贄の公主と降魔の王 ~黒衣を纏う花嫁は、年下王の最愛になる~

◇◇
 必死に食い下がって、やっと聞きだした彼女の名は「(シュアン)」だった。

 (どうせ、偽名だ)

 まったく、食えない女だ。
 私は何とかして彼女から、本当の名を聞きだそうとした。
 名前だけではない。
 彼女の年齢。出身。居所……。すべてを知りたいと尋ねた。
 罰するつもりなどなかった。
 むしろ、玄もその家族も厚遇すると、何度も詰め寄ったくらいだ。
 けれど、彼女は何を言っても、私の言葉を真に受けてはくれなかった。
 だから、私は彼女から信用を勝ち取るために、勉学に励み、武芸を磨き、魔物討伐にも熱心に出て、呪い事まで習うに至ったのだ。

 ――それでも。
 こんなにも、私が努力しているにも関わらず、玄は私が組紐に念じて呼び出しても、無視することが多くなった。

(なぜだ? なぜ、彼女は私が近づこうとすると、遠ざかる?)

 嫌われているわけではないと思う。
 でも、何か複雑な背景を抱えているのは確かだ。
 そうでなければ、命懸けで、私の臥室に侵入して、呪い事など仕掛けてこないだろう。

(玄は、何を恐れている?)

 十四歳になった頃、私は頭を振り絞って考えて、考えて……。
 やっと気がついたのだ。
 組紐から感じる彼女の気と、魔物討伐の際に感じる気が同じであることを……。
 おそらく、彼女は魔物討伐中の私の魂に関与している。

 ――視ていて、助けてくれている?

 呪い事を得意とする彼女なら、そういう術を使ったとしても何ら不思議ではないだろう。

 ――ということは、玄は私のすぐ近くにいる?
 でも、名乗れない。
 そういう事情がある?

(事情……。事情なんて、私は王だぞ? 私に言えないことなんて?)

「……あ」

 そうして、私は粗方のことを悟ってしまった。
 中途半端な聡さで、自分が絶望的な場所にいることを……。
 
(私は何と無能で、愚かで、最低な男なのだ)

 いっそのこと、王位など捨ててやりたい衝動に駆られたが、私がそうすることを、玄が望んでいないことだけは分かったので、黙って耐えてきた。

 ――それから、三年。
 更に物事の裏を探り、成人の儀を執り行うまでに、すべての決着をつけようと、私なりに足掻いていた。
 けれど、事もあろうか、その成人の儀を早めるなんて……。

(母上め……)

 想定外もいいところだ。
 
(とにかく、一度、玄と話したい)

 今までは、場所と時間を誰にも邪魔されないよう細かく考えていたが、最早、そんな悠長なことを言っている暇はない。
 次の執務までの時間を、一人にして欲しいと側近に厳命した。
 周囲に聞こえないよう、気を配り、一縷の望みをかけて、組紐に念じる。
 
(今日も無視されたら、どうすればいい?)
 
 ――だが。

『……天禄……様?』

 玄は数カ月ぶりに、天禄の声に応えてくれた。

『おや、今日は随分と、お静かのようですが?』

 すでに迷惑そうな口ぶりだが?

『実は、その……。私の成人の儀が、早まったのだ』
『まあ、それは、おめでとうございます』
『……あ、ああ』

 間髪入れずに、祝いの言葉を述べられてしまい、私の方が泡食った。
 もう少し、感情を込めて欲しいものだ。

(まあ、でも、亮の国民であれば、私の成人の儀が早まることくらい、誰でも知っていることだろうから……)

『そうだな。実にめでたい。国を挙げての祭りになるだろう』

 自分でも訳が分からなくなって、投げやりに返したら、玄もまた適当に返してきた。

『ええ。きっと、賑やかになるでしょうね』
『そうだな。賑やかに決まっている』
『何でも、国民は七日間、昼夜問わず、酒盛りをするとか……』
『そう。酒盛り……』

 ……なんて、知るか。そんなもの。
 私はわなわな震え、ついに我慢できなくなった。

『……そうじゃなくて……だな。玄』
『はい?』
『成人するということは、私によく知らない女があてがわれるということだ』
『言葉が悪いですね。王ともあろう御方が。正式にお妃様を娶られるのでしょう? 大変、素晴らしいことです』

 棒読みもいいところだ。
 下手な舞台役者でも、そんな芝居はしない。
 可愛くない女。
 でも、これが玄なのだ。

『何が素晴らしい? 素晴らしくないに決まっているではないか。貴方は、どうなのだ?』
『どう……とは?』
『玄は若い娘だろう? その、結婚についての見解とか……』
『……なぜ、私が若い娘だと思うのです?』
『それは……その……。さ、さすがに、分かるだろう。私は四年もこうして、貴方と話しているのだ。何かこう……若い娘って感じがするからな』
『老婆かもしれませんよ。体中痣だらけの化け物かもしれません』
『ああ、別にいいよ。この際、老婆でも、化け物でも何でもいい。……いいか? 私は、いい加減、貴方に会いたいのだ』