贄の公主と降魔の王 ~黒衣を纏う花嫁は、年下王の最愛になる~

「お妃様!」
「美雨?」

 房間に滑り込んできた美雨は、私の面布をはぎ取ると、新たな傷の所在を観察してから、長すぎる溜息をもらした。

「もう! 何で、私、肝心な時に、お妃様の近くにいないのでしょう?」
「いない方がいいわ。あの方、面倒だもの」
「でも、また、お妃様に傷が……」
「この程度の傷。瘴気で負ったものでなければ、すぐに治るわ」
「そんなことはありません。薄くなっても傷は残ります。体にも、心にも」

 そうかもしれない。
 率直な指摘を受けて、私は押し黙るしかなかった。

(一度負った傷は、なかなか治らない)

 姉様と弘毅を、私のせいで死なせてしまった。
 その罪悪感を消すことは、私には一生できない。

 ――このまま、二人のところに行くのが良いのだろう。

「……あの……ね。美雨。天禄様の成人の儀が早まるんですって」
「え?」

 私の顔の擦り傷を、手際よく、水で清めていた美雨の手がぴたりと止まった。

「本物の王妃様が決まるの。私は用済みになるわ」
「ぶ、ぶ……」
「ぶ?」
「ぶちまけましょう!」
「はい?」

 美雨が叫んだ。

「すべてぶちまけるんです。陛下に」
「ああ、陛下に?」

 動揺のあまり、主語が吹っ飛んだようだ。

「今の天禄様なら、お妃様のことを大切にしてくれます。しつこく連絡してくるんですから、玄として一言「お願い」って頼めば、尻尾を振って何でもしてくれますよ」
「……そんなこと」
「そうです。そうしましょう!」

 美雨が私の両手をぎゅっと握り締めた。

(まあ、今の天禄様なら……)

 私は瘴気を受けた身体だし、妃として添うことはできないだろうけど、話くらいは聞いてくれるかもしれない。
 だけど……。

「駄目よ。美雨。私がおかしなことを言って、あの方を困らせてはいけないわ」
「何を言っ……」
「むしろ」

 不満げな美雨の言葉を遮って、私はあえて軽い調子で告げた。

「天禄様との交信は、終わりにしましょう」
「駄目ですよ。陛下、泣いちゃいますって」
「やめて。冗談でも恐いわ」

 子供の時ならともかく、堂々たる体躯の天禄様が大泣きしている姿なんて、想像したくもない。

「そもそも、私と天禄様は、そこまで頻繁に交信していたわけじゃないわ」
「それは、お妃様が大方、無視していたからですよ」

 ――そうだった。
 呪い事も乱用すると身体に障る。もう、やめようと何度も思ったが、あまりに煩いから、つい応じてしまったのだ。
 たいした用でもないのに……。
 やはり、私も愚かだ。

「どうせ、天禄様は、私のこともすぐに忘れるわ」

 天禄様の探究心は凄まじい。
 後宮の歴史だって、勝手に学んでいるはずだ。
 それでも、未成年の王に嫁いだ妃の役割については、きっと知らない。
 多分、自分にそういう存在がいたことさえ、認めたくないのだろう。
 
(私のことなど、もう……)

 ……と。

「お妃様……」

 美雨が私の肩を激しく揺さぶった。
 ぱあっと、腕に巻いていた組紐が光っている。

(噂をすれば……)

 天禄様だった。