一途なチワワは塩対応先輩に365回告白をする

 しんと冷えた空気の中、吐く息が白く染まる一月一日。
 俺は、家の前で隼人先輩を待っていた。

『明日の初詣、家まで迎えに行く』なんてメッセージが届いたのが昨日の夜。
 もとから花村先輩と金田先輩を含めた4人で初詣に行く予定だったけれど、まさか隼人先輩が迎えに来てくれるなんて思ってもおらず、昨日は除夜の鐘をききながら、煩悩を払うどころか煩悩まみれになってしまった。

 受験を控えた隼人先輩の邪魔をしてはいけないと、最近は学校でも告白を一日一回に抑えていたので、今日は絶好の告白日和。
 いつも持ち歩いている学生手帳を確認する。今日までに三百十五回告白してきた。残りはちょうど五十回。
 あと五十回しか思いを伝えられないのかと、少し物寂しく思っていた時、俺の目の前に影が落ちた。

「なんで外にいんの?」

 見上げると、隼人先輩が俺を見下ろしていた。

「隼人先輩!」

 自然と顔がほころび、声が弾む。

「あけましておめでとうございます! 今年も先輩が大好きですっ!」
「あーうん、あけおめ」

 毎度おなじみの挨拶に、隼人先輩は呆れて笑った。

「で、なんで外いんの? 寒かったでしょ。中で待っててよかったのに」
 
 そう言いながら、先輩は巻いていたマフラーを取ると、俺の首に巻いた。
 先輩の温度を残したままのマフラーに、思わずうっとりしてしまいそうになり、俺は首を横に振った。

「ってこれじゃ、先輩が寒いじゃないですか」

 俺なんかのせいで、この大事な時期に先輩が風邪をひくなんてあってはいけない。そう思ってマフラーを返そうとしたが、先輩にすぐに制された。

「とりあえず巻いとけ。それとも俺の言うこと聞けないわけ?」
「いえ、でも……。あ、ありがとうございます」
「うん」

 ほどきかけたマフラーをそっと巻きなおすと、先輩は僅かに口端を上げた。
「じゃあ行くか」と先輩が歩き出したとき、俺はふと訊ねてみた。

「花村先輩と金田先輩は一緒じゃないんですね」
「ああ。神社で待ち合わせだから」
「じゃあ、なんで先輩は迎えに来てくれたんですか?」
「そりゃ……、迷子になられたら困るからでしょ。渉が迷子になる前に迎え来た」

 恥ずかしげもなく、まっすぐに伝えられて、思わずこちらが照れてしまう。
 いや、先輩にとっては、『迷子を捜すのが面倒だから』迎えに来ただけ。きっとそうに違いない。そうわかっていても、それ以上の意味を期待してしまう。
 俺は考えを振り払うように、話しをずらす。

「そ、そういえば、クリスマスの勉強合宿はどうでしたか?」
「あーあれはもうヤバかった。ちょっとしたトラウマだな」
「そんなにですか?」
「一日中勉強だぞ。俺、寝てる時まで数学の夢みたから」

 そんな話をしていると、いつの間にか神社についていた。神社の入口には花村先輩と金田先輩が待っていて、俺らを見つけるや否や、俺の首に巻かれたマフラーを見て目を丸くした。

「あれ、もしかして2人ってもう付き合ってんの?」
「へ?」

 花村先輩の問いに、俺はあほ丸出しの声を出す。

「だってそれ、隼人のマフラーじゃん」
「ああ。渉、寒そうだったから貸してやったんだよ」
「へぇ」

 にやにやと意味ありげに微笑む二人に、俺は必死で否定する。

「ほんとに何もないですから! 俺が寒そうだったんで、隼人先輩が貸してくれただけで、先輩と俺が付き合うなんて、万が一どころか、億が一にもないんで!」

 だって、最初にそう言われた。『お前を好きになることは絶対にない』と。

「だそうだけど、隼人」
「…………」

 隼人先輩は黙ったまま、眉間をわずかに寄せて俺を見た。いつもの、照れているときとは少し違う表情に、胸がざわつく。
 その表情の意味が知りたくて訊ねようとしたそのとき、隼人先輩がふいに視線を逸らした。ふんっと言わんばかりのその態度に、内心焦る。
 だって、絶対に怒ってる。心当たりは全くないけれど、先輩のあの態度は怒っているに違いない。
 さっきまで楽しかったはずなのに、心臓が急にずしんと重くなる。
 
「まあ、じゃ行きますか」

 花村先輩に促され、境内へと歩き出す。金田先輩と隼人先輩が前を歩き、俺と花村先輩がその後ろをついていく。
 ふと、隣にいた花村先輩が小さな声で俺に話しかけた。

「そういえば昨日、急に隼人がチワワちゃん迎え行くって言いだしたんだよね」
「はい、聞きました。俺が迷子になったら、迷惑かけちゃいますもんね」
「迷惑っていうか、心配だからって言ってたよ」
「心配……」

 思ってもみなかった言葉に、わずかに胸が弾む。

「人に好意を寄せられるのが苦手で、これまで誰にでも塩対応だった隼人が、自分に好意を寄せてる相手を迎えに行くなんてね。しかもマフラー貸してあげるなんて、俺からしたら結構な事件だよ」
「はぁ……」

 花村先輩が何を言いたいのかよくわからず、俺は曖昧に相槌を打った。
 
「まあ、本人もまだ気づいてないみたいだから、道のりは遠いかもだけど、俺は億が一ってことはないと思うよ」
「へ?」

 どういうことか、言葉の意味を訊ねようとしたときだった。

「渉」

 前を歩いていた隼人先輩が、くるりと振り返って俺を見た。

「お前はここ」
「あ、はい!」

 先輩は自分の隣を指さした。呼ばれるがまま、先輩の隣に駆け寄る。
 どうしたのだろうか。何かあったのだろうか。
 けれど、先輩は特に話をすることもなく、参拝の列に並ぶ。

 しばらくして参拝の順番が来た。五円玉を賽銭箱へ投げて、二礼二拍手一礼をする。
 もちろん願い事はただ一つ。真剣に、心から祈る。
 五円では足りないくらい真剣に祈り、目を開けると、横から視線を感じた。
 見ると隼人先輩が小さく笑っている。
 参拝を終えて脇へ抜ける。隣では、先輩がいまも小さく笑っていた。

「な、なんですか」
「いや、めちゃくちゃ真剣に祈ってるなって思って」
「そりゃ祈りますよ!」
「そんなに何を祈ったんだよ」
「それはもちろん――」

 そこまで言うと、俺は先輩をまっすぐに見た。

「隼人先輩にとってこの一年が良い年になりますように、です」

 そう告げると、横から花村先輩が割り込んでくる。

「俺、てっきりチワワちゃんは、『隼人先輩とつきあえますように』かと思ってた」
「そっ、そんなこと祈りませんよ」
「……なんで?」

 隼人先輩がわずかに眉をひそめて訊ねる。

「だって、それは自分の手で叶えるべきだから。俺は先輩に自分の力で好きになってもらいたいんです。神様にどうこうしてもらうんじゃ嫌なんで」

 はっきりとそう告げると、さっきまで不機嫌そうだった隼人先輩は、急にこらえきれないといったように、噴き出して笑った。
 
「あーもうほんと。渉、最高だな」

 なんで笑われているのか、本当によくわからない。よくわからないけど、最高なんて言われて嬉しくないわけがない。
 隼人先輩は何かに納得するように小さく頷くと、独り言のようにつぶやいた。

「……いつの間に、こんな気持ちになってたんだろ」

 その言葉の意味は、俺にはよくわからなかった。
 わずかに首を傾げる俺を、隼人先輩はすぐに見つめる。

「今日はもう告白しないわけ?」
「え?」
「まだ一回しか言ってないだろ。それでいいのか?」

 まさかの告白の催促。それって、もっと伝えていいってこと?
 俺は嬉しくなって、見えないしっぽを振りまくる。
 いつもすこし遠慮気味に伝えていたけれど、今日は抑えることができそうにない。

「隼人先輩! 今日もすっごい大好きです! メガビックラブです!」
「なんだそれ」

先輩は楽しそうに、でも穏やかに笑った。
 三百十六回目の告白は、先輩の笑い声と一緒に、冬の空気に白く浮かんだ。