一途なチワワは塩対応先輩に365回告白をする

 学校のあちらこちらで甘いチョコレートの香りが鼻をかすめる二月十四日。
 今日は言わずもがなのバレンタインデー。
 野郎どもがいつもよりそわそわしている教室で、俺も例外ではなかった。

 もちろん理由は他の奴らとは違う。みんなは女子にチョコをもらえるかが気になってしかたないだろうが、俺の場合は渡す側。
 バッグの中には隼人先輩へ渡すブラウニーが入っている。

 料理はもちろん、お菓子作りなんて初めてで、最初はチョコレートを溶かすだけでも一苦労だった。
 ボールにいれたチョコレートにお湯をそのまま注いだら、薄まずいチョコレートジュースが完成したのだ。あの時は、本当に自分なんかがブラウニーを作れるのかと絶望したが、一週間の努力のおかげでひとまず形にはなった。

 ところでいつ渡そうか。昼休みに渡しに行けば先輩が周りから冷やかされてしまうかもだし、下駄箱にいれておくのも、万が一先輩以外の人に取られたら困る。
 放課後、図書室で自習している先輩にこっそり渡しに行こうかな、なんて思っていた昼休み。なぜか俺のクラスに隼人先輩がやってきた。

「隼人先輩! どうされたんですか?」
「渉が来ねーから、わざわざ俺の方から来た」

 急いで駆け寄ると、隼人先輩は拗ねたように唇を突き出した。
 何か約束をしていたっけ、と頭を巡らせるも全く覚えがない。
 すると、隼人先輩が「ん」と手の平を俺に差し出してきた。
 どこがデジャブを感じつつも、俺はその手の平に自分の手を置いてみる。

「わん?」
「だから、ちげーよ!」

 隼人先輩に咄嗟にツッコまれて、嬉しくて口元がにやける。隼人先輩は呆れて笑う。

「そうじゃなくて、くんないの?」
「……えっと、何を?」
「チョコレート」
「えっ、あ、ありますっ! あるに決まってます!」

 大きな声で答えると、俺は「ちょっと待っててください」と先輩を廊下に残したまま、自席へバッグごと取りにいった。
 戻るとすぐに、バッグからチョコレートを取り出す。

「すみません、放課後渡しに行こうかなって思ってたんですけど、これ、先輩のために作りました! あ、今日も隼人先輩が大好きです!」

 けれど、隼人先輩はすぐにそれを受け取ってくれなかった。もちろん告白の返事もない。どうしたのだろうと顔を上げると、先輩の視線は俺のバッグに向かっていた。

「あのさ、さっきバッグの中身ちらっと見えたんだけど、チョコもらったの?」
「へ? あ、はい。これですか?」

 俺はバッグに入れていたチョコを取り出すと先輩に見せた。
 そこには今朝クラスの女子からもらった義理チョコ。俺にだけではなく、クラスの男子全員に作ってきたらしい。
 けれど、先輩はそれをみるなり、明らかに不機嫌そうに目を眇めた。

「やっぱもらってんじゃん」
「いや、でもこれ義理チョコですよ」
「どうかな。義理チョコって言って、実は本命の可能性もあるんじゃねーの」

 そんなわけない。だって、中身は明らかにコンビニで三十円で買えるあの有名な小さいチョコが数個。
 ていうか、なんでこんなに問い詰められているんだ。まるで浮気がばれてしまった彼氏のようだ。
 
「そんなこと言ったら、先輩だっていろんな女子からチョコレートもらってるんじゃないですか?」

 俺だってついムキになってしまう。
 モテる隼人先輩のことだ。きっと女子からたくさんのチョコを渡されたのだろう。
 けれど、隼人先輩はすぐに首を横に振った。

「もらってない。ってか、全部ちゃんと断った」
「え、なんで」
「だって、変に受け取って期待させたら悪(わり)ぃだろ」

 それも先輩なりの優しさだなと感心していると、「それに」と隼人先輩が口をひらいた。

「渉からチョコもらえるとおもってたから」

 まっすぐに見つめられて心臓が跳ねる。それってどういう意味だ? よくわからない。

「おまえからのチョコ以外は受け取らないつもりだったから」 

 その言葉に一層混乱する。だって、さっき先輩は『変に受け取って期待させたら悪ぃだろ』って言ってた。それは俺も同じじゃないか?
 それとも俺は期待しても良いってこと?
 いやいや、そんなわけがない。きっと俺なら変な期待をしないって、先輩もわかっているんだ。
 危ない。勘違いするところだった。

「あの、俺、チョコはもらっちゃったんですけど、俺がチョコを渡すのは先輩だけですから! 世界でただ一人、先輩だけです」

 チョコを受け取ってしまったことを、先輩がなぜ怒っているのかはわからない。でも、チョコをもらったからといって、俺の気持ちが変わるわけじゃない。あれはギリだし、仮にギリじゃないとしても、俺が好きなのは先輩なのだ。
 必死でそう告げると、先輩は眉をひそめ、唇を突き出した。
 あ、照れてる。

「まぁ。それならいいけど」
「じゃあ改めて、受け取ってください!」
「ん。サンキュ」

 先輩はブラウニーを受け取ると、嬉しそうに笑った。吊り上がった猫目がふにゃんと柔らかくなる。最近はよくこの表情を見せてくれる。きっと俺に心を開いてくれているのだろう。それが純粋に嬉しい。

「そういえば、今告白何回目?」
「えっと、確かさっきので三百五十四回目です」

 胸ポケットの学生手帳を取り出して、そう告げる。

「ってことはあと十一回か」
「ですね……」

 急に現実が顔を出す。寂しさが襲ってきて、なんだか泣きそうになった。
 あと十一回。
 あと十一回告白したら、もう先輩に想いを伝えることができなくなる。それどころか先輩は卒業するわけで、俺の手が届かないところへ行ってしまう。
 俺の存在なんて、この学校という箱庭の中だけの一時的なもの。彼氏でも、ましてや友人でもない俺に卒業したあとの先輩と関わる権利なんてない。
 そう考えると、やっぱり寂しい。

 でも——。
 まだ十一回もある。十一回も先輩に好きだと伝えられるんだ。
 だったら、残りの十一回だって、俺らしくいこう。
 一回も無駄にしたくない。

「先輩」
「ん?」
「俺、最後まで絶対に後悔しないよう頑張ります!」
「ふっ、なんだそれ。まあ頑張って」

 隼人先輩が優しく笑うから、俺の胸に残っていた不安や寂しさがすっと消えていく。
 そうだ。俺は俺らしく、最後の一回まで、全力で隼人先輩に気持ちを伝えよう。
 後悔をしないように――。