贄の公主と降魔の王 ~黒衣を纏う花嫁は、年下王の最愛になる~

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 天禄(ティエンルー)様は、十一歳。
 私、琳娜(リンナ)は十五歳。
 二人の婚姻は形だけのもので、御簾越しに、直接顔を合わせることもなく、静かに終わった。
 この婚姻は建前としては「聖婚」だ。 表向きは、実在しない「女神」を最初の妻に迎えるということになっている。
 でも、本当は……。
 私のような贄が未成年の王の「最初の王妃」として、あてがわれているのだ。
 当然、夫となる亮王、天禄様はこのことを知らない。
 だから、婚姻の儀の後、不機嫌そのもので、私を呼び出してきたのだ。

「お前は数年前に滅んだ隣国、(モー)の王族の公主と聞いているが、そちらの国では、夫の前で黒服を纏って、面布をする習慣があるのか? 失礼ではないか!?」

 婚姻の儀が終わり、王太后様の宮に呼ばれた私は、早速、天禄様に叱責されてしまった。

(怒っているわよね。当然だわ)

 声変わりをしていない幼い少年の甲高い声は、感情剥き出しで、怒りに満ちている。
 天禄様の言い分は、正しい。
 結婚相手が全身黒ずくめで、顔まで覆っていたら、薄気味悪くて、腹も立つはずだ。私だってそう思う。……だけど。
 王太后様や、大勢の侍女達が見ている前で、そこまで激しく責め立てなくてもいいではないか?

「どうした? 口が利けないのか?」
「……」

 ――違いますと、否定したくても、王太后様の目がある。話してはならないと、きつく命じられたのは、先程のことだ。

(一言くらいなら?)

 しかし、布の隙間かちらりと窺った王太后様は、淡い笑みを浮かべているが、感情は消えていた。
 あの酷薄な笑みは、私に対する牽制だろう。
 言外に、喋るなと命じている。

(……駄目なのね)

 話してしまったら、その後、どんなお叱りを受けるか知れない。
 会話は諦めるしかないのだ。

「話す気がないらしいな?」
「……っ」

 ふるふる……。私は首を横に振って、意思表示をする。
 だが、それはかえって、天禄様を逆上させる結果になってしまった。

「貴様。私を馬鹿にしているのか? 私は花嫁が口を利けないなんて話、聞いていないぞ!?」
「……も」

 ――申し訳ありません。
 陛下を揶揄する意図など、なかったのです。
 黒衣も面布も、史書に記されていた通り、第一王妃の婚礼衣装。……理由があるのです。

「……ぅ」

 思い余って、話しかけてしまいそうになって、しかし、そんな私を見計らったように……。

「陛下。わたくしも、まさか黒衣で嫁いでくるとは思ってもいなかったのです。この娘を選んだのは、わたくし。何卒、お許しくださいな」

 王太后様が、横から口を出してきたのだ。

「……母上」

 今までの緊張感が少しだけ和らいだものの、しかし、天禄様はあくまで辛辣だった。

「許すも何も、薄気味悪い。即刻、離縁をしたいのだが?」
「もう、半日で離縁ですか? 困ったお方ですね」

 くすくすと、王太后様がわざとらしい笑声を響かせる。
 多分、この人は最初から、こうなることが分かっていたのだろう。
 わたしが徹底的に、嫌われるのを目の当たりにして、とても楽しそうだ。

「されど、陛下。すぐに離婚とは、誓約した神に悪うございます。とりあえず、害はないようですし、その辺に捨て置けば良いのでは?」
「これを、置き物とでも思え……と?」

 いかにも、億劫そうに溜息を吐かれた。
 この方は、全力で私のことを嫌がっている。

(私だって……)

 ……嫌だ。
 こんな怪しい風体で、子供の花嫁になんてなりたくなかった。
 でも、大切な人を死に追いやってしまった私は、一匹でも多く魔物を狩らねばならない。

 ――魔物を滅ぼす圧倒的な力を持っているのは、この方しかいないのだから。

「そうですわね」

 王太后様が天禄様をあやすように、猫撫で声で言った。

「陛下が成人の儀を迎える頃に、相応しい美妃を、わたくしが選んで差し上げましょう。それまでの辛抱ですよ」
「あと七年も……か」
「気分を害したのでしたら、これから、宴会でも開きますか?」
「あー……。そうだな。太傅が魂の書がどうのとか言っていたが、よく分からんし、宴でも催して、気晴らしでもするか」 

(え?)

 今、聞き捨てならない言葉を耳にしたような気がしたが?

(聞き違いよね?)

 私は黒い面布の下で、一人顔面蒼白になっていた。

 ――(ルーン)の書。
 それは、降魔の王として必須の教書のはずだ。もしも、本当に天禄様が「分からない」と口にしていたら、一大事だ。

(まさか、本当に分からないってことはないわよね?)

 恐る恐る顔を上げたら、面布の隙間から、緋色の宝座に座っている天禄様の整った顔が確と見えた。

(……確かに)

 噂通りの美貌。
 可憐な少女のような麗しい御姿。
 肩までの艶やかな黒髪に、滑らかな白い肌。薄黄の上着を深衣の上に引っ掛けている。
 私とは真逆の光の中にいるような崇高な存在。
 亮には数年前から滞在していたので、先代国王とは顔を合わせたことがあったが、天禄様とこうして直に会うのは初めてだった。

(お父上も美しい方だったけれど、天禄様は、人間の域を越えているわ)

 王太后様が目に入れても痛くないほど、溺愛しているのも頷ける。

「何だ?」

 ――っ!?
 目が合った。
 慌てて、顔の向きを変えたものの、手遅れだった。

「何を見ている? 気色悪い。私の前から、さっさと消えろ!」

 天禄様の菫色の瞳は、私に対する嫌悪しかなかった。

 ――あと七年。

 私はこの方から疎まれ、生きていかなければならないのだ。