ほんわかさん


「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。

くるしい、くるしい。
人生って、ほんとうに 
くるしい の れんぞくですよね。

さて ここでひとつ まほうのことばがあります
くるしい のまえに “あい” をつけてみてください

あいくるしい

なんとまぁ 可愛らしいことばにかわりました。
あい って、まほうのことばですよね

「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?

~そんなあなたも とっても素敵~

***

東京の片隅、細い路地にぽつんと佇む「ほんわか堂」。
冷たい風の吹く午後、のれんがふわりと揺れました。

入ってきたのは、制服姿の少女。
肩からトートバッグをかけ、小さなキャリーケースを引いています。
そして、すこし不安げな目をしたその少女は、おそるおそる口を開きました。

「すみません……あの……ここって、なに屋さんですか?」

ほとりは、にっこりと微笑みました。

「ええと……ちょっとだけ、やわらかくなるお店です」

少女は、首をかしげながらも店内に入り、椅子に腰かけました。

「あわてているようだけど、だいじょうぶ?なんてお名前?」
「……わたし、全然平気なんで。ほんとに大丈夫です。それに知らない人に名乗ってはいけないってママに言われているので!でも、お姉さん良い人そうだから教えるね!」

そう言いながらも、彼女の手は少し震えていました。

***

名前は、ハルカ。
高校三年生。
地方から受験で上京してきたばかりです。
ところが、宿の手配がうまくいかず、歩き疲れてこの店にたどり着いたそうです。

「ママには、ちゃんとホテルに着いたって送ったし。……だから、ほんとに、ぜんぜん平気」

そう言いながら、スマホの画面を伏せるようにした彼女に、ほとりは、あたたかい湯気の立つ湯飲みを差し出しました。

「今日のお茶は、“つよがりさん”に出すお茶です」

ハルカは、ふっと息をのみ、そして小さく笑いました。

「……そういうの、ずるいですね」

やがて、目の端から、涙がつーっとこぼれました。

「……ほんとは、ちょっとだけ、こわくなって」

その時、店ののれんが、ふたたび揺れました。

「……ハルカ!」

あわてたように駆け込んできたのは、ハルカのお母さん。
心配で夜行バスに飛び乗り、娘の居場所を探して来たのだと言います。

「もう!なんで来るのよ!大丈夫だって言ったでしょ!っていうか、ママ、なんでここが分かったの?」
「それは、あなたが行きそうなところをたどって行ったら“たまたま”、あなたを見かけて」

(……本当はGPSで見つけたんだけど)

「もう、あたし一人でだいじょうぶなのに」

声を荒げたハルカの目にも、安堵がにじんでいました。

ほとりは、そっと小さなはこを棚から取り出し、白いマシュマロを一つ、懐紙の上に置きました。

「今のあなたに、ぴったりのおくり物です」
「……お菓子?……これ、食べていいんですか?」
「どうぞ」

そして懐紙のよこわきに、手書きのことばが添えてありました。

『そんなあなたも とっても素敵』

ハルカは、それを見て、泣き笑いになりました。

「……わたし、本当は、ちょっとだけ不安だった。でも、今は……大丈夫」

そして、少し照れながらぼそっと言いました。

「ママ……ありがとう……」

***

帰りぎわ。

「(小声)ほら、ハルカ、ちゃんと聞きなさい」
「あ、あのお姉さん、御代って、いくらですか?」
(御代って言ったわ……ママ、ちょっと、泣きそう)

ほとりは、湯飲みを洗いながら言いました。

「このお店では、“ありがとう帳”にお気持ちを書いてもらうだけでいいんですよ」

母と娘は、並んでその帳面を開きました。
ハルカは、ていねいにペンを動かしながらつぶやきました。

「“ありがとう”って、思ってたより、あたたかい字ですね」

のれんがまた、ふわりと揺れました。

***

ありがとう帳には、こう記されていました。

ハルカ 『だいじょうぶ。そう言える私になれて……ちょっとうれしいです。』
ママ 『まだまだ心配です(笑)テクノロジーに感謝♡』

***

店内には、マシュマロのやさしくて、ちょっと甘い、なみだの香りが残っていました。
ほとりは、ぽつりとつぶやきます。

「今日もひとつ、“つよがり”が溶けました」

【おくり物】
真っ白なマシュマロ
懐紙に添えたメッセージ:
『そんなあなたも とっても素敵』

**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**