贄の公主と降魔の王 ~黒衣を纏う花嫁は、年下王の最愛になる~

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「相変わらず、醜いな。わたくしの宮まで、腐臭が漂ってくるようじゃ」

 私の黒い面布を、中腰になった王太后様が扇子の先で何度も叩いた。
 私の房間を訪れる回数は劇的に減ったものの、一度訪れると当り散らし、長く居座ろうとするのが、ここ数年の王太后様の傾向だった。

(天禄様が、親離れしてしまったから)

 私が言ったわけではないが、己を律して生きるようになった天禄様は、王太后様の言う通りに生きていたら、駄目になると自覚してしまったようだ。
 構ってくれない息子に対して、鬱憤が溜まっている王太后様は、しかし、本人にそれを告げることはできず、ままならない苛立ちを、私に向けてくるのだ。

「最近、我が息子は学問を究めたいと大陸中の本を集めているようだ。そんなもの、読んだところで、時間の無駄たと言っているのに、わたくしの言うことを聞こうともしない。まさか、お前、余計なことをしてはいないな?」
「余計なこと……?」
「わたくしに、皆まで言えと申すか?」 
「私は天禄様とは婚姻の儀以来、お会いしておりません」

 念を押すよう、強めの口調で答えた。
 それは事実だ。
 私は天禄様とは顔を合わせていない。
 交流があるのは「声」のみだ。
 しかし、王太后様が四年もの間、組紐のことを知らないのも、妙な話だった。
 組紐を使って、天禄様と交信しているなんて、王太后様が本気を出して調べれば、すぐに私に辿りつくはずなのに、毎回、同じような尋問を受ける。

(きっと、天禄様の仕業なのでしょうけど)

 側近にも内密にしているらしいが、あの方は、呪い事にまで手を出している。
 裏で手を回して、王太后様の目を惑わせるくらい、余裕のはずだ。
 無論、その気になれば、私の居場所を調べることだって容易いはずだろうが……。
 そこは、私も惑わしの術を使って、痕跡を辿らせないようにしているし、天禄様にも、もし、私のことを調べたら、二度と話さないと厳しく伝えている。
 「玄」に対しては、従順な天禄様は、律儀に私のことを調べず、いつか話してくれる日を待っているそうだ。……私から話すことなんて、一生ないだろうに。

「お、王太后様。もう、この辺りで。お時間が……」

 侍女の一人が房間に飛び込んできて、怯えながら、拱手する。
 王太后様は忌々しそうに、侍女を振り返ったものの……。
 すぐに、機嫌良く口元を緩めた。

「ああ、そうだ。わたくしは、今、とても忙しいのだった」

 鼻を鳴らして、立ち上がり、重そうな刺繍の入った裙の裾を翻す。
 ほっとしていた矢先、しかし、とんでもない捨て台詞を投下していったのだった。

「陛下の「成人の儀」を少し早めることに決めたからな」
「……えっ?」

 しばらく、理解が追いつかなった。

「え? 新たな王妃を迎える……と?」
「左様」

 私の呆然とした様子に、気を良くしたのだろう。
 王太后様はすらすらと喋ってくれた。

「あの子は神だ。最近は自分だけで瘴気を祓い、魔物を殲滅しているらしい。私があの子に相応しい妃を選ぶのだ。お前はもう無用じゃ」
 
 そして、得意げな表情で私を一瞥すると、高笑いしながら、去って行った。
 後に残ったのは、静けさと空っぽな現実だけだった。

「……成人。あの天禄様が……」

 己の呟きで、私は実感した。
 どうして、私は天禄様の成人の儀が、早まることを想定していなかったのだろう?
 あの方が強く、賢くなればなるほど、私は不必要になるというのに。
 死ぬまで、王妃として寄り添うことができるのではないかと?

(きっと、家柄が良く、美しい方を妃に迎えるのでしょうね)

 魔物討伐の際、私の目に映る天禄様は、以前のような中性的で華奢な姿ではなかった。
 意識を繋げているから、天禄様目線にはなってしまうけど、長身で筋肉隆々。逞しく育っていた。
 今の天禄様なら、きっと、新しい妃と手を取り合って、亮をより良い国に導くことができるはずだ。
 ちくり……。胸の奥が痛いのは、天禄様を見守ってきた保護者としての寂しさなのだろう。
 そうであって欲しかった。