ほんわかさん


「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。

人生って、いろんな事のれんぞくですよね。
たのしいこともあれば、そうでない事もたくさんあります。
わたしには、それを変えることはできないけれど
すこしだけよくするために

「おくり物」をひとつお渡しします。
よかったら受け取ってみませんか?

「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?

~ふたりの時差~

ほんわか堂ののれんが、風にふわりと揺れました。
入ってきたのは、若い男女のカップル。
手をつないでいて、一見とても仲睦まじいふたりです。

「すてきなお店ですね」

そう言ったのは、女性のほう。
名はゆうこ。

「どこか落ち着くなぁ」

と笑ったのは、男性のなおき。

ふたりは付き合って三年。
何度も笑い合ってきたけれど、ふたりともずっと胸の奥に小さな罪悪感を抱えています。
どちらも小さなうそを抱えたままでした。
そのうそは、どちらも“年齢”についてのものでした。

***

「今日は、“おふたり”のお茶をご用意しています」

そう言って、ほとりはふたりにあたたかいお茶を出しました。

「ご相談などがあれば、お聞きしますが……」

そう尋ねると、ふたりは顔を見合わせ、ふっと笑いました。

「い、いえ、特には……」
「う、うん、特には……ね?」

どこかぎこちない空気。
ほとりは静かにうなずくと、ひとつ提案をします。

「少しだけ、別々にお話してみませんか?」

ゆうこは驚いた顔をしましたが、なおきが「いいね」と笑ったので、従うことにしました。

「それでは、おひとりずつ、個室でお話をききますね。」

***

まずは、なおき。

「……本当は、俺、年齢、ゆうこに嘘ついてて……4歳も逆にサバ読んでるんです」

彼は視線を落としながら言います。

「彼女と初めて会ったとき、ほんとに一目惚れで……年齢を聞いたら、自分より2つ上だった。でも、年齢なんて気にしないって言いたかったのに、自分の方が下だって知ったら、嫌われる気がして……」

ほとりは、何も言わず、ただうなずきました。

***

次に、ゆうこ。

「私……実は、4歳も、若く見せてたんです。彼と初めて会った時、すごく若くみえたから、合わせなきゃって……」
「ほんとは彼より2つ上。年齢がすべてじゃないって分かってるんです。でも、こわくて」

ほとりは、そっと、微笑みました。

***

ゆうこは、実年齢より4歳下だと偽っていました。
なおきより2歳年下の設定。
でも、本当は2歳上でした。

なおきも、ゆうこが言った年齢より自分が2歳下だったため、4歳上と偽っていました。
つまり、ふたりの間には、実に6歳の“時差”があったのです。

***

ふたりが再び並んで座ると、ほとりは“小さな置き時計”をふたりの間に置きました。

「この時計は、今の“あなたたち”の時間を刻むものです」

そう言って、やさしく手を添えます。
秒針が、静かにカチ、カチ、と音を立てました。

「おふたりだけの“時間”がはじまりますよ」

その音が、ふたりの沈黙を切り開くように響きます。

***

「……私、年齢、嘘ついてた」
「俺も、実は……逆にサバ読んでた」

言葉が重なり、ふたりは驚き、そして、笑いました。

「……え?」
「まさか、そっちも?」

照れながら、手をつなぎ直すふたり。

「ねえ、もう一回、ちゃんと自己紹介しようか」
「いいね。じゃあ……なおき、25歳。少し前までは、ずっと29歳でした。ゆうこさんに一目惚れしました」
「ゆうこ、31歳。実はあなたよりちょっとだけ、お姉さんです。でも今日が一番若い気がする」

ふたりは、改めて笑い合いました。
まるで、今までの悩みがうそのように。

「人と人の間には“時差”があるものです。でも、おふたりのように心が通えば、不思議と同じ時を刻みはじめるんですよ」

***

その日の夕暮れ。
ほんわか堂を出ていくふたりの背中は、来たときよりも、ほんの少しだけ近づいていました。

***

そのころ、ほんわか堂では──
ほとりが、いつものように急須を洗いながら、ぽつりとつぶやいていました。

「きょうも、だれかが すこし やわらかくなりますように」

【おくり物】
小さな置き時計
小さなメッセージカード:
「ほんとうの時間は、嘘の向こうにあるのです」

**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**