◆◆
薬湯のおかけで、少し頭が回るようになった私は、天蓋付きの豪華な寝床から、上体だけ起こしていた。
妙に律儀な天禄様は
「母上からの貴方に対する理不尽な命令は、すべて帳消しにする」
……と、あえて皆の前で私に命じてから、徹底して人払いをした。
そして、開口一番……。
「……私は母上の傀儡だったのだ」
なんとも気弱な一言を放ってきたのだった。
そんなことは周知の事実だと、呆れている私に心底、申し訳なさそうに。
「だから、その……。貴方を助けるのに、とんでもなく時間がかかってしまった」
しゅん……。
大きな図体を窄めて、天禄様は叱られた小動物のようだ。
「重要な情報が一切入ってこなくて、自分で動くしかなかった。しかし、貴方も知っての通り、私は鈍感で阿保なのだ。玄と琳娜が同一人物だと分かったのは、たった二年前のことだ。薄々、そうではないかと感じてはいたが、玄の正体を探ろうとして、呪い事を学んでいた時。莫の王族は呪い事をよくすると聞いて、ようやく確信を持った。本当にすまない」
「謝らないで下さい」
怒るようなことでも、謝罪するようなことでもない。
むしろ、天禄様に気づかれないよう、手を尽くしていたのは私の方だ。
「勿論、琳娜のことは四年前から捜していたのだぞ。でも」
「……ええ。私の存在自体、重臣にも秘されていたようですから、分からなくて当然です」
「まったく……。母の意に沿わないことをすれば、誰かが消される。表立って、母方の勢力を削ごうと動けば、国の運営も危うくなってしまう。呪い事も我が国では表立って使うのは禁じられている。そういうわけで、それとなく手を回してはいたが、貴方の件に関しては、慎重に動く必要があった」
……私の知らないところで、大変だったらしい。
(でも……だとしたら?)
天禄様は二年前から琳娜のことを知った上で、それには触れずに玄と交信を続け、王太后様にも、物分かりの良い息子として猫を被っていたということだ。
(私の方が、何か拗ねていたみたいね)
急に恥ずかしくなって下を向いたら、天禄様が私よりも深く肩を落としているのが、ちらりと見えた。
「それだけじゃない。まだあるんだ。私の馬鹿さ加減は……」
「え?」
「貴方が私の魂と繋がってくれてることは知っていたが、まさか、魔物の瘴気まで受け止めてくれていたなんて気づかなかった。美雨に話を聞くまで、私は……」
「美雨が?」
「貴方から終わりにすると交信を切られて、私は自棄になった。密偵と呪い事を駆使して、貴方の居所を確かめたのだ。そこで、美雨に会った」
「……やはり」
美雨が急によく効く薬を持って来たのも、新しい着物を用意してくれたのも、みんな…… 天禄様が裏で手配をしていたものだった。
「初耳だった。魔物の瘴気を身体で受けるなんて、そんな狂った呪い事があるなんて。命を削って、身体中に痣を作って……。一体、何の拷問だ? 何で、私に言ってくれなかった? 最初の出会いが最悪だったせいか? もっと早く知っていれば。……私は悔しくて仕方ない」
「もう十分です。ご自分を責めないで下さい」
王太后様に命じられたこともあるけれど、決めたのは私自身。天禄様に言わなかったのも、私の問題だ。
「私はいいのです。でも、こんな身体では妃の務めはできません。所詮、私は貴方の成人の儀の前後に死ぬ運命なのです。だから、もう……」
「……放っておけ? それは駄目だ」
断言すると、天禄様は私の顎に触れる。
間近から覗きこまれてしまい、私は必死に顔をそむけた。
「見ないで下さい」
「言ったはずだ。琳娜。貴方が老婆でも痣だらけの化け物でも、私は何でもいいと。それに、瘴気を受ける呪い事があるのなら、消し去る呪い事だってあるはずだろう?」
「お伝えしたはずです。私は……」
「贖罪をしたいのなら、死ぬ以外の方法にしろ。とにかく、私は全力で貴方の瘴気の解毒をする。私の王妃は琳娜以外いらないと、国民に宣言したのだ。死なせてたまるか」
「撤回して下さい」
「馬鹿言うな」
今までの殊勝な態度から、急に傲慢さを発揮した天禄様は、私の頬を両手で挟んでしまった。
「痣? 傷? それが何だ? 貴方が私を命懸けで護ってくれた証だろう。貴方は私にとっての神だ。貴方が導いてくれなかったら、私は暗君となって、この国を傾けていた。貴方が私を救ってくれたのだ」
「しかし、こんな私が王妃では、王太后様以外にだって、侮られます」
「私を誰だと思っている? 努力なら得意だ。どうとでもやってやる。ほら、見ろ!」
「なっ?」
それこそ、奇跡だった。
天禄様の手が発光して、私を包みこんでいる。
「貴方が言ったのだ。知識は裏切らない。私の味方だと……」
――これは?
呪い事の中でも、高次の癒し系の術だ。
(一体、いつ、こんな術を覚えたのよ?)
その時、本当に、天禄様は神の化身なのかもしれないと、私は思ったのだった。
――その後。
天禄様は私の抵抗をものともせず、事あるごとに、私の身体に癒しの術をかけ、薬を飲ませ続けた。
傷も痣も、次第に薄くなっていき……。
天禄様が、正式に成人を迎える頃、すっかり健康を取り戻したのだった。
そうして、成人を機に、名実ともに国王としての実権を握った天禄様は、私には無断で、七年間王妃がしていたことを国民に暴露してしまった。
薬湯のおかけで、少し頭が回るようになった私は、天蓋付きの豪華な寝床から、上体だけ起こしていた。
妙に律儀な天禄様は
「母上からの貴方に対する理不尽な命令は、すべて帳消しにする」
……と、あえて皆の前で私に命じてから、徹底して人払いをした。
そして、開口一番……。
「……私は母上の傀儡だったのだ」
なんとも気弱な一言を放ってきたのだった。
そんなことは周知の事実だと、呆れている私に心底、申し訳なさそうに。
「だから、その……。貴方を助けるのに、とんでもなく時間がかかってしまった」
しゅん……。
大きな図体を窄めて、天禄様は叱られた小動物のようだ。
「重要な情報が一切入ってこなくて、自分で動くしかなかった。しかし、貴方も知っての通り、私は鈍感で阿保なのだ。玄と琳娜が同一人物だと分かったのは、たった二年前のことだ。薄々、そうではないかと感じてはいたが、玄の正体を探ろうとして、呪い事を学んでいた時。莫の王族は呪い事をよくすると聞いて、ようやく確信を持った。本当にすまない」
「謝らないで下さい」
怒るようなことでも、謝罪するようなことでもない。
むしろ、天禄様に気づかれないよう、手を尽くしていたのは私の方だ。
「勿論、琳娜のことは四年前から捜していたのだぞ。でも」
「……ええ。私の存在自体、重臣にも秘されていたようですから、分からなくて当然です」
「まったく……。母の意に沿わないことをすれば、誰かが消される。表立って、母方の勢力を削ごうと動けば、国の運営も危うくなってしまう。呪い事も我が国では表立って使うのは禁じられている。そういうわけで、それとなく手を回してはいたが、貴方の件に関しては、慎重に動く必要があった」
……私の知らないところで、大変だったらしい。
(でも……だとしたら?)
天禄様は二年前から琳娜のことを知った上で、それには触れずに玄と交信を続け、王太后様にも、物分かりの良い息子として猫を被っていたということだ。
(私の方が、何か拗ねていたみたいね)
急に恥ずかしくなって下を向いたら、天禄様が私よりも深く肩を落としているのが、ちらりと見えた。
「それだけじゃない。まだあるんだ。私の馬鹿さ加減は……」
「え?」
「貴方が私の魂と繋がってくれてることは知っていたが、まさか、魔物の瘴気まで受け止めてくれていたなんて気づかなかった。美雨に話を聞くまで、私は……」
「美雨が?」
「貴方から終わりにすると交信を切られて、私は自棄になった。密偵と呪い事を駆使して、貴方の居所を確かめたのだ。そこで、美雨に会った」
「……やはり」
美雨が急によく効く薬を持って来たのも、新しい着物を用意してくれたのも、みんな…… 天禄様が裏で手配をしていたものだった。
「初耳だった。魔物の瘴気を身体で受けるなんて、そんな狂った呪い事があるなんて。命を削って、身体中に痣を作って……。一体、何の拷問だ? 何で、私に言ってくれなかった? 最初の出会いが最悪だったせいか? もっと早く知っていれば。……私は悔しくて仕方ない」
「もう十分です。ご自分を責めないで下さい」
王太后様に命じられたこともあるけれど、決めたのは私自身。天禄様に言わなかったのも、私の問題だ。
「私はいいのです。でも、こんな身体では妃の務めはできません。所詮、私は貴方の成人の儀の前後に死ぬ運命なのです。だから、もう……」
「……放っておけ? それは駄目だ」
断言すると、天禄様は私の顎に触れる。
間近から覗きこまれてしまい、私は必死に顔をそむけた。
「見ないで下さい」
「言ったはずだ。琳娜。貴方が老婆でも痣だらけの化け物でも、私は何でもいいと。それに、瘴気を受ける呪い事があるのなら、消し去る呪い事だってあるはずだろう?」
「お伝えしたはずです。私は……」
「贖罪をしたいのなら、死ぬ以外の方法にしろ。とにかく、私は全力で貴方の瘴気の解毒をする。私の王妃は琳娜以外いらないと、国民に宣言したのだ。死なせてたまるか」
「撤回して下さい」
「馬鹿言うな」
今までの殊勝な態度から、急に傲慢さを発揮した天禄様は、私の頬を両手で挟んでしまった。
「痣? 傷? それが何だ? 貴方が私を命懸けで護ってくれた証だろう。貴方は私にとっての神だ。貴方が導いてくれなかったら、私は暗君となって、この国を傾けていた。貴方が私を救ってくれたのだ」
「しかし、こんな私が王妃では、王太后様以外にだって、侮られます」
「私を誰だと思っている? 努力なら得意だ。どうとでもやってやる。ほら、見ろ!」
「なっ?」
それこそ、奇跡だった。
天禄様の手が発光して、私を包みこんでいる。
「貴方が言ったのだ。知識は裏切らない。私の味方だと……」
――これは?
呪い事の中でも、高次の癒し系の術だ。
(一体、いつ、こんな術を覚えたのよ?)
その時、本当に、天禄様は神の化身なのかもしれないと、私は思ったのだった。
――その後。
天禄様は私の抵抗をものともせず、事あるごとに、私の身体に癒しの術をかけ、薬を飲ませ続けた。
傷も痣も、次第に薄くなっていき……。
天禄様が、正式に成人を迎える頃、すっかり健康を取り戻したのだった。
そうして、成人を機に、名実ともに国王としての実権を握った天禄様は、私には無断で、七年間王妃がしていたことを国民に暴露してしまった。



