ほんわかさん


「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。

「はなれて」くらしていても いつかは「なれて」いくもの
急にそうなるのも つらいですよね?
すこしずつ ちょっとずつ
「はなれて」から「なれて」になっていけば
ちょうど良いきょりかんになると思うんです

「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?

~おやこばなれ~

***

「あの子、また未読だわ。既読になってもスルーだし。テクノロジーが便利過ぎるのも考えものね。一緒に住んでいた頃は、ママ、こんなに心配しなかったのに」

ハルカママは心配症です。

「ああん、もういてもたってもいられない。結局私から行くしかないのよね」

ハルカママは、上京する事にしました。

「そう言えば、あのお店、やっているかしら?」

***

「またママからだ。わざと未読にしてるのに、どんどん連投メールしてくる。ほんと心配症なんだから…既読だけしとくか。あ、やば、そろそろ行かなくちゃ」

返信もせずスマホを閉じました。ハルカは、いつもこんな感じです。

「あら、既読になったわ!」

ハルカママは、目を輝かせます。

「…早く返信来ないかしら。たぶんスルーだわ。ふふ、でも今回はそれでいいの。私内緒で東京に行っちゃうから…って言うかもう東京に来ちゃってるし。親しき仲にもサプライズありね!」

ハルカママは、いつになく余裕です。

「えーっと、たしか、この辺だったかしら?あれあれ?この地図アプリくるくるしちゃって全然起動しないわ…どうしましょう」

キョロキョロしているハルカママの目の前に、「ほんわか堂」があらわれました。

「あ、あったわ!」

***

ほんわか堂ののれんが、風にふわりと揺れました。

「いらっしゃいませ…あ、ハルカママさん!」
「その節はどうも」
「どうされたんですか?」
「たまたま近くまできたもので」

(たまたまじゃないけど)

「そうだったんですか」
「あの、お陰様で、ハルカがこの春に大学生になりました」
「それはおめでとうございます」
「ありがとうございます…あのハルカは、あの後お店には来ませんか?」
「いえ、あれ以来は来てませんね」
「そうですか…」
「何か浮かない顔してますね?お悩みですか?」
「…ええ」
「良かったらお聞かせ頂けますか?」

ハルカママは、堰を切ったように喋り始めました。

「大学入学当初は毎日の様に連絡があったんですが、このところあまり連絡が来なくなってしまって…忙しいのは分かっているんです。でも色々と聞きたくなってしまう」
「はい」
「最近は、メッセージ送っても、既読どころか未読スルーも多くなってしまって」
「もしかしてハルカママさん、返事来ないのに、連投メールしているんじゃないですか?」
「あ…」
「図星だったようですね」
「いけないのは分かっていても、つい送ってしまうのよね」
「気持ちはわかります」
「ずっと一緒にいたから、気になってしまって。今何やっているか?とか、授業どう?とか、アルバイトやっているの?とか、サークル入ったの?とか、新歓コンパでお酒飲んでないよね?とか、彼氏出来たの?とか、つい聞いてしまうんです」
「え?彼氏出来たんですか?」
「まだいないと思う。初めての一人暮らしで忙しくてそれどころじゃないみたい。たぶん…」
「そうですか。そういえば、今日はハルカさんと会う約束してるんですか?」
「え?いえ、連絡せず、いきなり来てしまいました」
「ふふ…ちょっとお待ちくださいね」

ほとりは、お茶を淹れました。

「ハルカママにお出しするお茶は、"落ち着くお茶"です」

ハルカママは、一口飲んでみました。

「なんかスーッとして、気分が落ち着きますね」

ほとりは、そっと小さなはこを棚から取り出し、紅いマシュマロを一つ、懐紙の上に置きました。

「ハルカママにぴったりのおくり物です」
「あら?紅いマシュマロ…これって?」
「ええ、以前ここでハルカさんが食べた白いマシュマロと色違いです」
「食べていいですか?」
「どうぞ」

ハルカママは、だいじに口に運びました。

「うん。美味しい…ほんのり甘酸っぱくて優しくて、ふわっと包み込むような味ですね。なんか涙が出そうになります」
「実はこのマシュマロは、白いマシュマロと親子の関係なんですよ」

懐紙のよこわきには、手書きのことばが添えてありました。

『離れていても、いつも心は繋がっていますよ』

***

「ほとりさん、ありがとうございました」

ママがお店を出ようとしたその時です。
ハルカママのスマホが鳴りました。ハルカからのメッセージでした。

【ママ、これから実家に帰ろうと思うんだけど、今日いるよね?】

「ほとりさん!ハルカから今メッセージが来たわ!」
「あら、で、なんて?」
「これから実家に帰ろうと思うけど、いるか?って……あれま、どうしましょ」
「ここに呼んだらいかがですか?」
「え?いいんですか?…でも道わかるかしら」
「大丈夫ですよ」

ママは、ハルカに電話をかけました。

『ハルカ、実はママ、東京に来てて、今、ほんわか堂にいるの』
『え?!どうして?』
『う、うん、し、知り合いに急に呼ばれて…で、でも時間があったからお店に寄ってみたの』

(えへ、嘘ついちゃった)

『そか、どうしよう…』
『ほとりさんが、お店にどうぞって言ってたわよ』
『え?いいの?じゃあすぐ行くね』

「ほとりさん、ありがとう。ハルカ、ここに来てくれるみたいです」
「それは、良かったです」

ハルカは、急いでほんわか堂に向かいました。

***

ほんわか堂ののれんが揺れました。

「ママ」
「ハルカ…あら、お化粧覚えたのね。綺麗になって…見違えたわ」
「…ママ、これ」

ハルカは袋を手渡しました。

「え?なに?」
「ママ、今日は何の日か知ってる?」
「ん?何の日だっけ?……う~ん。テクノロジーに感謝する日??」
「もうママ、何言ってんの。ママお誕生日おめでとう!これ、プレゼント」
「え?誕生日?!」
「今日はママのお誕生日でしょ!」
「あは…そういえばそうだったわ。私、あなたの事ばかり考えてて」

(すっかり忘れていたわ、私ったら、てへ)

「ママ、開けてみて」
「何かしら?」

ハルカママは、ゆっくりと袋を開けました。

「二連時計ね。わぁ、可愛いわぁ」

木の良い香りが鼻をくすぐり、その手触りにぬくもりを感じます。

「この二つの時計は一枚の板から作られていて、木目で繋がっているのよ。これ、一つは私の家に飾るの。離れていても気持ちは一つってね」

ハルカママは、号泣してしまいました。

「ハ、ハルカ…」

ほんわか堂のやわらかい空気が、二人をふんわりと包みます。

「ママ、最近あまり連絡出来なくてごめんね」
「ハルカ、これ高かったんじゃ」(鼻声)
「そんなに高くないけど、わたし、あまり貯金がなかったから、アルバイトしてたんだ」
「アルバイト?」
「うん。だから忙しくて、なかなか連絡出来なかった」
「そうだったの」
「…ママ、ごめんね」
「いいのよハルカ。ママもそんな事知らずにメールばかりしてごめんね。彼氏が出来たんじゃないかとか、悪い男に騙されてるんじゃないかとか、色々送っちゃった」
「悪い男なんて出会うわけないじゃない。大丈夫だよ。ママ」
「ハルカ、このためにアルバイトしてくれたのね」
「うん」
「ママ、一生大事にするわ」

ハルカママは、ハルカをギュッと抱きしめました。

***

その後、ほんわか堂では──
ハルカママとハルカが記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんなメッセージが浮かび上がりました。

『アナログも大事ね。これで安心して子離れできるわ!(たぶん…) 心配症なハルカママ』
『サプライズ成功!あと…初めての彼氏が出来ました!(ママには内緒ね) ハルカ』

「あら!ハルカさん、これはママに内緒にしなきゃね。秘密も時には必要よね」

ほとりが、いつものように急須を洗いながら、ぽつりとつぶやいていました。

「今日も、だれかの心配事が、やさしくほぐれますように」

【おくり物】
紅いマシュマロ
メッセージ:
『離れていても、いつも心は繋がっていますよ』

**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**
        

〇あとがき〇
えぴそーど ~ご~ と併せて読んでみてください(*^_^*)
https://novema.jp/book/n1789065/6