「やんちゃにも程がある」
ずぶ濡れの僕達にタオルと予備のジャージを貸し出してくれながら、養護教諭の逢坂先生が顔をしかめる。
「僕もやんちゃだったけど、ここまでじゃなかったよ」
「すみません……」
先輩とふたりそろって頭を下げると、逢坂先生は銀縁の眼鏡の蔓に手を触れながら苦笑いした。
「なにがあったか知らないけど、喧嘩じゃないならまあ」
そう言う先生の目は僕と先輩の手を見ている。
しまった、まだ手を繋いだままだった。
焦って手を放そうとするけれど、離れない。放してくれない。
「ちょっ、先輩っ」
「あー、ええと、とりあえずそのままだと臭うし、プールのとこのシャワールーム、使っておいで」
「ありがとうございます」
くすくす笑いながら逢坂先生が促す。はい、と深々と頭を下げる僕の腕をくんっと引っ張る者がいる。
「行こ、藤野」
高宮先輩だ。
クールだとか、秀才だとか、清涼感あるイケメンだとか崇められているはずの人が、タコの吸盤みたいにくっついて離れてくれない。
「あ、の! 先輩! 手……そろそろ」
そう言ったとき、頭上でチャイムが鳴った。
「あああ……授業が……」
「ちょうどいいだろ。これで誰にも邪魔されずゆっくりシャワー浴びられる」
え。
そこで僕は思わず立ち止まる。
僕は先輩に好きと言った。先輩も僕を好きと言ってくれた。俺の恋人になってほしいと言われて頷いた。
これって付き合ってる、ってこと? その付き合いたての人とシャワーって……。
「ちょ! ちょ! 無理です!」
「なにが無理?」
「いや、あの、だって」
真っ赤になっている間にプールが見えてくる。プールの脇にある建物が更衣室とシャワールームだ。中に入り、シャワールーム脇の更衣室のドアを開けたところで先輩が振り返った。
「いや? 俺と入るの」
「い、い、嫌じゃない、けど! でもその……」
「よかった」
……この人はいちいちほっとした顔をする。普段はめちゃくちゃ真顔で凝視してくるし、表情筋の動きも活発じゃないのに。
そんなこの人のふわっと緊張が緩む瞬間の顔が僕は思った以上に好きなんだと今初めて気が付いた。
ただ、それとこれとは話が別で。
「その、恥ずかしいのでできるだけこっち見ないでいてもらえると」
「心配しないでも触ったりしないよ。まだ」
「まだってなに?!」
のけぞる僕を見てくすくすと先輩が笑う。
……ああ、その笑顔、めっちゃいい。
「仕方ない。いいよ。見ない。でもその代わりさ」
ぽやんとしている僕に先輩がついと顔を寄せてくる。自分の臭いが気になって後ずさろうとするけれど、手を引っ張られてできない。おろおろする僕を覗き込み、先輩がそっと囁いた。
「恋人としてお願いがある。いい?」
「な、な、んですか?」
恋人として?!
だめだ。赤くなっちゃう。もしかしてまたキス、されちゃったりする、のかな。
近すぎる距離にどきどきする僕の耳に落ちてくる。先輩の深い、声が。
「藤野のメッセのID、教えて」
「……え」
ぽかんとした僕の顔を見て、先輩がぷっと吹き出した。
「なに想像してんの」
「い、い、いや! なにも想像、してない、ですから!」
あああ、もう,恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……!
「なんで、急にID……」
「藤野のこともっと、もっと知りたいから。それと」
掴まれていた手がくいっと引き寄せられる。
「会いたいって藤野が思ってくれたとき、いつでも駆けつけられるようにしたかったから」
……ああ、もう。
……この人には会いたいときに会いたいって言っていいんだ。
胸が、いっぱいで、たまらない。
とっさに一歩近づいて先輩の胸に額を押し当てると、先輩の胸の中で心臓がとくん、と鳴くのが聞こえた。
大きな手が濡れた髪をそっと梳く。優しいその手つきにうっとりと目を閉じる。
「藤野」
「はい」
「ごめん。やっぱ、見ないの無理かも」
「えええ!」
声を上げる僕の頭を胸に抱え込みながら先輩が笑う。笑みの振動に揺れる胸の中で赤くなりながら僕はそっと先輩の胸元を掴む。
僕を、僕として認めてくれる場所。初めての場所に口づけるように僕は先輩の胸元に唇を寄せた。
ずぶ濡れの僕達にタオルと予備のジャージを貸し出してくれながら、養護教諭の逢坂先生が顔をしかめる。
「僕もやんちゃだったけど、ここまでじゃなかったよ」
「すみません……」
先輩とふたりそろって頭を下げると、逢坂先生は銀縁の眼鏡の蔓に手を触れながら苦笑いした。
「なにがあったか知らないけど、喧嘩じゃないならまあ」
そう言う先生の目は僕と先輩の手を見ている。
しまった、まだ手を繋いだままだった。
焦って手を放そうとするけれど、離れない。放してくれない。
「ちょっ、先輩っ」
「あー、ええと、とりあえずそのままだと臭うし、プールのとこのシャワールーム、使っておいで」
「ありがとうございます」
くすくす笑いながら逢坂先生が促す。はい、と深々と頭を下げる僕の腕をくんっと引っ張る者がいる。
「行こ、藤野」
高宮先輩だ。
クールだとか、秀才だとか、清涼感あるイケメンだとか崇められているはずの人が、タコの吸盤みたいにくっついて離れてくれない。
「あ、の! 先輩! 手……そろそろ」
そう言ったとき、頭上でチャイムが鳴った。
「あああ……授業が……」
「ちょうどいいだろ。これで誰にも邪魔されずゆっくりシャワー浴びられる」
え。
そこで僕は思わず立ち止まる。
僕は先輩に好きと言った。先輩も僕を好きと言ってくれた。俺の恋人になってほしいと言われて頷いた。
これって付き合ってる、ってこと? その付き合いたての人とシャワーって……。
「ちょ! ちょ! 無理です!」
「なにが無理?」
「いや、あの、だって」
真っ赤になっている間にプールが見えてくる。プールの脇にある建物が更衣室とシャワールームだ。中に入り、シャワールーム脇の更衣室のドアを開けたところで先輩が振り返った。
「いや? 俺と入るの」
「い、い、嫌じゃない、けど! でもその……」
「よかった」
……この人はいちいちほっとした顔をする。普段はめちゃくちゃ真顔で凝視してくるし、表情筋の動きも活発じゃないのに。
そんなこの人のふわっと緊張が緩む瞬間の顔が僕は思った以上に好きなんだと今初めて気が付いた。
ただ、それとこれとは話が別で。
「その、恥ずかしいのでできるだけこっち見ないでいてもらえると」
「心配しないでも触ったりしないよ。まだ」
「まだってなに?!」
のけぞる僕を見てくすくすと先輩が笑う。
……ああ、その笑顔、めっちゃいい。
「仕方ない。いいよ。見ない。でもその代わりさ」
ぽやんとしている僕に先輩がついと顔を寄せてくる。自分の臭いが気になって後ずさろうとするけれど、手を引っ張られてできない。おろおろする僕を覗き込み、先輩がそっと囁いた。
「恋人としてお願いがある。いい?」
「な、な、んですか?」
恋人として?!
だめだ。赤くなっちゃう。もしかしてまたキス、されちゃったりする、のかな。
近すぎる距離にどきどきする僕の耳に落ちてくる。先輩の深い、声が。
「藤野のメッセのID、教えて」
「……え」
ぽかんとした僕の顔を見て、先輩がぷっと吹き出した。
「なに想像してんの」
「い、い、いや! なにも想像、してない、ですから!」
あああ、もう,恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……!
「なんで、急にID……」
「藤野のこともっと、もっと知りたいから。それと」
掴まれていた手がくいっと引き寄せられる。
「会いたいって藤野が思ってくれたとき、いつでも駆けつけられるようにしたかったから」
……ああ、もう。
……この人には会いたいときに会いたいって言っていいんだ。
胸が、いっぱいで、たまらない。
とっさに一歩近づいて先輩の胸に額を押し当てると、先輩の胸の中で心臓がとくん、と鳴くのが聞こえた。
大きな手が濡れた髪をそっと梳く。優しいその手つきにうっとりと目を閉じる。
「藤野」
「はい」
「ごめん。やっぱ、見ないの無理かも」
「えええ!」
声を上げる僕の頭を胸に抱え込みながら先輩が笑う。笑みの振動に揺れる胸の中で赤くなりながら僕はそっと先輩の胸元を掴む。
僕を、僕として認めてくれる場所。初めての場所に口づけるように僕は先輩の胸元に唇を寄せた。



