「どこにあるんだよ……」
広い構内を歩きながら、俺はもうほとんど泣きそうになっていた。
今日は待ちに待った入学式。
だというのに、さっきから同じような道を何度も行ったり来たりしている。
校門をくぐったときはあれほど希望に満ちて浮ついていた胸が、今は重力がのしかかったように沈んでいる。
『周りの人と同じ方向に向かって歩くのよ』
方向音痴な俺を心配して、今朝母ちゃんが言った言葉を思い出す。
いや、俺はちゃんと周りを見てたよ母ちゃん。校門をくぐってから、周りに流されるように同じ方向に歩いた。
その結果がこれだ。
視線の先には、『二年用下駄箱』の文字。下駄箱の場所が学年によって違うなんて聞いてない。
俺は恥を忍んで、すぐそばにいた先輩に話しかけた。
「あの、すみません。一年の下駄箱ってどこですか?」
「ああ、きみ新入生? 一年の下駄箱は反対側だよ。ここを出て、一つ目の角を右に曲がってまっすぐ行って、桜の木があるとこを左。そしたら自販機が見つかるから右いって、少し行ったところでまた右。分かった?」
「あ……はい。ありがとうございました」
実に優しい先輩だ。だけど一つだけ物申したい。そんな説明でわかるわけないだろ。
こっちは筋金入りの方向音痴。
もはや『一つ目の角を右』って部分しか、覚えていない。
それでももう一度たずねる勇気もなく、俺はぺこりと頭をさげると、泣く泣く二年用下駄箱をあとにした。
こうなったらもう自分の勘を信じて突き進むのみ。
広いと言っても、たかが学校。きっといつかは一年下駄箱にたどり着くはず。
そう思っていたのに、歩けど歩けど目的地にはたどり着かない。
なんでスマホの地図アプリは構内まで案内してくれないんだ。技術が進んでも、世間は方向音痴に厳しい。
『迷ったら周りの人に訊ねるのよ』
再び母ちゃんの言葉を思い出す。
いや、俺もそうしたいんだよ母ちゃん。でも肝心の人がいない。
もう入学式が始まっているのだろうか。構内はもちろん、校舎の中も人の気配が全くない。
「やっとここまで来たのに……」
ポロリと零れ落ちた言葉につられ、涙腺が緩む。
この一年、俺は死に物狂いで勉強した。
もともと頭の悪かった俺が、県内でもトップのこの高校に入学した理由。
それは、あの人——柏木隼人先輩と一緒の高校に通うため。そして先輩に想いを伝えるため。
それなのになんで俺は今、こうして構内を彷徨っているんだ。
もしかすると、一生下駄箱にたどり着けないかもしれない。そんなありえないことを想像してしまうほどに、気持ちが落ち込む。
中学から一緒の高野に電話して助けてもらうか。でも今が入学式の真っ最中なら、高野も電話に出れないだろう。
手にした真っ黒のスマホ画面に映る情けない顔の自分を見つめながら、曲がり角にさしかかったそのとき。
ドンッ――
出会い頭に誰かとぶつかった。
「いってぇー……」
明らかに不機嫌そうな声に、俺は咄嗟に頭をさげる。
「すみませんでした!」
「……いや、俺も悪かった。大丈夫か?」
再び聞こえたその声が、先ほどよりも鮮明に耳に届き、ドクンと一つ心臓が跳ねた。
それは一年前のあの日、たった一度だけ聞いた声。
一度だけだけど、忘れることなんてできなかった。
だって、俺は彼に会うためにここに来たのだ。
おそるおそる顔を上げると、そこにいたのはやはり、柏木 隼人先輩その人だった。
少し長めの黒髪から、わずかに吊り上がった瞳が見える。
その瞳に自分が映っている。それが夢のようで、俺は瞬きも忘れて先輩を見つめた。
「おい、大丈夫か?」
まるで動かない俺を、訝しむように先輩が覗き込む。
先輩の顔がぐっと近づいたと同時に、俺の中の感情を詰め込む箱がパンッと蓋ごと一気に弾け飛んだ。
「好きです」
「……は?」
広い構内を歩きながら、俺はもうほとんど泣きそうになっていた。
今日は待ちに待った入学式。
だというのに、さっきから同じような道を何度も行ったり来たりしている。
校門をくぐったときはあれほど希望に満ちて浮ついていた胸が、今は重力がのしかかったように沈んでいる。
『周りの人と同じ方向に向かって歩くのよ』
方向音痴な俺を心配して、今朝母ちゃんが言った言葉を思い出す。
いや、俺はちゃんと周りを見てたよ母ちゃん。校門をくぐってから、周りに流されるように同じ方向に歩いた。
その結果がこれだ。
視線の先には、『二年用下駄箱』の文字。下駄箱の場所が学年によって違うなんて聞いてない。
俺は恥を忍んで、すぐそばにいた先輩に話しかけた。
「あの、すみません。一年の下駄箱ってどこですか?」
「ああ、きみ新入生? 一年の下駄箱は反対側だよ。ここを出て、一つ目の角を右に曲がってまっすぐ行って、桜の木があるとこを左。そしたら自販機が見つかるから右いって、少し行ったところでまた右。分かった?」
「あ……はい。ありがとうございました」
実に優しい先輩だ。だけど一つだけ物申したい。そんな説明でわかるわけないだろ。
こっちは筋金入りの方向音痴。
もはや『一つ目の角を右』って部分しか、覚えていない。
それでももう一度たずねる勇気もなく、俺はぺこりと頭をさげると、泣く泣く二年用下駄箱をあとにした。
こうなったらもう自分の勘を信じて突き進むのみ。
広いと言っても、たかが学校。きっといつかは一年下駄箱にたどり着くはず。
そう思っていたのに、歩けど歩けど目的地にはたどり着かない。
なんでスマホの地図アプリは構内まで案内してくれないんだ。技術が進んでも、世間は方向音痴に厳しい。
『迷ったら周りの人に訊ねるのよ』
再び母ちゃんの言葉を思い出す。
いや、俺もそうしたいんだよ母ちゃん。でも肝心の人がいない。
もう入学式が始まっているのだろうか。構内はもちろん、校舎の中も人の気配が全くない。
「やっとここまで来たのに……」
ポロリと零れ落ちた言葉につられ、涙腺が緩む。
この一年、俺は死に物狂いで勉強した。
もともと頭の悪かった俺が、県内でもトップのこの高校に入学した理由。
それは、あの人——柏木隼人先輩と一緒の高校に通うため。そして先輩に想いを伝えるため。
それなのになんで俺は今、こうして構内を彷徨っているんだ。
もしかすると、一生下駄箱にたどり着けないかもしれない。そんなありえないことを想像してしまうほどに、気持ちが落ち込む。
中学から一緒の高野に電話して助けてもらうか。でも今が入学式の真っ最中なら、高野も電話に出れないだろう。
手にした真っ黒のスマホ画面に映る情けない顔の自分を見つめながら、曲がり角にさしかかったそのとき。
ドンッ――
出会い頭に誰かとぶつかった。
「いってぇー……」
明らかに不機嫌そうな声に、俺は咄嗟に頭をさげる。
「すみませんでした!」
「……いや、俺も悪かった。大丈夫か?」
再び聞こえたその声が、先ほどよりも鮮明に耳に届き、ドクンと一つ心臓が跳ねた。
それは一年前のあの日、たった一度だけ聞いた声。
一度だけだけど、忘れることなんてできなかった。
だって、俺は彼に会うためにここに来たのだ。
おそるおそる顔を上げると、そこにいたのはやはり、柏木 隼人先輩その人だった。
少し長めの黒髪から、わずかに吊り上がった瞳が見える。
その瞳に自分が映っている。それが夢のようで、俺は瞬きも忘れて先輩を見つめた。
「おい、大丈夫か?」
まるで動かない俺を、訝しむように先輩が覗き込む。
先輩の顔がぐっと近づいたと同時に、俺の中の感情を詰め込む箱がパンッと蓋ごと一気に弾け飛んだ。
「好きです」
「……は?」


