それでも、本当の気持ちどころか考えを話して、引かれる方が怖い。
そもそも、自身が見聞きするもの全てに、楓は慣れない。彼女にとって、この世界は何かと煩くて、騒がし過ぎるのだ。地元を出たら変わるのだろうかとも考えたが、この町自体は嫌いでない……
好きだからこそ、辛かった。この世全てにフラれたようで、悲しかった。
少し複雑な思考が過ったが、神らしく先達者として説き、慰めるようにサクヤは語る。
――世界は、お前が思っている以上に、ずっと広い。良くも悪くも、様々な人間がいる。なるべく居心地良くいられる場所を探せばいい。今は、そのために知識と力をつけろ
「……なん、よ。急に……」
予想外のサクヤの激励の言葉。揺さぶられた心に連動し、楓の眼から、熱い滴が零れた。そんな様子を見守るように、サクヤは静かに黙っている。
端から見たら、女子高生がぶつぶつ呟きながら、一人泣いている怪しい光景に見えるだろう。ここに人が来ない事を、今はありがたく思った。
暫く経ち、治っていなかった傷の痛みがじわじわ、とひいた頃。少し落ち着きを取り戻した楓は、零れた涙の勢いで今の素直な思いを口にした。
「見たいな……」
――え?
「サクヤさんが、どんな姿でここで生きてるのか……見て、話したい。……あかん?」
姿が見えない自分に、真剣な眼差しで願う様子に、サクヤは言葉を失った。多少の陰を落としても、この眼は、あの頃と変わらない。
一瞬の間が空き、生ぬるい夜風がすうっ、と吹き抜ける。
――悪いが、無理だ。本来なら声をかけるのも禁忌だ。お前みたいな人間だから、お上も大目に見てくれてる
彼女の予想外の願いに内心戸惑ったが、覚られないよう、サクヤは動揺を努め抑え、断る。
「……そ、か」
返ってくる答えを、楓は予想していた。が、はっきり言葉で聞いてしまうと、やはり悲しくなる。人間でなくていいから、せめて、相談できる先生みたいな感じなら……と思っていた。
――……期待している容姿じゃないかもしれないぞ。やめておけ
明らかに残念そうな楓をからかいながらもハッパかけるように、サクヤは少し距離をつくる。
彼のそんな思惑には気づかず、ぷは、と楓は不器用に吹き出した。和装のあやかしキャラの風貌をイメージしていたのだ。
「……案外、普通なん?」
――普通?
無意識に口元を抑え、軽く笑いをこらえながら問いかける。こんな仕草をするのはかなり久しぶりな事に、心のどこかで戸惑い、驚く。
「水神様なら、まんま龍、とか……」
――実体というものは、基本的に無い。力を使う時にも必要ないから、欲しいとも思わない。昔、龍に見えたと言った人間がいたのだろうが…… ずっと夢を壊していて……悪いな
急にしおらしく詫びる彼が可笑しくなり、はは、と力無げにまた笑う。こんな風に安心とセットで、『たのしい』なんて思えたのは、いつぶりだろう……
「ええよ。うちが勝手に妄想してただけやし……」
そんな彼女が視界に映った瞬間、実体の無いサクヤの内が、妙にざわつき出した。話しているうち、得体の知れないものが自意識の中で蠢き始めている、という異常事態に彼はずっと気づいていた。
「……桜は、ほんま哀しいけど……もう少ししたら、ツツジとか菖蒲が咲くし、アジサイとか。しとしと降る雨は、結構好きやしね。草や土の匂いも強なる。蒸すんは嫌やけど」
突然、水を得た魚のように生き生きと語り始める。サクヤはまた少し驚いたが、彼女の話の魅力が理解できない。人間と同じ感覚が、彼ら天上の者には無いのだ。
「あ、そうや。水の匂いもすごい好きなんよ」
無言のままの彼に、楓は我に返り、心配になった。調子に乗って喋り過ぎた、と自省する。
「ゴメン……気に触った? うるさかったな」
――いや、水を好いてくれるのは有難い。だが、その『匂い』というものが、私にはわからない
「そう、なん……?」
水を司る神様なのに、水の良さがわからないなんて信じられなかった。
――天上の者と人間は、基本的に感じ方が違う。視界に姿形が映ったり、音が聞こえたりはするが、匂いや触感までは得られない
「そっか…… 水って触るとすごく気持ちいいし、みずみずしい匂い、ちゃんとするんよ? 犬並みの鼻やなって、子供ん時いじられたけど」
――自分の事、ちゃんと話せるじゃないか
「……サクヤさんやから、よ」
そう。彼だから何でも話せるのだ。聞いてほしい事も、好きな事も……祖母のことも。
さあっ、とゆるやかな夜風が吹いた。初めて感じる、切なくも高揚した想いが心に芽生えた事に、楓も気づいた。
自分が怖くなり、急に気まずくなる。隠れたいような、逃げ出したいような、永遠にこの場に居たいような、矛盾した様々な感情がミックスしている。
そもそも、自身が見聞きするもの全てに、楓は慣れない。彼女にとって、この世界は何かと煩くて、騒がし過ぎるのだ。地元を出たら変わるのだろうかとも考えたが、この町自体は嫌いでない……
好きだからこそ、辛かった。この世全てにフラれたようで、悲しかった。
少し複雑な思考が過ったが、神らしく先達者として説き、慰めるようにサクヤは語る。
――世界は、お前が思っている以上に、ずっと広い。良くも悪くも、様々な人間がいる。なるべく居心地良くいられる場所を探せばいい。今は、そのために知識と力をつけろ
「……なん、よ。急に……」
予想外のサクヤの激励の言葉。揺さぶられた心に連動し、楓の眼から、熱い滴が零れた。そんな様子を見守るように、サクヤは静かに黙っている。
端から見たら、女子高生がぶつぶつ呟きながら、一人泣いている怪しい光景に見えるだろう。ここに人が来ない事を、今はありがたく思った。
暫く経ち、治っていなかった傷の痛みがじわじわ、とひいた頃。少し落ち着きを取り戻した楓は、零れた涙の勢いで今の素直な思いを口にした。
「見たいな……」
――え?
「サクヤさんが、どんな姿でここで生きてるのか……見て、話したい。……あかん?」
姿が見えない自分に、真剣な眼差しで願う様子に、サクヤは言葉を失った。多少の陰を落としても、この眼は、あの頃と変わらない。
一瞬の間が空き、生ぬるい夜風がすうっ、と吹き抜ける。
――悪いが、無理だ。本来なら声をかけるのも禁忌だ。お前みたいな人間だから、お上も大目に見てくれてる
彼女の予想外の願いに内心戸惑ったが、覚られないよう、サクヤは動揺を努め抑え、断る。
「……そ、か」
返ってくる答えを、楓は予想していた。が、はっきり言葉で聞いてしまうと、やはり悲しくなる。人間でなくていいから、せめて、相談できる先生みたいな感じなら……と思っていた。
――……期待している容姿じゃないかもしれないぞ。やめておけ
明らかに残念そうな楓をからかいながらもハッパかけるように、サクヤは少し距離をつくる。
彼のそんな思惑には気づかず、ぷは、と楓は不器用に吹き出した。和装のあやかしキャラの風貌をイメージしていたのだ。
「……案外、普通なん?」
――普通?
無意識に口元を抑え、軽く笑いをこらえながら問いかける。こんな仕草をするのはかなり久しぶりな事に、心のどこかで戸惑い、驚く。
「水神様なら、まんま龍、とか……」
――実体というものは、基本的に無い。力を使う時にも必要ないから、欲しいとも思わない。昔、龍に見えたと言った人間がいたのだろうが…… ずっと夢を壊していて……悪いな
急にしおらしく詫びる彼が可笑しくなり、はは、と力無げにまた笑う。こんな風に安心とセットで、『たのしい』なんて思えたのは、いつぶりだろう……
「ええよ。うちが勝手に妄想してただけやし……」
そんな彼女が視界に映った瞬間、実体の無いサクヤの内が、妙にざわつき出した。話しているうち、得体の知れないものが自意識の中で蠢き始めている、という異常事態に彼はずっと気づいていた。
「……桜は、ほんま哀しいけど……もう少ししたら、ツツジとか菖蒲が咲くし、アジサイとか。しとしと降る雨は、結構好きやしね。草や土の匂いも強なる。蒸すんは嫌やけど」
突然、水を得た魚のように生き生きと語り始める。サクヤはまた少し驚いたが、彼女の話の魅力が理解できない。人間と同じ感覚が、彼ら天上の者には無いのだ。
「あ、そうや。水の匂いもすごい好きなんよ」
無言のままの彼に、楓は我に返り、心配になった。調子に乗って喋り過ぎた、と自省する。
「ゴメン……気に触った? うるさかったな」
――いや、水を好いてくれるのは有難い。だが、その『匂い』というものが、私にはわからない
「そう、なん……?」
水を司る神様なのに、水の良さがわからないなんて信じられなかった。
――天上の者と人間は、基本的に感じ方が違う。視界に姿形が映ったり、音が聞こえたりはするが、匂いや触感までは得られない
「そっか…… 水って触るとすごく気持ちいいし、みずみずしい匂い、ちゃんとするんよ? 犬並みの鼻やなって、子供ん時いじられたけど」
――自分の事、ちゃんと話せるじゃないか
「……サクヤさんやから、よ」
そう。彼だから何でも話せるのだ。聞いてほしい事も、好きな事も……祖母のことも。
さあっ、とゆるやかな夜風が吹いた。初めて感じる、切なくも高揚した想いが心に芽生えた事に、楓も気づいた。
自分が怖くなり、急に気まずくなる。隠れたいような、逃げ出したいような、永遠にこの場に居たいような、矛盾した様々な感情がミックスしている。



