◆◆
「随分と、手こずっているようだな。私の出番か」
威勢の良いことを大声で宣う。
天禄様は目をつむり、神剣を振り下ろして、立ち込める黒い霧=瘴気を一刀両断した。
その優美な姿は、まさに神。
だが、実際、天禄様は瘴気を祓えたわけではない。
私が遠隔で瘴気を身体に流し込むことで、祓ったように見せかけているだけだ。
「うっ」
邪悪な黒霧が空間を越えて、私の天辺から身体に入り込む。全身が焼けるように痛いが、我慢はできる。
(大丈夫よ。これしき……)
私も、それなりに瘴気の受け流し方は研究をしていた。たとえ、瘴気を受けたとしても、最小限に抑える身体づくりはしているつもりだった。
「さあ、早く魔物を……」
意識を再度集中させて、私は脳内に天禄様の姿を映し出す。
予め、私のもとに伝えられている国王が自ら魔物を討伐する遠征日。
私はこれに基づいて、天禄様と意識を繋げて、お支えるのが役目なのだが、大抵、遠征は近場で数日程度。延長は認められない。
今日、この場で仕留めて宮城に帰らなければ、魔物を取り逃がしたことになる。
「急いで……」
私の切実な願いは、天禄様ではなく、討伐軍に届いたようだ。
瘴気が消えた一帯を、騎乗した精鋭部隊が全速で駆け、巨大な真っ黒な塊に向かって、一斉に切りかかっていく。
神剣で切られた魔物は灰となって跡形もなく消えていってしまった。
(終わった)
黒雲が去り、蘇ったのは青々とした長閑な田舎の風景。そして、惜しみない天禄様への賞賛だった。
(……でも)
私は知っている。
(先の王は、お一人で瘴気を祓い、魔物を軽々神剣で斃していた)
その勇姿を、私は間近で目にしたことがあった。
天禄様の潜在能力は、こんなものではないはずなのに、力がまったく発揮できていない。
……未成年だから?
(違うわよね……)
考えたところで、辛くなるばかりだ。
(戻ろう)
魔物さえ殲滅できれば、私は用無しだ。
周囲に他の魔物の気配がないことを確認してから、天禄様から意識を切り離した。
――途端。
「――つっ!」
激痛が襲ってきた。
何だかんだで、魔物と対峙している間は、気が昂ぶっているので、痛覚も麻痺しているようだ。
最早、どこが痛むのか、分からぬまま、腕を抱えて蹲っていると……。
「もう! 何でまた、傷と痣が増えているんですか!?」
たっぷりと水の入った盥を抱えて、私付きの侍女、美雨が、黒々とした大きな瞳を細めて、こちらを睨んでいた。
「あ……。美雨。ごめんなさい。今、顔を隠すから」
房間に一人きりだからと、面布をはずしていたのがいけなかった。
痣と傷だらけの顔が丸見えだ。
美雨は私と同い年。
化け物みたいな顔なんて、気持ち悪くて、視界にも入れたくないはずだ。
そもそも、私に侍女がついたのは、うっかり、房間の外で、私の顔を見てしまった女官が、立て続けに悲鳴を上げて失神してしまったせいなのだ。
「傷と痣のことは、気にしないで下さい。私、目つきが悪いだけなので。別に、お妃様のことを、怒っているわけではないのですよ」
「そう、それならいいのだけど?」
「ただ、苛々しているだけです」
――怒っているではないか。
「ごめんなさい」
頭を下げたら、美雨の方が慌ててしまった。
「いや、だから、違いますって。その傷も痣も私は気にしていません。私が苛々しているのは、お妃様が傷だらけになっていることに対してですよ」
「……それは」
「もう少し、詳しい事情を話して下さいね。そうでないと、私、また天禄様のもとに行ってしまいますから」
酷い脅しだ。
美雨は初対面の時、私の全身痣だらけの姿を目にして、悲鳴を上げるより先に、天禄様のもとに、走って行ってしまったのだ。
(あれを止めるのは、大変だったわ)
また同じような騒ぎを起こしたくない。
下手したら、彼女まで王太后様の目の敵にされてしまうかもしれないのだ。
――とはいえ、一体、どこまで、話して良いものなのか?
「説明するのが、難しいのだけど……」
私は溜息を吐いてから、渋々、口を開いた。
「実は、成人前の王の力は弱くて。特に、瘴気を祓う力は、心身の調子によって左右されやすいの。瘴気を祓うことが出来なければ、魔物を斃すことは不可能。天禄様の力が足りない分、私が瘴気を身体に引き受けているのよ」
「ん? お妃様はここにいて、陛下とは離れているのに、瘴気だけを引き受けている? そんなこと……?」
「できるわ。呪い事を使えば」
「えっ?」
莫と違って、亮では呪い事は禁忌だ。
美雨が知らないのも無理はない。
(仕方ない)
私は黒衣の袖の中から、ぼろぼろの赤い布きれを取り出したのだった。
「随分と、手こずっているようだな。私の出番か」
威勢の良いことを大声で宣う。
天禄様は目をつむり、神剣を振り下ろして、立ち込める黒い霧=瘴気を一刀両断した。
その優美な姿は、まさに神。
だが、実際、天禄様は瘴気を祓えたわけではない。
私が遠隔で瘴気を身体に流し込むことで、祓ったように見せかけているだけだ。
「うっ」
邪悪な黒霧が空間を越えて、私の天辺から身体に入り込む。全身が焼けるように痛いが、我慢はできる。
(大丈夫よ。これしき……)
私も、それなりに瘴気の受け流し方は研究をしていた。たとえ、瘴気を受けたとしても、最小限に抑える身体づくりはしているつもりだった。
「さあ、早く魔物を……」
意識を再度集中させて、私は脳内に天禄様の姿を映し出す。
予め、私のもとに伝えられている国王が自ら魔物を討伐する遠征日。
私はこれに基づいて、天禄様と意識を繋げて、お支えるのが役目なのだが、大抵、遠征は近場で数日程度。延長は認められない。
今日、この場で仕留めて宮城に帰らなければ、魔物を取り逃がしたことになる。
「急いで……」
私の切実な願いは、天禄様ではなく、討伐軍に届いたようだ。
瘴気が消えた一帯を、騎乗した精鋭部隊が全速で駆け、巨大な真っ黒な塊に向かって、一斉に切りかかっていく。
神剣で切られた魔物は灰となって跡形もなく消えていってしまった。
(終わった)
黒雲が去り、蘇ったのは青々とした長閑な田舎の風景。そして、惜しみない天禄様への賞賛だった。
(……でも)
私は知っている。
(先の王は、お一人で瘴気を祓い、魔物を軽々神剣で斃していた)
その勇姿を、私は間近で目にしたことがあった。
天禄様の潜在能力は、こんなものではないはずなのに、力がまったく発揮できていない。
……未成年だから?
(違うわよね……)
考えたところで、辛くなるばかりだ。
(戻ろう)
魔物さえ殲滅できれば、私は用無しだ。
周囲に他の魔物の気配がないことを確認してから、天禄様から意識を切り離した。
――途端。
「――つっ!」
激痛が襲ってきた。
何だかんだで、魔物と対峙している間は、気が昂ぶっているので、痛覚も麻痺しているようだ。
最早、どこが痛むのか、分からぬまま、腕を抱えて蹲っていると……。
「もう! 何でまた、傷と痣が増えているんですか!?」
たっぷりと水の入った盥を抱えて、私付きの侍女、美雨が、黒々とした大きな瞳を細めて、こちらを睨んでいた。
「あ……。美雨。ごめんなさい。今、顔を隠すから」
房間に一人きりだからと、面布をはずしていたのがいけなかった。
痣と傷だらけの顔が丸見えだ。
美雨は私と同い年。
化け物みたいな顔なんて、気持ち悪くて、視界にも入れたくないはずだ。
そもそも、私に侍女がついたのは、うっかり、房間の外で、私の顔を見てしまった女官が、立て続けに悲鳴を上げて失神してしまったせいなのだ。
「傷と痣のことは、気にしないで下さい。私、目つきが悪いだけなので。別に、お妃様のことを、怒っているわけではないのですよ」
「そう、それならいいのだけど?」
「ただ、苛々しているだけです」
――怒っているではないか。
「ごめんなさい」
頭を下げたら、美雨の方が慌ててしまった。
「いや、だから、違いますって。その傷も痣も私は気にしていません。私が苛々しているのは、お妃様が傷だらけになっていることに対してですよ」
「……それは」
「もう少し、詳しい事情を話して下さいね。そうでないと、私、また天禄様のもとに行ってしまいますから」
酷い脅しだ。
美雨は初対面の時、私の全身痣だらけの姿を目にして、悲鳴を上げるより先に、天禄様のもとに、走って行ってしまったのだ。
(あれを止めるのは、大変だったわ)
また同じような騒ぎを起こしたくない。
下手したら、彼女まで王太后様の目の敵にされてしまうかもしれないのだ。
――とはいえ、一体、どこまで、話して良いものなのか?
「説明するのが、難しいのだけど……」
私は溜息を吐いてから、渋々、口を開いた。
「実は、成人前の王の力は弱くて。特に、瘴気を祓う力は、心身の調子によって左右されやすいの。瘴気を祓うことが出来なければ、魔物を斃すことは不可能。天禄様の力が足りない分、私が瘴気を身体に引き受けているのよ」
「ん? お妃様はここにいて、陛下とは離れているのに、瘴気だけを引き受けている? そんなこと……?」
「できるわ。呪い事を使えば」
「えっ?」
莫と違って、亮では呪い事は禁忌だ。
美雨が知らないのも無理はない。
(仕方ない)
私は黒衣の袖の中から、ぼろぼろの赤い布きれを取り出したのだった。



