ほんわかさん


「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。

人生って、いろんな事のれんぞくですよね。
たのしいこともあれば、そうでない事もたくさんあります。
わたしには、それを変えることはできないけれど
すこしだけよくするために

「おくり物」をひとつお渡しします。
よかったら受け取ってみませんか?

「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?

~下手な絵でも、夢の続きを~

***

『この度は、ご応募いただきありがとうございました。厳正なる審査の結果、ご応募いただいた作品は、残念ながら落選となりました。』

「はぁ、またか…」

アスカは、20歳の大学生。
大学に通いながら、漫画家になる夢を叶えるため、日々投稿を続けています。
そんなアスカは、実は超が付くほどの美人。街を歩けば、人々は振り向き、芸能関係からスカウトをたくさん受けます。
ただ、漫画以外に興味がなく、人前に出ることも苦手だったので、すべて断ってきました。
容姿端麗のアスカですが、2つコンプレックスがありました。

「声が低すぎること」と、漫画家志望なのに「絵がうまくないこと」

小さい頃から、漫画家を目指してきました。ストーリー作りは大好きで、脚本コンテストで入賞したこともありました。
ですが、絵のセンスがないのです。講評をもらえるコンテストでは「ストーリーは良いんだけど、絵が内容についていけてない」と酷評を受けることもありました。
ならば、"原作者になる"という選択肢もありますが、どうしても自分の絵で世に作品を送りたいというこだわりだけ捨てることが出来ないでいたのです。

「絵が下手なのはわかってる。でも今回はそれでも成り立つように描いたのにダメだったかぁ。」

悔しいというよりも、悲しい気持ちでいっぱいでした。

「愚痴を言ってもしかたない。また頑張ろう」

と、決意を新たにし、画材を買いに行こうと、街にでかけました。
アプリで描ける時代ですが、アスカにはこだわりがあり、今も紙に描くスタイルを貫いています。
そんな時、ほんわか堂が目の前に現れました。

「…なんか、不思議なお店。画材とかも売っているかなぁ」

アスカはお店に入ってみることにしました。

***

ほんわか堂ののれんが、風にふわりと揺れました。

「いらっしゃいませ」

やさしい女性の声が響きます。

「あの、このお店って画材は売っていますか?」
「ごめんなさい。あいにく、置いてなくて」
「そうですか。でも、何か素敵なお店ですね。デッサンしたくなる」
「ありがとうございます。あの、良かったら、ご自由に」
「え?良いんですか?」
「はい。では、お好きなお席へどうぞ」

アスカは、座って描きはじめました。
しばらくして、ほとりが語りかけました。

「出来ましたか?」
「え?!あ、はい」
「良かったら、見せてもらえます?」
「デッサンなので、大した事ないんですが」

ほとりは、覗き込みます。

「個性的なタッチですね」
「下手ですよね?」
「い、いえ、そんな事は」
「はあ、やっぱり…」
「何かお悩みですね?」

アスカは、昔から漫画家になるのが夢だということと、どうしても入選しないことなど、堰を切ったように語りはじめました。

「……そうだったんですか。漫画家って、とても素敵なお仕事ですよね。」
「はい。自分の作品で人々を感動させたいと思ってて」
「素晴らしいですね。ちなみに芸能のお仕事はされないんですか?モデルさんとか女優さんとか。アスカさん、とてもお美しいし」
「…私、この声がコンプレックスなんです。少し気を抜くと、もっと低くなって、男性と同じような声が出てしまうんです。だから芸能なんて、ましてや女優さんなんて恥ずかしくて」
「そうですか?私にはとても魅力的な声に聞こえますが?」
「え?そんな事、初めて言われました」
「少しお待ち下さい」

ほとりは、お茶を淹れました。

「あなたにお出しするのは、“こだわりのない”お茶です」

アスカは一口飲みました。

「何か、心のわだかまりが溶けるような味ですね」

そして、ほとりは棚の奥から小箱を持ってきました。

「あなたに、このおくり物を差し上げます」

アスカが手渡されたのは、万華鏡でした。

「中を覗いてみて下さい」
「わぁ、久々に見たけど、綺麗ですね」
「色んな形にかわりますよね?」

そして、万華鏡にはメッセージカードがそっと添えられていました。

『見方によって、世界は少しかわりますよ』

「見方を変える…」
「そう。見方を変えるのも一つの方法ですよ。それが全てではないですが」
「お代は?」
「いりませんよ。そのかわり大事にしてください。そして、悩んだ時たまに覗いてみて下さいね」
「ありがとうございます。これ、大事にします」

アスカは入ってきた時よりも、軽くなった気持ちで、お店をあとにしました。

***

店を出て、街を歩いていると、ふとアスカは立ち止まりました。

(せっかくだし、もう一度……)

アスカはそっと、万華鏡を覗いてみました。
その瞬間、近くにいたカメラマンが「今の、すごく素敵な表情でした」と話しかけてきました。

「え?えっと……」
「匿名で構わないので、SNSに載せていいですか?ストリートスナップの企画なんです」
「……わかりました」

アスカは以前だったら断っていたような申し出でしたが、戸惑いながらも承諾していました。
そのカメラマンは、実はSNSでフォロワー数十万人を持つインフルエンサー。
その写真は投稿後すぐに話題となり、数日後、有名な芸能プロダクションがアスカに接触してきたのです。

(ほんわか堂に行って以来、なんだか気持ちが軽くなってる……少し、夢から離れてみようかな…)

アスカは、初めて芸能の道に踏み出すことを決意しました。

***

半年後。
アスカは女優としてデビューしました。
その美貌と低音のギャップが受け、SNSでも話題になります。
「声がいい」「落ち着く」「記憶に残る」と絶賛され、声優の仕事まで舞い込みはじめました。
元々脚本を書いていたこともあり、人物の心理を深く考えることが得意だったアスカは、役に対するアプローチにも定評が出はじめていました。

***

その頃、ほんわか堂では──
アスカが記した“ありがとう帳”の名前の下には、うっすらと文字が浮かび上がっていました。

『夢を…ても…わたし…      アスカ』

しかし、その下に続く言葉は完全には現れず、まだ霞んだまま止まっていました。
ほとりは、いつものように急須を洗いながら、ぽつりとつぶやいていました。

「ありがとう帳に言葉が浮かぶのは、心から“ありがとう”と思えたとき。彼女はまだ、自分の本心を見つめきれていないようですね。きっと、また会える気がします」

【おくり物】
万華鏡
メッセージ:
『見方によって、世界は少しかわりますよ』

**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**