贄の公主と降魔の王 ~黒衣を纏う花嫁は、年下王の最愛になる~

◆◆
 天禄様が私を王妃と呼んだ。
 そんなことあるはずがない。
 きっと、すべて夢だ。
  私のお役目は、天禄様の魔物討伐を助けて、瘴気を引き受けること。
  決して、幸せになることはない。
 だって、私は人殺し。
  私の存在自体が「呪い」なのだから……。

「やはり、お前か! お前が唆したのだな! 魔物より性質が悪い性悪女が!」

  ――そうだ。これが私の現実。
 王太后様が怒っている。
 私は何処かで寝かされているようだが、猛烈に身体がだるくて、薄ら目を開けることくらいしか出来なかった。

「夫を誑かし、今度は息子! あの子の贄となって、死んでくれると思ったから、お前を王妃にしたのに、この化け物女!」

 剥き出しの殺意が、瘴気を受けた私の身体を刺激する。

(私、ここで死ぬのかしら?)

 身体中に瘴気が回って死ぬことを想定していたが、こういう終わり方もあるようだ。

(これが私の罰……)

 諦念と少しだけの未練。それを飲みこんで、自ら王太后様を誘導するように、目を閉じる。……が。

「やめてください! 王太后様」
 
(何?)

 美雨だ。咄嗟に私と王太后様の間に、飛び込んできたのだ。

「誰だ、貴様。放せ!」

 王太后様が暴れている。
 美雨が王太后様を必死で取り押さえるが、力
及ばず……。

「いたっ」
 
 弾き飛ばされてしまった。

(何とかしないと……)

 このままでは、美雨を巻き込んでしまう。

「やめて……ください」

 ゆるゆると身体を起こして、掠れた声で咎めた瞬間……。

「何をなさっているのですか? 母上」

 雷鳴のように轟く声。

「……陛下?」

 美雨の視線の先、屏風の向こう側からやって来る長身の人影があった。
 天禄様が駆けつけてきたのだ。

「あ、あら、まあ」

 そこで初めて、王太后さまは、頭に血が上っていたことに、気づいたのだろう。取り繕うように、乱れた髪を直している。

「嫌ですわ。陛下。随分と早く、こちらに?」
「母上。私は今「私の妃に、何をなさろうとしたのか」と、尋ねたのですが?」

 愛想笑いを浮かべる王太后様には目もくれず、走ってきた天禄様は、私を庇うようにして前に立った。

「陛下……」

 王太后様は、露骨に不快な表情を浮かべた。

「何もしていないわ。わたくしはただ……」
「ただ? ……殺しに来たと?」

 こくり。首肯したのは、美雨だった。
 既に、彼女は天禄様の従者に助けられて、後ろに下がっている。

「天……禄様?」
「すまない。琳娜。また恐い思いをさせてしまったな。残務処理をしていたら来るのが遅れてしまった。もう少し待っててくれ。すぐに終わる」

 年下とは思えない程、艶めいていた声を私の耳元で囁いてから、くるりと振り返った。
 王太后様と向かい合った天禄様に、今までの甘い雰囲気はもうなかった。

「母上。彼女は私の王妃だ。先程、皆の前で、私はそう宣言した。今更、これを覆すことなどできないし、するつもりもない」
「待って! では、わたくしの選んだ妃は?」
「その者には事情を話して、丁重に帰ってもらった」
「何てことを!?」
「……何てこと……だと? それは、私が貴方に言いたいことだ。母上。幼少時から、貴方の言うことだけを聞くよう、私を教育し、重要な情報を私の耳目に入れないよう、周囲に指示した。私は貴方の人形だった」 
「ち、違うわ。わたくしは、貴方を護りたかっただけで……」

 必死に天禄様の袖口を掴み、揺さぶり、縋りつこうとする。
 だが、そんな王太后様を天禄様は無表情で見下ろすのみ。……もう、決断をしているのだ。

「思考を奪い、知恵を得ることから遠ざけ、私を堕落させることが私を護ること? 挙句、生前、父上が可愛がっていたという理由だけで、琳娜を虐げた。父上はただ聡明な彼女を慈しんでいただけなのに……」

(え?)

 先代国王の優しさは、幻ではなかったのか? 
 天禄様はすべてを調べた。その上で、私にも聞かせるようにして、話しているのだ。

「琳娜に私と話すなと命じたのも、貴方だろう。そして、今、用済みとばかりに、命まで取ろうとした。……貴方は終わりだ。母上」

 天禄様は一瞬、寂しそうに俯いたが、次に顔を上げた時には平静を取り戻していた。

「連れて行け」

 そう命じる声は、冷え冷えとしていた。