ほんわかさん


「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。

「となりのしばふは あおくみえる」といいますが
となりからみれば 「じぶんのしばふもあおく」みえるんです
つまり ないものねだりがおこります
ひとの感じかたは ひとそれぞれ
だったら じぶん色を感じるのがいちばんですよね

「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?

〜カラスの色は、何色?〜

***

ヒロマサは、声優としてデビューして5年目
事務所の正所属(ランク付き)になって3年目をむかえます。

養成所は2つ。4年通い、最終オーディションで拾ってもらう形で準所属(ジュニア登録)になったのでした。それから5年ほど…オーディションにたくさん出してもらっています。なかなか受かりませんが、事務所の力もあってか、脇役ですが、有名作品にも出る機会がありました。

ランクが付いてからは、セリフ量も増え、名前のある役ももらえるようになりましたが、声優の収入だけでは食べていけず、居酒屋でアルバイトをする日々でした。

ある日、夜のシフトが学生のアルバイトで埋まっていたため、ヒロマサは、ランチタイムのシフトだけ入っていました。

「今日も、アルバイトだけだったかぁ。はぁ…俺なにやってんだろう」

ヒロマサは、いつもそんな愚痴をこぼしてばかりいます。
でも、今日はいつにもましてブルーな気分でした。

「ちょっと、寄り道して帰るか…」

最寄り駅の1つ前で降りて、ふだん歩かない商店街に行ってみることにしました。
当てもなく歩いていると、あるお店が目の前に現れました。

“ほんわか堂”

「ほんわか堂?変わったお店だなぁ…入ってみるか」

***

ほんわか堂ののれんが、風にふわりと揺れました。

「すみません。一人ですけど、大丈夫ですか?」
「いらっしゃいませ。おひとり様ですね。お好きな席へどうぞ」

店の奥から、綿菓子みたいにやわらかな声の店主、ほとりが迎えました。

「お姉さん、とても良い声していらっしゃいますね」
「え?そうですか?」
「よく言われませんか?」
「…そうですね。たまに言われます」
「そういう活動しているんじゃないですか?」
「そういう活動?」
「たとえば、声優とか…」
「あはは、私には無理です。演技なんてできないですし」
「そうなんですか。なんかもったいない…」
「お兄さんこそ、とてもイケボですね。あ、もしかして声優をやっていらっしゃるとか?」
「ま、まぁ。でも名乗れるほどたくさん出てもいないし、その収入だけではないですし…」
「ちょっと、お待ちくださいね」

ほとりは、お茶を淹れました。

「あなたにお出しするお茶は、“色々な”お茶です」
「色々なお茶?なんか面白いネーミングですね…」
「飲んでみてください」

ヒロマサはひと口飲んでみました。

「なんか、飲むたびに色々な風味が感じられるお茶ですね。とても美味しいです…」
「何か、お悩みを抱えていますね?」
「え?何でわかるんですか?」
「先ほどから、言葉の端々にため息が混じっていました」
「そ、そうでしたか?」
「はい。お話しいただけますか?」

ヒロマサは話し始めました。

「俺、声優の“ヒロマサ”と言います。たぶん知らないと思います。多少はメジャータイトルも出てますが、世間的には全然無名で。このままで良いのかなぁ?就職したほうが良いかなぁ?とか思ったりして…」
「そうなんですね」
「それに、養成所時代に習ったことがちゃんと生かされているんだろうか?とか、考えを巡らしているうちに、どうしたら良いかわからなくなって…あ、あなたにそんなことを言っても迷惑なだけですよね」
「そんなことありませんよ」
「そのくせ、人の声には敏感で、さっきもあなたの声を聴いて、声について聞いてしまったりして」
「私は、とてもうれしかったですよ」

その後も、ヒロマサは、養成所時代の話や、どうやって声優になれたかなどを、たくさん話しました。ほとりは優しくうなずき、じっくりと話を聞きました。

「ヒロマサさん、とても興味深い話をありがとうございます」
「ごめんなさい。調子に乗って話過ぎてしまって…」
「少しお待ちいただけますか?」

ほとりはそう言って、奥の棚から袋に入ったものを持ってきました。

「開けてみてください」
「なんだろう?」

出てきたのは、白いカラスのぬいぐるみでした。
そして袋の中には、メッセージカードが入っていました。

『このカラスは、何色に見えましたか?』

「あ…」

ヒロマサは、そのメッセージを読んだ瞬間、フラッシュバックのように、声優の養成所時代に言われた恩師の言葉を思い出しました。

──今日、私が教えたことを”カラス“にたとえます。私は、”カラスは黒い“と言いました。でも、君たちが養成所を出て、色んな事を学び、声優として一人前になった時の”カラスの色“は、”ピンク”かも知れない。でもそれでいいんです。演技に正解というものはないのですから。だから、自分の“カラスの色”を見つけていってください。そして、とにかく続けてみてください。そうすればきっと芽が出ますよ──

「…あの言葉」

ヒロマサは、店をあとにしました。
入ってきた時とは違った雰囲気をまといながら。

***

ヒロマサは今まで以上に、声優の仕事に邁進しました。居酒屋のアルバイトもやめました。空いた時間は、すべて練習につぎ込みました。そして、どんなに生活が苦しくても、声に関する仕事だけで食べていくと、心に誓って…。

***

ほんわか堂では──
ヒロマサが記した“ありがとう帳”の名前の下に、こんなメッセージが浮かび上がりました。

『カラスの色は、青でした。でも赤になるかもしれません。 迷声優から名声優になりたい ヒロマサ』

ほとりが、いつものようにのれんを片付けながら、ぽつりとつぶやいていました。

「きょうも、だれかのこころのいろが すこしだけ あざやかになりますように」

【おくり物】
白いカラスのぬいぐるみ
メッセージ:
『このカラスは、何色に見えましたか?』

**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**