空に隕石が見えたら、アイスを食べようと思う

 いつも通り目を覚まし、洗面所で顔を洗い、朝食を食べるためにリビングに向かう。

「おはよー」

 いつもならちゃんと返ってくる返事がその日は何故か聞こえなくて。どこかまだ寝ぼけながら顔をあげると、お母さんもお父さんも弟の広輝(こうき)も、みんなテレビに釘付けだった。
 毎朝見慣れたアナウンサーが切迫した様子でニュースを告げている。


『来年の1月3日、隕石が地球に衝突する可能性があると正式に発表されました。衝突の可能性は5%前後と言われており……』


 寝ぼけた頭はいつの間にか冷めていて、でも現実味を感じなくて、心は一瞬「なんだ、ほぼ大丈夫じゃん」と思った。
 しかし、アナウンサーの横に座る解説員の表情は険しかった。

『被害規模も不明で、可能性が5%前後。隕石の素材により大気圏で消滅する可能性もあるでしょうが、5%という可能性が正式に発表された事実も、その事実によって混乱が起こることも含め、世間に与える影響は絶大でしょう』

 そのニュース自体が怖かったというより、いつも(ほが)らかなアナウンサーの表情すらも険しかったことが怖かった。
 それでも、そのニュースで本日の全ての活動を止める訳にもいかず。私に気づいたお母さんが「怖いわね〜」と呟いた後、「とりあえず朝ごはん食べちゃいましょうか」と家族全員で食卓に座った。家を出る時間が違うので、朝食の時に家族全員が揃うのは結構珍しい。揃った理由がニュースのせいっていうのは、何とも言えないけど。

「なぁ、5%ってどんな確率?」

 まだ中学生一年生の広輝がお父さんの方を見て、そう問いかけた。お父さんより先に私が口を開く。

「5%は5%でしょ」
「姉ちゃんには聞いてない」
「なんだとコラ」

 しかし、お父さんも特に良い返答が思いつかなかったらしく、味噌汁を(すす)りながら「うーん」と(うな)っている。

「まぁ、95%は大丈夫ってことだろうが……。それに、さっきのニュースでも確率は変化するって言っていたからなぁ」
「つまり大丈夫ってこと?」

 広輝の単純な疑問にお母さんがいつも通りの笑顔で笑っている。

「そうねぇ。とりあえず来年広輝が普通に中学二年生になっている可能性があるのなら、お母さんとしてはちゃんと勉強してほしいわ」
「いま勉強の話いる!?」
「普通に過ごしてほしいってことよ」

 先日の定期テストで広輝は大幅に平均点を切った。ついでにお母さんには割と本気で怒られていた。広輝は不服そうな顔をしながらも、一つため息をついた後に納得したようだった。

「確かにどうすることも出来ねぇし、普通に生きるしかねぇーよな」

 広輝の言葉にお母さんとお父さんが何も言わずに微笑んでいたように、私も割とその言葉に救われた部分があった。だって、突然そんなことを言われても怖いし、広輝の言う通りどうすることも出来ないし。そう分かりながらも、みんな横目でテレビ画面を見続けていた。
 結局一番早く朝食を食べ終えたのは広輝で、身支度を簡単に済ませて家を飛び出していく。

「今日、朝練あるから! 行ってきまーす」

 野球部の広輝は、部活に真剣そのもの。広輝の中学は強豪校ではないが、野球部に小学校時代からの友達が多いらしく単純に練習が楽しいと言っていた。私が広輝の背中を見送りながら自分の食器を片付けていると、お母さんが私の手にある食器をそっと取り上げた。

「さ、風奈(ふうな)も準備を済ませて高校に行きなさい。片付けはお母さんがやっておくから。ニュースを見ていたからいつもより時間が過ぎてるでしょ?」

 片付けをお母さんに任せて、部屋に戻って制服に着替える。ヘアアイロンで髪を整えて、今日の授業科目の教科書をスクールバッグに詰めていく。折角昨日やっておいた数学の課題も忘れずに入れた。
 家を出て電車に揺られながら、SNSを開く。もちろん話題は隕石に関することばかり。でも、電車に乗っている周りの人達はまるでそのニュースを知らないかのようにいつも通り。スマホを見ている人も多いから、画面には隕石のニュースが映っている人もいるに決まっているのに。そんな電車とは打って変わって、2-4と書かれた教室の扉を開ければ逆に隕石の話題が沢山飛び交っている。

「風奈、隕石のニュース見た!?」
「みたみた」

 私の席にすぐに寄ってきたのは、1年の時からの友達である凛華(りんか)。今日も寝癖一つない整えられたショートボブがよく似合っている。そんな凛華とは反対に、混み合った電車を乗り切ってきた私の前髪は既に崩れ始めている。二月の今でこれなら、冬と比較にならないほど汗をかく夏は見ていられないだろう。

「凛華ってどうやって前髪キープしてるの?」
「突然話を変えないでよ! ていうか、なんでそんな落ち着いてんの!?」

 落ち着いてなんかいない。隕石のニュースを見てから心はざわついている。でも、それでもニュースを見た瞬間よりも気持ちが落ち着いているのは、きっと人間ってそういうものなんだと思う。
 私の反応が思ったよりも薄いことに痺れを切らしたように、凛華が私にニュースが映し出されたスマホ画面を見せる。

「隕石が来年落ちるかもなんだよ!?」
「5%でしょ?」
「20分の1で来年生きていないなんて怖すぎるでしょ〜!」

 凛華に言われて、「そうか、20分の1か」と納得する。言い方を変えれば、一気に怖さが増すような気がする。
 クラスメイトの男子達も「やばくね!」と騒いでいる。しかしよく見ると、いつも通り家でやって来なかった課題をこの時間に黙々と済ませている人もいた。
 その日のホームルームの担任の話はやっぱり隕石の話だった。でも担任は「こんなニュースがありましたね」と話すだけで、それ以上はどうしたら良いかもどんな感情を抱いたかも教えてはくれなかった。

 *

 家に帰って、夕飯を食べて、ちょっとのんびりしてからお風呂に入った。テキトーに課題を終わらせて、やっとベッドに寝転がる。寝転がりながらスマホでSNSを開いた。いつもならちょっとSNSを見た後に好きな動画を漁るけど、今日はSNSの時間が長かった。
 朝の電車でも見ていたのに、もう一度見ず知らずの人の考えを眺めるように確認していく。

『隕石とか嫌すぎる』
『こんなニュースあった日に普通に会社行ったおれ偉すぎ』
『誰か隕石倒してきてー』
『隕石より明日の仕事がムリ』
『来年といっても1月3日ってことは生きられるのは今年だけかもしれないってこと?』

 隕石の話は確かに多く流れてきたけれど、全然隕石に関係ない話も沢山流れてくる。それでも今の私は何故か隕石についての世の中の考えを知りたくて、わざわざ検索欄に「隕石」と打ち込んだ。今まで検索しようとも思ったことのない単語を打ち込んでいることを実感して、「人生ってほんとに何があるか分からないものだなー」という他人事な思考が浮かぶ。
 そんな時、ある一つのコメントが目に入った。

『ていうか、5%って微妙じゃね? 絶対落ちるって言われる方がまだ覚悟決めて生きられるし』

 隕石の落ちる可能性なんて低ければ低いに越したことはないに決まっている。でも、なんていうかそのコメントの言いたことがちょっとだけ分かる気もした。5%の確率で落ちると言われて、どうせ起きないだろうと思ってダラダラと生きて、それでもし隕石が本当に落ちてきたら、きっと私は「もっとあれをすればよかった」「これもしたかった」と走馬灯のようによぎるんだと思う。
 私は一旦SNSを閉じて、いつも使っているニュースサイトを開いた。隕石についての記事をしっかりと読んでいく。朝のニュースでは5%という確率に気を取られて、他の部分は頭に入らなかったから。

『確率は5%前後とされているが、変動する可能性も高い。当該の隕石は現在レーダー観測が出来る範囲におらず、正確な確率は割り出せない状況にあると発表されており……』

 どうやらニュースによると隕石が太陽の方向にあるとかなんとかで、レーダー観測が出来る距離になるのがいつになるのかも分からないらしい。つまり、今はやっぱり5%の確率で隕石が衝突するとしか言いようがないのだろう。
 父が言うように95%は大丈夫だと思う人もいれば、凛華のように20分の1で人生が終わると言う人もいる。それでも結局どうすることも出来ないことだけは事実で。

「ま、広輝の言うように普通に生きるしかないよね……」

 そう言いながらも、心はどこか納得していないような感覚がする。当たり前のように明日も高校はあるし、もうすぐ三年生にもなる。隕石が落ちるかもしれないと勉強もせずに好きなことだけをすれば、受験の時に困る。くるっと寝返りを打って見えた壁掛け時計は、0時を過ぎている。衝撃的な隕石の事実が発表されたその日は、いつの間にか終わっている。
 そろそろ寝るしかないとSNSを閉じた瞬間、一つのコメントが見えた気がした。

『とりあえず今しか出来ないことをしとこーぜ!』

 何故かその言葉が目を引いた。
 私は慌ててそのコメントについた返信までしっかり読みたくてSNSを開き直したが、もうそのコメントは見つからない。しっかり探そうかとも思ったが、自分がなんでそんなにそのコメントを見たいのかもよく分からなくて、私はスマホをポイっと枕元に置いて眠りについた。