◆◆
「何たることをしてしまったのです?」
「逆に何が悪いのだ?」
完全に、開き直っている。
この方は、玄だった時の私の言うことは、素直に聞いたくせに、王妃としての私の言葉はほとんど聞いてくれない。
私が終の住処を探したいと言っても、後宮の一番豪華な室に囲い込むし、馴染みの黒衣を身につけようとしたら、華やかな色合いの着物ばかり美雨に用意させる。一人にして欲しいと言えば、ひっついてくるし。
(でも、まさか、ここまでするなんて)
「王家の弱みを白状して、どうするのですか?」
「別に問題ない。私はもう成人済みだ。弱みでも何でもない」
「しかし……」
「亮国の歴史を詳らかに調べてみたが、王が未成年で即位し、すぐに王妃を娶ったのは、過去五回。そのいずれも、国が不安定な時だ」
「は?」
「今、我が国は安定している。母上を追放し、風通しも良くしたからな。だから、私と貴方の子の代は、もっと平和になる。従って、そんな古めかしい、誰も得しない、謎の王妃など必要ないのだ」
「はあ?」
天禄様は息継ぎもせず、よく喋る。
知識を得ることの重要性を教えたのは私だが、博識になったせいで、理屈を捲し立てて、人を丸め込む詐欺の才能が開花しているのではないかと思う。
(ああ、私、間違ったのかしら?)
落ち着こうと、長椅子に腰を下ろした私の隣には、ぴったりと寄り添う天禄様がいた。
「近いですって」
いくら痣が薄くなったとはいえ、近距離に抵抗がある私はつい手で顔を覆ってしまう。しかし、それすら、天禄様は許してくれないのだ。
「当然だ」
言いながら、私の頬を撫でた。
「近くにいなければ駄目なのだ。私の陽の気を貴方に送って、障気を完全に消し去るのだから。これは、観応法と呪い事の応……」
「はい。もう、分かりましたって」
困った方だ。
何だかんだと理由をつけているが、単に、離れたくないだけだ。
(私だって。同じよ)
嫌だ、近寄るなと距離を取っているけど、本当は嬉しいのだ。
私の肩にもたれる横顔。艶やかな長髪。長い睫。紅潮した頬が誰より愛おしい。
(もう、充分すぎるほど、良くしてもらっているのに……)
天禄様は、私のすべてを受け入れてくれた。
今、ここにいるこの方は、昔、私を蔑み、追い返した人ではない。
人は変わる。
過去に対する認識も然りだ。
(私が死んだところで、亡くなった人は返らない)
ならば、こんな私でも必要としくれる天禄様に、尽くすべきではないのか?
だから、本当はもう意地を張りたくない。
それなのに、 そのきっかけを逃し続けて、私は今日もつれない態度で接してしまうのだ。
(情けない。私の方が、今は天禄様より偉そう)
――と。
考え事に耽っている私に隙を見つけたのだろう。
「あっ」
天禄様は、私の膝にひょいと頭を置いてしまった。
「な、何をするのですか?」
「琳娜。私は決めたのだ」
「え?」
突拍子もないことを言い出すのは、常のことだ。呆れ半分で首を傾げていると……。
「隣国に援軍を送る」
「……っ!?」
初めて、私から天禄様に目を合わせた。
「貴方の国は滅んだという話だが、最近、元王族の者が王位に就いて、莫を再興しようと躍起になっているらしい。魔物に頭を悩ませているらしくてな。私のところに、討伐軍を送ってほしいと嘆願書が届いたのだ」
「本気なのですか?」
「嘘を吐いてどうする?」
涙腺が刺激されて、視界がぼやけてきた。
それは、私がずっと切望していたことだった。
「まだ泣くなよ。琳娜。……客が来ているからな」
身体を起こした天禄様が短く「入れ」と命じる。
美雨に先導され、ゆっくりとした足取りで、私の眼前に現れた正装の女性は……。
「……え」
優雅な拱手。この人が生きていたなら……と、後悔してやまなかった。
私の大切な……。
「久しぶり。琳娜」
――生きている。
既婚者の証である紅の宝玉を、首飾りにして下げていた。
「姉様!」
涙が引っ込むくらい、私は驚き、興奮した。
傍らの天禄様は、得意げに腕組みしている。
「まったく……。私も大概、短気で愚鈍だが、あなたも、なかなかだぞ? 早とちりが過ぎるだろう。ちなみに、義兄殿も生きて……」
「天禄さまっ!」
やはり、この方は神様だ。
私はおもいっきり、両腕を伸ばして天禄様に抱きついた。
「待て。なぜ、今、ここで? まずは姉上だろう?」
突然の私からの抱擁に、天禄様は顔を真っ赤にしておろおろしている。
どうやら、攻めに弱いらしい。
今後はそういう作戦でいこうと、私は密かに誓ったのだった。
【 了 】
「何たることをしてしまったのです?」
「逆に何が悪いのだ?」
完全に、開き直っている。
この方は、玄だった時の私の言うことは、素直に聞いたくせに、王妃としての私の言葉はほとんど聞いてくれない。
私が終の住処を探したいと言っても、後宮の一番豪華な室に囲い込むし、馴染みの黒衣を身につけようとしたら、華やかな色合いの着物ばかり美雨に用意させる。一人にして欲しいと言えば、ひっついてくるし。
(でも、まさか、ここまでするなんて)
「王家の弱みを白状して、どうするのですか?」
「別に問題ない。私はもう成人済みだ。弱みでも何でもない」
「しかし……」
「亮国の歴史を詳らかに調べてみたが、王が未成年で即位し、すぐに王妃を娶ったのは、過去五回。そのいずれも、国が不安定な時だ」
「は?」
「今、我が国は安定している。母上を追放し、風通しも良くしたからな。だから、私と貴方の子の代は、もっと平和になる。従って、そんな古めかしい、誰も得しない、謎の王妃など必要ないのだ」
「はあ?」
天禄様は息継ぎもせず、よく喋る。
知識を得ることの重要性を教えたのは私だが、博識になったせいで、理屈を捲し立てて、人を丸め込む詐欺の才能が開花しているのではないかと思う。
(ああ、私、間違ったのかしら?)
落ち着こうと、長椅子に腰を下ろした私の隣には、ぴったりと寄り添う天禄様がいた。
「近いですって」
いくら痣が薄くなったとはいえ、近距離に抵抗がある私はつい手で顔を覆ってしまう。しかし、それすら、天禄様は許してくれないのだ。
「当然だ」
言いながら、私の頬を撫でた。
「近くにいなければ駄目なのだ。私の陽の気を貴方に送って、障気を完全に消し去るのだから。これは、観応法と呪い事の応……」
「はい。もう、分かりましたって」
困った方だ。
何だかんだと理由をつけているが、単に、離れたくないだけだ。
(私だって。同じよ)
嫌だ、近寄るなと距離を取っているけど、本当は嬉しいのだ。
私の肩にもたれる横顔。艶やかな長髪。長い睫。紅潮した頬が誰より愛おしい。
(もう、充分すぎるほど、良くしてもらっているのに……)
天禄様は、私のすべてを受け入れてくれた。
今、ここにいるこの方は、昔、私を蔑み、追い返した人ではない。
人は変わる。
過去に対する認識も然りだ。
(私が死んだところで、亡くなった人は返らない)
ならば、こんな私でも必要としくれる天禄様に、尽くすべきではないのか?
だから、本当はもう意地を張りたくない。
それなのに、 そのきっかけを逃し続けて、私は今日もつれない態度で接してしまうのだ。
(情けない。私の方が、今は天禄様より偉そう)
――と。
考え事に耽っている私に隙を見つけたのだろう。
「あっ」
天禄様は、私の膝にひょいと頭を置いてしまった。
「な、何をするのですか?」
「琳娜。私は決めたのだ」
「え?」
突拍子もないことを言い出すのは、常のことだ。呆れ半分で首を傾げていると……。
「隣国に援軍を送る」
「……っ!?」
初めて、私から天禄様に目を合わせた。
「貴方の国は滅んだという話だが、最近、元王族の者が王位に就いて、莫を再興しようと躍起になっているらしい。魔物に頭を悩ませているらしくてな。私のところに、討伐軍を送ってほしいと嘆願書が届いたのだ」
「本気なのですか?」
「嘘を吐いてどうする?」
涙腺が刺激されて、視界がぼやけてきた。
それは、私がずっと切望していたことだった。
「まだ泣くなよ。琳娜。……客が来ているからな」
身体を起こした天禄様が短く「入れ」と命じる。
美雨に先導され、ゆっくりとした足取りで、私の眼前に現れた正装の女性は……。
「……え」
優雅な拱手。この人が生きていたなら……と、後悔してやまなかった。
私の大切な……。
「久しぶり。琳娜」
――生きている。
既婚者の証である紅の宝玉を、首飾りにして下げていた。
「姉様!」
涙が引っ込むくらい、私は驚き、興奮した。
傍らの天禄様は、得意げに腕組みしている。
「まったく……。私も大概、短気で愚鈍だが、あなたも、なかなかだぞ? 早とちりが過ぎるだろう。ちなみに、義兄殿も生きて……」
「天禄さまっ!」
やはり、この方は神様だ。
私はおもいっきり、両腕を伸ばして天禄様に抱きついた。
「待て。なぜ、今、ここで? まずは姉上だろう?」
突然の私からの抱擁に、天禄様は顔を真っ赤にしておろおろしている。
どうやら、攻めに弱いらしい。
今後はそういう作戦でいこうと、私は密かに誓ったのだった。
【 了 】



