幼馴染には決まった人数なんかないけれど、二人組の片方は一人しかいない。
「名前も決めた」
「何て?」
「nayuta」
「……いいんじゃない」
「尚人もそう思う?」
その名前を呼ぶ声だけでも録っておけばよかった。今から録音アプリを起動したら、さすがに何をしているんだという話になる。
「頑張れよ。楽しみにしてる」
「うん」
優太は機嫌よくお茶を飲んだ。俺の正体も気持ちも、もちろん知らない。
その複雑な気持ちが表れたのか、次の曲は、最初の曲より少し落ち着いたものになった。
高い声が気持ちいいのはもちろんだが、優太の低い声も綺麗なのだ。いつもサビばかり聞かれがちなので、その前もちゃんと聞いてほしいという、俺の余計なお世話がふんだんに詰まっている。
歌ってもらうと、思っていたより大人っぽくなった。普段俺以外には言葉少なでうちで漫画を読みながら菓子を食っているやつと、本当に同じ人間なのだろうか。
『最初のところ、もう一回録ってもらってもいいですか』
『どういう感じですか?』
言葉で説明しようとして、手が止まる。ここで一度声を抜いて、そのあとを繋げてほしいのだが、書くと妙に長くなる。
優太が知っている曲を例に出せば早い。でも、どの曲なら不自然ではないかと考えているうちに、優太から別の音源が届いた。
『こういうことですか?』
「そう、それ」
思わず声が出た。今度はそのまま『そうです!』と返す。
尚人としてなら一言で伝わることに、otoとしては何往復もかかる。面倒くさいが、たまにこんな風に説明する前に伝わると、嬉しくてつい返事の口調が崩れそうになる。
完成した曲を公開すると、最初の曲から聞いてくれていた人たちが、早速感想を寄せてくれた。
『こういう声も出るんだ』
『前の曲と全然違って好き』
そうだろう。高いところが出るだけじゃないんだよ、あいつは。
今回は説明欄に、二人の名前と一緒に「nayuta」と入れた。優太のプロフィールにも同じ文字が増えていて、何となく何回も見に行ってしまった。
そのくせ、学校で隣の席のやつに「幼馴染の新曲?」と聞かれると、「うん」としか答えられない。二人で作ったんだと言いたかった。歌詞も俺が書いたし、昨日の夜まで、どの歌い方がいいか相談していたんだよ、と。
「お前、ほんとそいつのこと好きだよな」
「……歌がうまいだろ」
「うん。だから聞いてるんだろ?」
余計な意識をしてしまうので、俺はスマホをしまい、次の授業の教科書を出す。
「ユニット組んだんだね。名前も決まって」
講座で次の曲の相談をしていると、三郷さんが俺のプロフィールを見て言った。
「はい。名前は向こうが考えてくれたんです」
「いいんじゃない。歌う人が決まってると、作る方もやりやすいでしょ」
「そうですね。声の出し方とか、細かく相談できるので」
「最初の曲も随分伸びたしねぇ。僕の動画、もう抜かれちゃったよ」
「え」
「再生数。あの曲、まだ伸びてるでしょ」
そう言われて見比べるようなこともできず、俺は開いていた自分の動画を閉じた。
「いや、歌がいいので……」
「君が作った曲でもあるんだから、そこは喜んでいいんだよ」
そう言って三郷さんは笑い、俺が持ってきたデータを開いた。
「で、今日はどこが分からない?」
「あ、ここの音なんですけど」
聞きたいところまで再生位置を戻し、昨日から直せずにいた箇所を聞いてもらった。
うちへ来た優太がそんなことを言ったのは、公開してから一週間ほど経った頃だった。
「もう次?」
「だって、楽しかったし」
「バンドの方は?」
「やってるよ。でも、今はこっちもやりたい」
それは俺も同じだった。完成した曲を何度も聞くうちに、今度はもう少し違う曲を歌わせてみたいと思い始めている。
今回使わなかった低いところをもっと聞かせてもいいし、反対に、最初から最後まで気持ちよく高い声を出せるものもいい。アップテンポでもメロウなのでもいい。作りかけのデータには、すでに優太に歌ってほしい曲が何本かある。
ただ、そのたびに依頼してもらって、バイト代を毟り取るのもやっぱり心苦しい。
「一曲作るのって、結構かかるんだな」
「時間?」
「それもだけど、お金。いや、頼んだの俺だし、あれだけやってもらったことを考えたら、全然安いんだけど」
「……まあ、そうだな」
「だから、次はいつ頃お願いできるかなって」
スマホのカレンダーでバイトの予定を確認し始めたので、俺は慌てて口を挟んだ。
「あんまり入れすぎると、今度は歌う時間なくなるんじゃないの」
「そうなんだよね」
「何より勉強な」
「分かってる」
全然分かっている顔ではなかったので、持ってきた問題集を出させた。案の定、前に教えたところからほとんど進んでいない。
優太が問題を解いている間、俺も自分の課題を開いたが、さっきの話が頭に残っていた。
曲ができたら歌ってほしい。俺はそれでいいのに、依頼という形にしたせいで、次を作るにも優太の財布と相談しなければならない。
バンドなら、バンド内の誰かが作詞して作曲して、一人がやっている場合も分担している場合もある。それで曲ができるたび、ボーカルが作曲担当にバイト代を払ったりはしないだろう。
「……そうだ」
そこまで考えて、課題の隅に「ユニット」と書いた。
「尚人、ここ」
「ん?」
「これ、何でこうなるの」
「ああ、そこは前の式を使うから……」
ノートを引き寄せ、書いたばかりの文字を手で隠す。
優太が帰ってから、otoのアカウントでメッセージを開いた。
何曲も作るとなれば、今までどおり一人で好きなときに投稿するのとは違う。優太にもバンドがあるし、俺にも学校とバイトがある。そもそも、向こうは次も依頼したいと言っているだけで、一緒に活動したいとまでは言っていない。
それでも、作りかけの曲を順番に再生してみると、どれも優太の声で聞いてみたかった。
『もしよかったら、一緒に組んで曲を作りませんか』
そこまで打って読み返す。これでは次の依頼を催促しているみたいだ。
『一曲ずつ依頼してもらう形ではなくて、ユニットを組むというか』
続きを書こうとしているうちに、間違えて送信を押してしまった。
「あ」
すぐに既読がついた。
『組みたいです』
まだ説明もしていないのに、返事が早い。
『俺でいいんですか?』
「お前じゃなきゃこんなこと言わないよ」
画面に向かってひとりごちてから、俺は返事を打ち始めた。
『こちらこそ、ぜひお願いします』
そこまで返してから、まだ説明していなかったことを書き足す。ユニットである以上、お金はいらないので曲ができたら歌ってほしいこと。活動のペースは相談して決めたいこと。自分も仕事があるし、学校やバンドもあるだろうから、そっちに支障が出ないようにしてほしいこと。
最後の一つは、尚人としても普段から言っているので、少し言い方を変えた。
『分かりました。俺、何をすればいいですか?』
そう聞かれると困る。ひとまず、次に歌ってほしい曲はいくつかあるが、それ以外は何も決めていない。
『まずは、作りかけの曲を送るので聞いてもらえますか』
『はい!』
曲ごとに仮のタイトルをつけて送ると、しばらくして、順番に感想が返ってきた。
どれがいいか聞いたつもりだったのに、全部歌いたいらしい。俺としては願ったり叶ったりだが、どれから仕上げるかは結局決まらず、いちばん完成に近いものからやることになった。
『あと、ユニット名ってどうしますか?』
「あ、そうか」
そこも考えていなかった。
自分の名前を決めたときだって結構悩んだのに、二人分となるともっと難しい。何か希望はあるか聞き返すと、優太もしばらく考えていたらしく、いつもより返事が遅かった。
『nayutaはどうですか』
画面を見て、俺は一瞬手を止めた。
なおとと、ゆうた。そう読めなくもない。いや、さすがに考えすぎか。優太が組むのは尚人ではなくotoなのだから、俺の名前が入る理由がない。
『響きが好きなんです』
『でも、utaが入ってるから俺ばっかりみたいになりますか?』
続けて届いたメッセージに、止めていた息を吐いた。
『いいと思います。覚えやすいですし』
『本当ですか』
『じゃあ、nayutaで』
ユニットはそんな風にあっさり決まった。
自分から持ち掛けておいて何だが、こんな簡単に決めてしまっていいのだろうか。画面を遡って読み返していると、またメッセージが届いた。
『これからよろしくお願いします』
『こちらこそ、よろしくお願いします』
返事を送り、作業中のフォルダの中に「nayuta」というフォルダを作る。さっき送った曲のデータを移していたら、尚人の方にも通知が来た。
『やばい』
分かりやすいな、お前。
『どうした』
『otoさんからユニット組もうって言われた』
『よかったじゃん』
『明日話す』
明日も聞くのか。別にいいけど。
翌日、優太は宣言通り話をしに来た。
「二人組っていいよね」
「人数少ないと楽だもんな」
「そうじゃなくて。相方、って感じがして」
俺は飲もうとしていたお茶を机に戻した。幼馴染には決まった人数なんかないけれど、二人組の片方は一人しかいない。
「名前も決めた」
「何て?」
「nayuta」
「……いいんじゃない」
「尚人もそう思う?」
その名前を呼ぶ声だけでも録っておけばよかった。今から録音アプリを起動したら、さすがに何をしているんだという話になる。
「頑張れよ。楽しみにしてる」
「うん」
優太は機嫌よくお茶を飲んだ。俺の正体も気持ちも、もちろん知らない。
その複雑な気持ちが表れたのか、次の曲は、最初の曲より少し落ち着いたものになった。
高い声が気持ちいいのはもちろんだが、優太の低い声も綺麗なのだ。いつもサビばかり聞かれがちなので、その前もちゃんと聞いてほしいという、俺の余計なお世話がふんだんに詰まっている。
歌ってもらうと、思っていたより大人っぽくなった。普段俺以外には言葉少なでうちで漫画を読みながら菓子を食っているやつと、本当に同じ人間なのだろうか。
『最初のところ、もう一回録ってもらってもいいですか』
『どういう感じですか?』
言葉で説明しようとして、手が止まる。ここで一度声を抜いて、そのあとを繋げてほしいのだが、書くと妙に長くなる。
優太が知っている曲を例に出せば早い。でも、どの曲なら不自然ではないかと考えているうちに、優太から別の音源が届いた。
『こういうことですか?』
「そう、それ」
思わず声が出た。今度はそのまま『そうです!』と返す。
尚人としてなら一言で伝わることに、otoとしては何往復もかかる。面倒くさいが、たまにこんな風に説明する前に伝わると、嬉しくてつい返事の口調が崩れそうになる。
完成した曲を公開すると、最初の曲から聞いてくれていた人たちが、早速感想を寄せてくれた。
『こういう声も出るんだ』
『前の曲と全然違って好き』
そうだろう。高いところが出るだけじゃないんだよ、あいつは。
今回は説明欄に、二人の名前と一緒に「nayuta」と入れた。優太のプロフィールにも同じ文字が増えていて、何となく何回も見に行ってしまった。
そのくせ、学校で隣の席のやつに「幼馴染の新曲?」と聞かれると、「うん」としか答えられない。二人で作ったんだと言いたかった。歌詞も俺が書いたし、昨日の夜まで、どの歌い方がいいか相談していたんだよ、と。
「お前、ほんとそいつのこと好きだよな」
「……歌がうまいだろ」
「うん。だから聞いてるんだろ?」
余計な意識をしてしまうので、俺はスマホをしまい、次の授業の教科書を出す。
「ユニット組んだんだね。名前も決まって」
講座で次の曲の相談をしていると、三郷さんが俺のプロフィールを見て言った。
「はい。名前は向こうが考えてくれたんです」
「いいんじゃない。歌う人が決まってると、作る方もやりやすいでしょ」
「そうですね。声の出し方とか、細かく相談できるので」
「最初の曲も随分伸びたしねぇ。僕の動画、もう抜かれちゃったよ」
「え」
「再生数。あの曲、まだ伸びてるでしょ」
そう言われて見比べるようなこともできず、俺は開いていた自分の動画を閉じた。
「いや、歌がいいので……」
「君が作った曲でもあるんだから、そこは喜んでいいんだよ」
そう言って三郷さんは笑い、俺が持ってきたデータを開いた。
「で、今日はどこが分からない?」
「あ、ここの音なんですけど」
聞きたいところまで再生位置を戻し、昨日から直せずにいた箇所を聞いてもらった。


