待ちに待った夏休み。
補習を終え、図書室で隼人先輩に勉強を教えてもらうようになって三日目。
誰もいない二人だけの空間でお互いの距離が近づいていく——なんてことはなく、隼人先輩は今、俺のポンコツぶりに頭を抱えている。
「なんでここでこの式がでてくるんだ……」
「……すいません」
あまりの申し訳なさに頭を下げる。
受験勉強中の先輩の時間を使ってもらっているというのに、ここ一時間、参考書は一ページも進んでいない。
「ちょっと休憩するぞ。根詰めすぎても良くねーし」
「俺、もうちょっとこの問題頑張ってみます。あと少しでわかる気がするんで」
大きく伸びをする隼人先輩のよこで、俺は必死で参考書とにらみ合う。
せっかく先輩に教えてもらってるのだ。何がなんでも学ばなければ。そう意気込む。
「お前ってさ……、なんで諦めねぇの?」
「なんでって、諦めたら留年じゃないですか。さすがにそれは親が悲しむんで」
参考書に目を向けたままそう答えると、隼人先輩は「そうじゃなくて」と笑った。
「俺のことだよ」
「へ?」
思わず顔を上げる。
「俺のこと、なんで諦めないの?」
先輩はいつもより少し真剣に俺を見つめていた。
「俺、正直お前のことは、人として嫌いじゃない。でも恋愛の意味でお前を好きになれるかって言われたら、その確率は低いと思う。いくらお前が想いを伝えるだけで良いって言ったって、毎度振られるのはしんどいだろ。なのに、なんで諦めないんだよ」
俺は持っていたシャーペンを机に置いて、まっすぐに先輩を見た。
「後悔したくないからです」
「……後悔?」
首を傾げる隼人先輩に、俺はこくりと頷く。
「もしかしたら明日、隕石が降ってきて、地球が滅亡しちゃうかもしれないじゃないですか。そうじゃなくても、もしかしたら明日車にはねられるかもしれないし、もしかしたら急に心臓発作が来るかもしれない」
明日も生きてる保障なんて、どこにも、誰にもないのだ。
「もし想いを伝えず諦めていたら、俺、死ぬ直前で多分めちゃくちゃ後悔すると思うんです。『なんでもっと隼人先輩に好きって伝えなかったんだろう』『なんで諦めちゃったんだろう』って。薄れゆく意識の中、自分を恨むと思うんです。だから明日死んでも後悔しないように、俺は先輩に毎日好きって伝えます」
俺の告白に、先輩が応えてくれなくても構わない。
もちろん先輩と付き合えるならそんなに嬉しいことはない。
でも一番は、自分のためだ。
「俺は自分が後悔したくないから、これからも先輩に想いを伝えます。だから先輩は俺のことなんて気にせず、はっきり振ってもらって大丈夫です! それでも俺は先輩に日々想いを伝えるだけですから」
満面の笑みでそう言うと、先輩は目を瞬かせた。
なんだこいつって顔に書いてある。
ちょっとくさかったかもしれない。ガキだなってバカにされるだろうか。
けれど、俺の予想を裏切るように、先輩は穏やかに笑った。そして俺の頭をぽんと一度だけ叩いた。
「かっこいいじゃん」
いつもは猫目な先輩のその瞳が、ふにゃんと緩む。
その笑顔が嬉しくて、えへへとつられて俺も笑う。
「よし。じゃぁ後悔しないように勉強もするぞ」
「勉強はしなくても後悔しないです」
「するだろ。みんなが進級する中、お前だけ一年のままだったらめちゃくちゃ後悔するぞ」
「……ガンバリマス」
泣く泣くシャーペンを握りしめたとき、俺はふいに思い出した。
「あ、先輩、今日の分! あの、今日ももちろん大好きです!」
「ふっ、いきなりすぎだろ。まあでも、サンキュ」
百五十三回目の告白も、もちろん玉砕。
でも、先輩が楽しそうに笑うから、なんだかそれだけで十分な気がした。
補習を終え、図書室で隼人先輩に勉強を教えてもらうようになって三日目。
誰もいない二人だけの空間でお互いの距離が近づいていく——なんてことはなく、隼人先輩は今、俺のポンコツぶりに頭を抱えている。
「なんでここでこの式がでてくるんだ……」
「……すいません」
あまりの申し訳なさに頭を下げる。
受験勉強中の先輩の時間を使ってもらっているというのに、ここ一時間、参考書は一ページも進んでいない。
「ちょっと休憩するぞ。根詰めすぎても良くねーし」
「俺、もうちょっとこの問題頑張ってみます。あと少しでわかる気がするんで」
大きく伸びをする隼人先輩のよこで、俺は必死で参考書とにらみ合う。
せっかく先輩に教えてもらってるのだ。何がなんでも学ばなければ。そう意気込む。
「お前ってさ……、なんで諦めねぇの?」
「なんでって、諦めたら留年じゃないですか。さすがにそれは親が悲しむんで」
参考書に目を向けたままそう答えると、隼人先輩は「そうじゃなくて」と笑った。
「俺のことだよ」
「へ?」
思わず顔を上げる。
「俺のこと、なんで諦めないの?」
先輩はいつもより少し真剣に俺を見つめていた。
「俺、正直お前のことは、人として嫌いじゃない。でも恋愛の意味でお前を好きになれるかって言われたら、その確率は低いと思う。いくらお前が想いを伝えるだけで良いって言ったって、毎度振られるのはしんどいだろ。なのに、なんで諦めないんだよ」
俺は持っていたシャーペンを机に置いて、まっすぐに先輩を見た。
「後悔したくないからです」
「……後悔?」
首を傾げる隼人先輩に、俺はこくりと頷く。
「もしかしたら明日、隕石が降ってきて、地球が滅亡しちゃうかもしれないじゃないですか。そうじゃなくても、もしかしたら明日車にはねられるかもしれないし、もしかしたら急に心臓発作が来るかもしれない」
明日も生きてる保障なんて、どこにも、誰にもないのだ。
「もし想いを伝えず諦めていたら、俺、死ぬ直前で多分めちゃくちゃ後悔すると思うんです。『なんでもっと隼人先輩に好きって伝えなかったんだろう』『なんで諦めちゃったんだろう』って。薄れゆく意識の中、自分を恨むと思うんです。だから明日死んでも後悔しないように、俺は先輩に毎日好きって伝えます」
俺の告白に、先輩が応えてくれなくても構わない。
もちろん先輩と付き合えるならそんなに嬉しいことはない。
でも一番は、自分のためだ。
「俺は自分が後悔したくないから、これからも先輩に想いを伝えます。だから先輩は俺のことなんて気にせず、はっきり振ってもらって大丈夫です! それでも俺は先輩に日々想いを伝えるだけですから」
満面の笑みでそう言うと、先輩は目を瞬かせた。
なんだこいつって顔に書いてある。
ちょっとくさかったかもしれない。ガキだなってバカにされるだろうか。
けれど、俺の予想を裏切るように、先輩は穏やかに笑った。そして俺の頭をぽんと一度だけ叩いた。
「かっこいいじゃん」
いつもは猫目な先輩のその瞳が、ふにゃんと緩む。
その笑顔が嬉しくて、えへへとつられて俺も笑う。
「よし。じゃぁ後悔しないように勉強もするぞ」
「勉強はしなくても後悔しないです」
「するだろ。みんなが進級する中、お前だけ一年のままだったらめちゃくちゃ後悔するぞ」
「……ガンバリマス」
泣く泣くシャーペンを握りしめたとき、俺はふいに思い出した。
「あ、先輩、今日の分! あの、今日ももちろん大好きです!」
「ふっ、いきなりすぎだろ。まあでも、サンキュ」
百五十三回目の告白も、もちろん玉砕。
でも、先輩が楽しそうに笑うから、なんだかそれだけで十分な気がした。


