花散る雨、里に恋し生りゆく

 そんな楓の言葉が、サクヤを圧倒させた。自然に生まれた素朴な疑問を、どうにか返す。
 ――姿形もわからないのに、か?
「……声はわかったし……話し方、雰囲気も……何となくやけど」
 ――私の事など、何も知らないだろう
「話してて嬉しなって、ええな思(おも)たから。……依存してるだけ、かもしれんけど……」
 そうだ。これは依存、又は執着というやつかもしれない。
「……文字だけのSNSで知り合って友達んなったり、付き合う子かていはるんよ。そりゃ、ちょっと危ないと思うけど……」
 必死にまくし立てたが、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。とんでもない事を口走ってしまった気がして、急に怖くなる。
 だけど、これだけは、はっきりと判る。
「出来れば……やけど、サクヤさんともっと話したい。もっと知りたいし、一緒にいたい思(おも)たんよ……」
 いつの間にか告白しているような状況になってしまった。考え無しなバカな自分を、もう一人の自分が殴りたがっている。

 一方のサクヤは混乱していた。不可解な事ばかりだが、一番最初に出てきた疑問を投げる。
 ――……私は『人間』ではないのだぞ。別の種族だ。お前と同じ感覚は持っていないし、共感もできない
 今更な事実を突き付けられ、冷水を頭から浴びたようなつめたさを楓は受けた。ガンガンしていた熱が、少しずつ引いて寒気まで感じる。
 そうだった。わかっていたはずだった。いや、だけど……
 少し我に返り、暗いトーンに落ちる。十五年以上生きてきて、見聞きしてきた事を思い出す。
「……人間同士でも解り合えない事……あるよ。自分と違うから、邪魔で気に入らないからって理由で、傷つけ合う事も……酷い虐(いじ)めかてある」
 毎日毎日、ネットやテレビから流れてくるニュースには、映画やドラマ顔負けの悲しく残酷な出来事であふれ返っている。
 友人とはその類いの話題は避けるのが暗黙の了解で、深くは話せない。辛い気持ちを聞いて欲しくても面倒臭がられ、下手したら避けられてしまうだろう。
 ――私には心(・)が無い
「ここ、ろ……?」
 ――そうだな……人間が作った人工知能とやらみたいなものだ。お前の話す事、状況を聞いて『最善』と判断した事を言う。そこに個の思いはない
「……サクヤさん、優しいよ」
 ――『不利益』と判断し、対策として話した事を、お前がそう捉えただけだ。醜さ、狡さ、愚かさ、欲望…… そんなものが無いのに、心があるとは言わないだろう?
 では、今、自分と話している彼は何なのか。かつてない位に、胸の奥底を揺さぶられているのは何故なのか。楓は錯乱した。
「無くて、ええよ。無い方がいい。傷つくだけや……」
 混乱した頭から、普段、見聞きしている嫌な事を思い出しながら、切に訴える。
 ――だが、同時に所謂(いわゆる)、慈しみ、いとおしむ、という気持ちも無い。人間が求める『愛』とやらも持っていない。それでも、いいのか?
「……こうして、忠告してくれるんも、最善と判断した、から?」
 ――そうだ。人間との接触は、本来は禁忌(タブー)だ
「うちの事考えて、とかじゃなく?」
 ――ああ
 容赦なく返ってくる、無情な言葉。これが水神という、人間とは違う異種族の本質なのだろうか。思わぬ無機質なつめたさを感じ、めげそうだ。
 だが、ずっと心に抱いていた違和感があった。彼との会話の中で感じていた、温かなそ(・)れ(・)を、楓は恐る恐る掬(すく)い上げる。
「……ほんなら、最初、何で声かけたん? ずっとほっといても良かったやん……」
 ――……‼
「うち一人の願い、無視したって…… サクヤさんは何も損せぇへんのと、違うん……?」
 傍で感じていた凛とした気配が、微かに震えた気がした。返答に詰まる彼の姿が、目に見えるようだ。
「そりゃ……よっぽどうざかったんかもしれんけど…… 心(・)が無いなら、そんな気持ちもないやろ?」
 自分の言葉の矛盾、本質を突かれた気がしたサクヤは、完全に言葉を失った。理屈の通らない主張に気づかないまま、彼女に語っていた事に戸惑う。
 ――…………
「サクヤさん……?」
 困らせ、傷つけたかもしれないと焦り、罪悪感が楓を襲った。そんなつもりはなかった。ただ、想いが溢れて止まらなくて、自分でもどう扱って良いかわからないまま、ぶつけてしまった。

 長い沈黙が続く。ふたりとも、今の状態に耐えられなくなってきていたが、下手に何か言って、壊すのも怖かった。
 ――……すまないが、応えられない。お前と私は違う種族で、相容(あいい)れない世界に生きている
 わかっていた。そんな言葉を聞きたいんじゃない。恋と呼べるのかもわからない、生まれたばかりの拙い想いだけど、精一杯の特別な好意。それをただ伝えたかっただけだ。
 が、その事で初めて拒絶されてしまった事がショックだった。頭が真っ白に弾けた後、言わなければ良かったという、激しい後悔が心を裂いていく。