翌日。
昼休みになると、さっと弁当を食べ終えて中庭へ移動する。
咲夜と樹原は三年生で同じクラス。
教室は、一般入試を控えたクラスメイト達が静かに勉強をしている。
少しの物音でも許されないし、物音を出したのが進路が決まっている生徒となれば針の筵。
「なー。今日カラオケ行かね?」
中庭のベンチに座ってスマホをいじっていると、何となく空を見上げていた樹原がそう投げてきた。
「バイト休みなのに、出かけるのな」
スマホに視線を落としたまま、答える。
正直、今日は家に帰ってゆっくりしたい――そう思っていたからだ。
「休みだからこそ、だろ。なー、いいだろー?」
「ん-……まぁ」
曖昧に返事をすると、同意と捉えたようで樹原はぱぁっと表情を明るくする。
「やった! 気軽に誘えるの大木だけだからな。てか、喉乾いた。自販機行かね?」
「おー」
いじっていたスマホをポケットに入れると、ベンチから立ち上がり二人で自販機まで移動した。
「どれにしよ」
ついでについてきた咲夜が温かいお茶を買っている横で、樹原は色々な種類の飲み物に目移りさせる。
「喉乾いたんならお茶でいいんじゃね?」
「いやー金出して買うわけだし、お茶はなぁ……あ、これ美味そう」
新発売と表記のある紙パックのジュースにようやく決めたようで、樹原はポケットから財布を取り出した。
「あ、小銭が…悪い大木。カラオケで返すから百円貸してくんね?」
「あー、おっけー」
小銭がないのを確認して、何気なく返事すると背後から大きなため息が聞こえた。
「俺らは一般入試があるってのに、良いよな。楽して進路を決めた奴らは」
同じクラスの小林が聞こえるように嫌味を言ってきた。
(楽って――まぁ、いいや。いつものことだし)
小林の言葉にイラっとしたものの、聞こえてないフリをして財布から百円を取り出した。
樹原に渡そうとしたけれど、彼の視線は既に小林に向いていた。
「は? 何?」
樹原が鋭く睨みつける。
しかし、そんな彼の視線に怯むことなく小林は口を開いた。
「他の奴らが必死にやってる中で、遊びに行くんだろ? だから言ったんだけど」
「楽ってなんだよ。俺らだって――」
二人が凄み、表情が険しくなっていく。
樹原の言葉を、小林がフッと鼻で笑って遮った。
「お前は就職だろ? 大木は指定校推薦。それに、お前は就職しかできない家、なんだろ?」
「っ! テメェ!」
小林が樹原の家庭環境を匂わせる発言をすると、胸倉に掴みかかる。
「おい、樹原っ」
小林に掴みかかる樹原の手を振り払おうとした。
就職が決まった今、小林を殴ったりすれば就職が閉ざされる。
大きな騒動になる前に、そう思っていたら「あの」と小林の後ろから声が聞こえた。
「お茶買いたいんで、退いてもらえませんか。自販機の前でそういうことされると迷惑なので」
空気をぶった切るように口を開いたのは、小柄な男。
ネクタイが、赤いということは一年生だ。
「あ、あぁ…」
「どうも」
頭に血が上っていた樹原がパッと小林から手を離してサッと一歩下がる。
咲夜も樹原も、小林までその小柄な男子に視線を向けた。
(コイツ…小松クン…?)
どこかで聞き覚えのある声だったが、思い出せなかった。
昨日しか会った事がないからだ。
それに、見た目が違う。
目が小さく見える度のきつい眼鏡ではなく、コンタクト。
そして、髪もきちんと整えられている。
しかし、空気を読まず、第一ボタンをしっかりととめて、ネクタイをきちんと締めている姿は――学校でも変わらないのだと分かった。
温かいお茶を選ぶと、くるりと振り返り小林を見て初は目を丸くする。
「あれ。まだいたんですか」
「は?」
初の言葉に、小林の眉がぴくりと動く。
「さっき、こっちの先輩に指定校とか就職が楽だって言ってたから、自分はどれほど忙しいと思ったんですけど。こんなところで油を売る暇はあるんですね」
全く悪気ない様子で毒を吐く様子に、咲夜は目をまん丸にした。
「は? なんだと……お前、一年のくせに先輩への口の利き方知らないわけ?」
明らかにイラつき始めた小林に、初は言葉を続けた。
「口の利き方は知りませんけど、指定校推薦を取るには、一年生の頃から定期考査や評定を意識して成績を取らないといけないので、決して楽ではないというのは知っています」
「コイツ……!」
今度は小林が初に掴みかかろうとした瞬間。
その手を咲夜が掴んだ。
(あ、やば……)
考えるよりも先に動いてしまい、咲夜がハッとした。
けれど、何事もなかったかのようにへらっと笑った。
「悪い、小林。コイツ、俺の後輩。あとでちゃんと言っとくから。お前も何か買いに来たんだろ? おごるから許してやってよ。な?」
小林に肩を組み、「どれ?」と聞いて飲み物を決めさせ、奢ると手をひらひらと動かして追い返した。
「お前、すげぇな! よく言った!」
樹原が、初にキラキラと目を輝かせる。
初は少し困ったように「はぁ……」と返した。
「でも、あんなこと言ったら喧嘩になるだろ――小松クン」
そう言って、初に軽く手刀を下した。
「小松……? えっ!? 昨日の!?」
樹原が咲夜の言葉に目を見開いた。
どうやら気づいていなかったようだ。
しかし、名を呼ばれた初は頭を軽く押さえて不思議そうに首を傾げていた。
「昨日……? えっと……?」
初も分かっていないようで、咲夜は苦笑した。
「キミ、昨日ファミレスのバイトに来ただろ? 俺、教育係」
咲夜は自分を指さしてそう言うと、初は「あっ……」と思い出したようで声を漏らした。
「でも、俺――間違えたことを言ったつもりはありません。進路に、指定校推薦も視野に入れてますから」
「へぇ。一年生でちゃんと進路のこと考えてるんだ」
うんうんと頷き、へらっと笑いながら話を聞いた。
(俺と同じかよ)
咲夜も初と同じように、進路の選択肢の一つとして指定校推薦を見据えていた。
そのため、一年生の頃からバイトと両立しながら、定期考査では点数を落とさず、評定も意識してきた。
高校生バイトが多いファミレスは、テスト前でも、バイトを絶対に休めるという保証はなかった。
もしもの時のために、テスト前だけでなく日頃から勉強をしていた。
出席日数も無遅刻無欠席で、提出物もきちんと出している。
指定校推薦を勝ち取るまで、咲夜は一瞬たりとも力を抜けなかった。
「言い方はあれだけど、うん、ありがとな――初」
手刀を下した頭に手を乗せると、わしゃわしゃと髪を乱した。
「名前……」
「名前? ……あっ」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す初に、小首を傾げた咲夜がしばし考えるとハッとした。
(俺、名前で呼んだわ。今まで小松クンって言ってたのに――昨日、樹原が初、初って女の子だと思って呼んでたのが移った、か……?)
自然と口にしてしまい、一瞬動きが止まったが、いつもと変わらない笑みを浮かべた。
「あ、ごめん。初って言いやすくて、つい。嫌だったら小松クンって呼ぶけど」
妙に気まずくなり、咲夜はいつもの笑みを崩さないようにした。
「いえ、嫌とかじゃなくて。俺の名前、知ってるんだ、って」
意外な返しに「ぶはっ」と思わず吹き出した。
「ごめん、知ってるよ。言ったじゃん。俺、教育係って」
「たしかに……俺も名前で呼んだ方がいいですか? 咲夜先輩って」
話をするために目を合わせる初だが、身長差があり、自然と上目遣いになる。
眼鏡をかけていない初の目は大きくて、吸い込まれそうだった。
「――別に。初から呼ばれるのは、どっちでもいいけど」
何となく気まずくて、わしゃわしゃっと雑に髪を乱して視線を外させた。
「分かりました。それでは、合わせます――咲夜先輩」
「おう。じゃあ、またバイトで」
髪からパッと手を離せば、ヒラヒラと手を振って歩きだした。
その後ろを樹原がついて行く。
(意外と可愛い奴かもな――ん? 可愛い? なんでだよ、アイツ男だぞ)
自分の中に芽生えた感情に、咲夜は首を傾げた。
「言いやすくて初、ねぇ。なぁ、俺はお前からずっと苗字で呼ばれてんだけど?」
「お前の名前は呼びにくい」
「なんでだよ」
そんな話をしながら、中庭のベンチへと戻った。
昼休みになると、さっと弁当を食べ終えて中庭へ移動する。
咲夜と樹原は三年生で同じクラス。
教室は、一般入試を控えたクラスメイト達が静かに勉強をしている。
少しの物音でも許されないし、物音を出したのが進路が決まっている生徒となれば針の筵。
「なー。今日カラオケ行かね?」
中庭のベンチに座ってスマホをいじっていると、何となく空を見上げていた樹原がそう投げてきた。
「バイト休みなのに、出かけるのな」
スマホに視線を落としたまま、答える。
正直、今日は家に帰ってゆっくりしたい――そう思っていたからだ。
「休みだからこそ、だろ。なー、いいだろー?」
「ん-……まぁ」
曖昧に返事をすると、同意と捉えたようで樹原はぱぁっと表情を明るくする。
「やった! 気軽に誘えるの大木だけだからな。てか、喉乾いた。自販機行かね?」
「おー」
いじっていたスマホをポケットに入れると、ベンチから立ち上がり二人で自販機まで移動した。
「どれにしよ」
ついでについてきた咲夜が温かいお茶を買っている横で、樹原は色々な種類の飲み物に目移りさせる。
「喉乾いたんならお茶でいいんじゃね?」
「いやー金出して買うわけだし、お茶はなぁ……あ、これ美味そう」
新発売と表記のある紙パックのジュースにようやく決めたようで、樹原はポケットから財布を取り出した。
「あ、小銭が…悪い大木。カラオケで返すから百円貸してくんね?」
「あー、おっけー」
小銭がないのを確認して、何気なく返事すると背後から大きなため息が聞こえた。
「俺らは一般入試があるってのに、良いよな。楽して進路を決めた奴らは」
同じクラスの小林が聞こえるように嫌味を言ってきた。
(楽って――まぁ、いいや。いつものことだし)
小林の言葉にイラっとしたものの、聞こえてないフリをして財布から百円を取り出した。
樹原に渡そうとしたけれど、彼の視線は既に小林に向いていた。
「は? 何?」
樹原が鋭く睨みつける。
しかし、そんな彼の視線に怯むことなく小林は口を開いた。
「他の奴らが必死にやってる中で、遊びに行くんだろ? だから言ったんだけど」
「楽ってなんだよ。俺らだって――」
二人が凄み、表情が険しくなっていく。
樹原の言葉を、小林がフッと鼻で笑って遮った。
「お前は就職だろ? 大木は指定校推薦。それに、お前は就職しかできない家、なんだろ?」
「っ! テメェ!」
小林が樹原の家庭環境を匂わせる発言をすると、胸倉に掴みかかる。
「おい、樹原っ」
小林に掴みかかる樹原の手を振り払おうとした。
就職が決まった今、小林を殴ったりすれば就職が閉ざされる。
大きな騒動になる前に、そう思っていたら「あの」と小林の後ろから声が聞こえた。
「お茶買いたいんで、退いてもらえませんか。自販機の前でそういうことされると迷惑なので」
空気をぶった切るように口を開いたのは、小柄な男。
ネクタイが、赤いということは一年生だ。
「あ、あぁ…」
「どうも」
頭に血が上っていた樹原がパッと小林から手を離してサッと一歩下がる。
咲夜も樹原も、小林までその小柄な男子に視線を向けた。
(コイツ…小松クン…?)
どこかで聞き覚えのある声だったが、思い出せなかった。
昨日しか会った事がないからだ。
それに、見た目が違う。
目が小さく見える度のきつい眼鏡ではなく、コンタクト。
そして、髪もきちんと整えられている。
しかし、空気を読まず、第一ボタンをしっかりととめて、ネクタイをきちんと締めている姿は――学校でも変わらないのだと分かった。
温かいお茶を選ぶと、くるりと振り返り小林を見て初は目を丸くする。
「あれ。まだいたんですか」
「は?」
初の言葉に、小林の眉がぴくりと動く。
「さっき、こっちの先輩に指定校とか就職が楽だって言ってたから、自分はどれほど忙しいと思ったんですけど。こんなところで油を売る暇はあるんですね」
全く悪気ない様子で毒を吐く様子に、咲夜は目をまん丸にした。
「は? なんだと……お前、一年のくせに先輩への口の利き方知らないわけ?」
明らかにイラつき始めた小林に、初は言葉を続けた。
「口の利き方は知りませんけど、指定校推薦を取るには、一年生の頃から定期考査や評定を意識して成績を取らないといけないので、決して楽ではないというのは知っています」
「コイツ……!」
今度は小林が初に掴みかかろうとした瞬間。
その手を咲夜が掴んだ。
(あ、やば……)
考えるよりも先に動いてしまい、咲夜がハッとした。
けれど、何事もなかったかのようにへらっと笑った。
「悪い、小林。コイツ、俺の後輩。あとでちゃんと言っとくから。お前も何か買いに来たんだろ? おごるから許してやってよ。な?」
小林に肩を組み、「どれ?」と聞いて飲み物を決めさせ、奢ると手をひらひらと動かして追い返した。
「お前、すげぇな! よく言った!」
樹原が、初にキラキラと目を輝かせる。
初は少し困ったように「はぁ……」と返した。
「でも、あんなこと言ったら喧嘩になるだろ――小松クン」
そう言って、初に軽く手刀を下した。
「小松……? えっ!? 昨日の!?」
樹原が咲夜の言葉に目を見開いた。
どうやら気づいていなかったようだ。
しかし、名を呼ばれた初は頭を軽く押さえて不思議そうに首を傾げていた。
「昨日……? えっと……?」
初も分かっていないようで、咲夜は苦笑した。
「キミ、昨日ファミレスのバイトに来ただろ? 俺、教育係」
咲夜は自分を指さしてそう言うと、初は「あっ……」と思い出したようで声を漏らした。
「でも、俺――間違えたことを言ったつもりはありません。進路に、指定校推薦も視野に入れてますから」
「へぇ。一年生でちゃんと進路のこと考えてるんだ」
うんうんと頷き、へらっと笑いながら話を聞いた。
(俺と同じかよ)
咲夜も初と同じように、進路の選択肢の一つとして指定校推薦を見据えていた。
そのため、一年生の頃からバイトと両立しながら、定期考査では点数を落とさず、評定も意識してきた。
高校生バイトが多いファミレスは、テスト前でも、バイトを絶対に休めるという保証はなかった。
もしもの時のために、テスト前だけでなく日頃から勉強をしていた。
出席日数も無遅刻無欠席で、提出物もきちんと出している。
指定校推薦を勝ち取るまで、咲夜は一瞬たりとも力を抜けなかった。
「言い方はあれだけど、うん、ありがとな――初」
手刀を下した頭に手を乗せると、わしゃわしゃと髪を乱した。
「名前……」
「名前? ……あっ」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す初に、小首を傾げた咲夜がしばし考えるとハッとした。
(俺、名前で呼んだわ。今まで小松クンって言ってたのに――昨日、樹原が初、初って女の子だと思って呼んでたのが移った、か……?)
自然と口にしてしまい、一瞬動きが止まったが、いつもと変わらない笑みを浮かべた。
「あ、ごめん。初って言いやすくて、つい。嫌だったら小松クンって呼ぶけど」
妙に気まずくなり、咲夜はいつもの笑みを崩さないようにした。
「いえ、嫌とかじゃなくて。俺の名前、知ってるんだ、って」
意外な返しに「ぶはっ」と思わず吹き出した。
「ごめん、知ってるよ。言ったじゃん。俺、教育係って」
「たしかに……俺も名前で呼んだ方がいいですか? 咲夜先輩って」
話をするために目を合わせる初だが、身長差があり、自然と上目遣いになる。
眼鏡をかけていない初の目は大きくて、吸い込まれそうだった。
「――別に。初から呼ばれるのは、どっちでもいいけど」
何となく気まずくて、わしゃわしゃっと雑に髪を乱して視線を外させた。
「分かりました。それでは、合わせます――咲夜先輩」
「おう。じゃあ、またバイトで」
髪からパッと手を離せば、ヒラヒラと手を振って歩きだした。
その後ろを樹原がついて行く。
(意外と可愛い奴かもな――ん? 可愛い? なんでだよ、アイツ男だぞ)
自分の中に芽生えた感情に、咲夜は首を傾げた。
「言いやすくて初、ねぇ。なぁ、俺はお前からずっと苗字で呼ばれてんだけど?」
「お前の名前は呼びにくい」
「なんでだよ」
そんな話をしながら、中庭のベンチへと戻った。

