ほんわかさん


「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。
そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。

人生って、いろんな事のれんぞくですよね。
たのしいこともあれば、そうでない事もたくさんあります。
わたしには、それを変えることはできないけれど
すこしだけよくするために

「おくり物」をひとつお渡しします。
よかったら受け取ってみませんか?

「ほんわか堂」
今日も ふわっと あいています。
あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?

~コワモテだけど、子にはモテる~

***

 二郎は、大学四年生。
がっしりとした体格、低音ボイス、無精髭に鋭い目つき──その風貌から、街ではよく“その筋の人”に見られてしまいます。

でも本当の彼は、とっても子供好きです。
電車の中で赤ちゃんが泣けば、無意識にあやしてしまうくらい。
そして、近所の猫にもとても懐かれやすいんです。

そんな彼の夢は保育士になる事でした。
大学では保育科に通い夢に向かって頑張っています。
実習先の保育園では「じろうせんせい、だいすきー!」と園児に囲まれていました。
けれど、就職活動は思うようにいかないんです。
実習先の保育園はすでに定員でいっぱいでしたが、実習という事で受け入れてもらいました。

「うちは、今回は……」
「またの機会に、ぜひ……」

面接では笑顔でも、その後に園児と会わせてもらえることはほとんどありませんでした。
彼の風貌があまりにもいかつかったため、彼が子供に好かれる事を知らない人は、その風貌にしり込みしてしまうんです。
それでも何度も履歴書を送り、何度も何度も面接に足を運んでいました。
そのたびに、不採用でした。
帰り道のコンビニで買った苺大福が、いつもより味気なく感じる。そんな日々が続いていました。

***

 ある日、面接の帰り道に、二郎は公園のベンチに腰を下ろし、ため息をつきました。

(今日もダメだったかぁ)
(俺、なんも悪い事してねえのに……)

近くで遊んでいた子供が、ニコニコと二郎に寄ってきます。
猫も足元にすり寄ってきます。
けれど、親が険しい顔をして、子供の手を引いて行ってしまいます。

(見た目だけで判断されて……なんだよ、それ)

うつむいたまま歩いていた二郎は、小さな看板に目をとめました。

──「ほんわか堂」──
 
ふと吸い寄せられるようにのれんをくぐると、店内はふんわりとした空気でした。

***

店主のほとりがやさしい声で迎えてくれました。

「お疲れですね。お茶をどうぞ」

出されたのは、「内面の輝き」という名前のお茶でした。
ひと口飲むと、不思議と胸のつかえが溶けていきます。

「……これ、なんの味だろ」
「あなたの、内側の光をほんの少しだけ、外ににじませる味です」
「そうなんだ。」
「何かお悩みを抱えていますね?お顔にそう書いてあります」

(また、顔か……)

「あなたも、俺の顔、怖いと言うんでしょ?」
「え?そうですか?全然怖くないですよ。優しさがあふれでていますよ!」
「そんなふうに言われたの、初めてです」
「…何かあったようですね?」
「はい、あ、俺、二郎と言います。実は、保育士になるのが夢なんですけど、この見た目のせいで、面接に通らないんです。実習先は、親戚のつてで何とか入れましたが、そこは人が足りていて…」
「そうなんですね」
「自分で言うのも何なんですけど、子供と動物には凄く好かれるんです。でも大人には…」
「純粋な心の持ち主には、あなたの本質が分かるんですね。あ、わたしも純粋ということになりますね。ふふ」

そう言って、ほとりは、丸い茶色の縁のメガネを取り出しました。

「このメガネ、ちょっと不思議なんです。見た目を変えるわけじゃありません。でも、あなたのやさしさを、ちょっとだけ相手に伝えてくれるんです」

二郎は、そのメガネをかけてみました──
鏡に映る自分の顔は、なんだかちょっとだけ、やわらかく見えました。

そのメガネケースには小さなメッセージカードが入っていました。

『わかるひとにはきっとわかります。あなたの大きなやさしさが』

***

数日後、面接の日。
いつも通りに自己紹介し、保育への思いを語りました。

(あ、またいつもと同じように話してしまった、ダメかも……)

二郎は少しうつむきます。
──すると、メガネがずれて落ちそうになりましたが、あわてて元に戻しました。
そんな彼の仕草をみて、面接官の表情がふっと和らぎました。

「……よければ、今日、子供たちと少し遊んでみますか?」

(いつもなら断られるところなのに──)

「は、はい!よろこんで」

(はは、変な返答してしまった……でも)

園庭に出ると、子どもたちがわーっと二郎にかけ寄り、一斉にしゃべりだしました。

「せんせー!おんぶー!」  「ねえねえ、なにしてあそぶー?」  「めがね、にあってな~い!」  「おじちゃ~ん、かたぐるま~!」

(お、おじちゃん?!)

二郎は一瞬、呼ばれなれないその言葉に、目をぱちぱちとさせました。
でもすぐに「よっしゃ、まかせとけ!」と笑って肩をかがめました──。

***

その日の夕方、自宅にいた二郎に、一本の電話が入りました。

「子供たちが、“あの先生がいい”って言ってて……よろしければ、ぜひうちに来ていただけませんか?」

電話を切ったあと、二郎はそっとメガネを外し、空を見上げました。

(ありがとう、みんな。ほんと、救われたよ)

コワモテは変わりませんが、彼のまなざしは、少しだけやさしくなっていました。

***

そのころ、ほんわか堂では──
二郎が”ありがとう帳“に記入した名前の下に、言葉が浮き上がりました。

『こどもは、言葉じゃなくて“空気”で人を見てる。だから、ほんとの自分が届いたんだ。大人の世界でも……それが少しでも見えてくれたら、きっと、居場所ってできるんだと思う。 コワモテの子にはモテる二郎先生』

ほとりは、いつものように湯呑みを片付けながら、ぽつりとつぶやきました。

「きょうも、だれかとだれかが やさしく つながりますように」

【おくり物】
丸い茶色の縁のメガネ
メッセージ:
『わかるひとにはきっとわかります。あなたの大きなやさしさが』

**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**