◆◆
成人の儀は、国民の休日に制定されている。
内廷は立ち入り厳禁だが、その他の庭園などの施設は出入り自由。普段、商売をしてはいけない場所にも露店が出ていて、酒や食べ物、装飾品などを茣蓙に並べて販売をしていた。
国を挙げての祝い事というのは珍しい。 莫には、そういうものはなかった。
(確かに、これは行かないと損かも)
今日は、完全に引きこもるつもりでいた私だ。
しかし、美雨から痣隠しにと、被帛を頭からすっぽり被せられて、彼女の用意した藍色の深衣を着せられてしまうと、別人になった気がして、外を歩くのも楽しかった。
(まあ、いいか。最期のご褒美に、祭りを見物するのも……)
体調も落ち着いている。
美雨が知り合いから貰ってきてくれた薬がよく効いて、私は辛うじて寝たきりにならずに済んでいた。
(彼女にはお世話になりっぱなしだわ。せめて、次の仕事だけでも、世話することができたらいいのだけど……)
……などと、現実的な問題に頭を悩ませている私とは対照的に、美雨は完全に浮かれていた。
「わあ! 凄いですね。こんなに盛り上がるのは、陛下の即位以来です。今回は王妃様のお披露目もあるから、みんな、一層浮かれているんですよ」
「そうよね。王妃様が……」
「あ、いえ、王妃様は、こちらにいらっしゃいましてね。……ええっと」
美雨は素直な人だ。
嘘を吐けない。
躊躇いがちに、でも、ずばりと私に尋ねてきた。
「……こんな終わり方で良いのですか?」
「え?」
「お妃様が魔物のことで辛い思いをされたことは分かりました。でも、天禄様は、お妃様のことを覚えていたじゃないですか?」
彼女は、最後の天禄様と私のやりとりを聞いていた。
ずっとこれが訊きたくて、時機をはかっていたのだろう。
「そうね」
(あの方は琳娜のことを覚えていた)
とっくに、忘れていると思っていたのに……。
あの様子だと、琳娜と玄が同一人物であることも、かなり前から気づいていたのだろう。
(一体、いつから?)
なぜ、それを私に言わないのだろう。
分からないことだらけだ。
……でも。
「いいのよ。美雨」
あの組紐は、先日、美雨と燃やして処分した。
今日で、私の王妃のお役目は終わる。
それでいい。
「もう、いいから。冷えてきたし、房間に戻りましょう。美……」
(あ……れ?)
……いない。
今までそこにいた美雨が、忽然と消えていた。
「美……雨?」
何処に行ってしまったのか?
彼女の着ていた鮮やかな橙色の衣を目印に、私は懸命に捜す。
今日のために私の着物も含めて、新調したと話していた。慶事ということで、今回、給金が増えたのだと……。
(それにしたって、最近、随分と生活水準が向上したような気が……)
「……ん?」
私は、何を見落としているのだろう?
………どぉぉん。
大銅鑼の音が鳴り響く。
耳を両手で塞いでいると、移動を始めた人たちが口々に歓声を上げ始めた。
「……陛下だ!」
「陛下がおでましになった!」
(な、何!?)
「嘘でしょ?」
ありえない。
国王が民衆の前に姿を現すのは、正殿のはずだ。
(ここは、中央門の近くのはず。正殿からはだいぶ離れている場所よ)
絶対、虚言に決まっている。
……けれど。
一際目立つ行列が、前方からこちらに近づいて来ているのは事実だ。
今までごった返していたその場が急に静まり、波が割れるように、中心が開く。
大勢の人が左右に別れ、慌てて叩頭していく姿に、私は呆然となった。
「お妃様!」
淡く光る組紐を私の手に握らせたのは、消えたはずの美雨だった。
「え、あ、何で? 美雨?」
「申し訳ありません。お妃様の目を盗んで、隠していました」
「はあ?」
「燃やせるはずがないでしょう」
失敗した。
情の厚い美雨と、組紐の処分なんてしない方が良かったのだ。
嫌な予感しかしない。
早く、組紐など捨ててしまえばいい。
――しかし。
「まさに神の差配だな?」
発光を続ける古ぼけた組紐を手に、列の先頭。赤色の裳裾を華麗に捌きながら、私に近づいてくる大柄な若者。
腰に帯びた神剣の柄頭にたなびく金の剣穂。降魔を意味する黄金を身につけることが出来るのは、亮王のみだ。
「妃に会いたいと願ったら、見事に導かれてしまった」
「ど……して?」
――貴方が、ここに?
「見つけたぞ。我が妃」
現実で顔を合わせるのは、二回目。
大勢の臣を従えながら、天禄様が私の前で足を止める。
「お妃……様?」
私の傍らにいた人が弾かれたように跪き、頭を下げた。
「ちが……」
違う。 私が本物の王妃であるはずがない。
――私のような人間が……。
周囲の好奇な視線は、私の体力を確実に奪っていく。
激しい目眩。
次第に気が遠くなっていく私に、天禄様は
「琳娜!」
確かに、そう呼んだのだった。
成人の儀は、国民の休日に制定されている。
内廷は立ち入り厳禁だが、その他の庭園などの施設は出入り自由。普段、商売をしてはいけない場所にも露店が出ていて、酒や食べ物、装飾品などを茣蓙に並べて販売をしていた。
国を挙げての祝い事というのは珍しい。 莫には、そういうものはなかった。
(確かに、これは行かないと損かも)
今日は、完全に引きこもるつもりでいた私だ。
しかし、美雨から痣隠しにと、被帛を頭からすっぽり被せられて、彼女の用意した藍色の深衣を着せられてしまうと、別人になった気がして、外を歩くのも楽しかった。
(まあ、いいか。最期のご褒美に、祭りを見物するのも……)
体調も落ち着いている。
美雨が知り合いから貰ってきてくれた薬がよく効いて、私は辛うじて寝たきりにならずに済んでいた。
(彼女にはお世話になりっぱなしだわ。せめて、次の仕事だけでも、世話することができたらいいのだけど……)
……などと、現実的な問題に頭を悩ませている私とは対照的に、美雨は完全に浮かれていた。
「わあ! 凄いですね。こんなに盛り上がるのは、陛下の即位以来です。今回は王妃様のお披露目もあるから、みんな、一層浮かれているんですよ」
「そうよね。王妃様が……」
「あ、いえ、王妃様は、こちらにいらっしゃいましてね。……ええっと」
美雨は素直な人だ。
嘘を吐けない。
躊躇いがちに、でも、ずばりと私に尋ねてきた。
「……こんな終わり方で良いのですか?」
「え?」
「お妃様が魔物のことで辛い思いをされたことは分かりました。でも、天禄様は、お妃様のことを覚えていたじゃないですか?」
彼女は、最後の天禄様と私のやりとりを聞いていた。
ずっとこれが訊きたくて、時機をはかっていたのだろう。
「そうね」
(あの方は琳娜のことを覚えていた)
とっくに、忘れていると思っていたのに……。
あの様子だと、琳娜と玄が同一人物であることも、かなり前から気づいていたのだろう。
(一体、いつから?)
なぜ、それを私に言わないのだろう。
分からないことだらけだ。
……でも。
「いいのよ。美雨」
あの組紐は、先日、美雨と燃やして処分した。
今日で、私の王妃のお役目は終わる。
それでいい。
「もう、いいから。冷えてきたし、房間に戻りましょう。美……」
(あ……れ?)
……いない。
今までそこにいた美雨が、忽然と消えていた。
「美……雨?」
何処に行ってしまったのか?
彼女の着ていた鮮やかな橙色の衣を目印に、私は懸命に捜す。
今日のために私の着物も含めて、新調したと話していた。慶事ということで、今回、給金が増えたのだと……。
(それにしたって、最近、随分と生活水準が向上したような気が……)
「……ん?」
私は、何を見落としているのだろう?
………どぉぉん。
大銅鑼の音が鳴り響く。
耳を両手で塞いでいると、移動を始めた人たちが口々に歓声を上げ始めた。
「……陛下だ!」
「陛下がおでましになった!」
(な、何!?)
「嘘でしょ?」
ありえない。
国王が民衆の前に姿を現すのは、正殿のはずだ。
(ここは、中央門の近くのはず。正殿からはだいぶ離れている場所よ)
絶対、虚言に決まっている。
……けれど。
一際目立つ行列が、前方からこちらに近づいて来ているのは事実だ。
今までごった返していたその場が急に静まり、波が割れるように、中心が開く。
大勢の人が左右に別れ、慌てて叩頭していく姿に、私は呆然となった。
「お妃様!」
淡く光る組紐を私の手に握らせたのは、消えたはずの美雨だった。
「え、あ、何で? 美雨?」
「申し訳ありません。お妃様の目を盗んで、隠していました」
「はあ?」
「燃やせるはずがないでしょう」
失敗した。
情の厚い美雨と、組紐の処分なんてしない方が良かったのだ。
嫌な予感しかしない。
早く、組紐など捨ててしまえばいい。
――しかし。
「まさに神の差配だな?」
発光を続ける古ぼけた組紐を手に、列の先頭。赤色の裳裾を華麗に捌きながら、私に近づいてくる大柄な若者。
腰に帯びた神剣の柄頭にたなびく金の剣穂。降魔を意味する黄金を身につけることが出来るのは、亮王のみだ。
「妃に会いたいと願ったら、見事に導かれてしまった」
「ど……して?」
――貴方が、ここに?
「見つけたぞ。我が妃」
現実で顔を合わせるのは、二回目。
大勢の臣を従えながら、天禄様が私の前で足を止める。
「お妃……様?」
私の傍らにいた人が弾かれたように跪き、頭を下げた。
「ちが……」
違う。 私が本物の王妃であるはずがない。
――私のような人間が……。
周囲の好奇な視線は、私の体力を確実に奪っていく。
激しい目眩。
次第に気が遠くなっていく私に、天禄様は
「琳娜!」
確かに、そう呼んだのだった。



