至高の一匙――オッサン料理人、人生後半で獣人の子供を育てる

 首都に戻ってきて、すぐに治療院に行った。
 正確には、晴に引っ張られて行った。

「残念ですが、産卵期のカラスうずらの毒は、完全には解毒できません。症状は軽くできますが……抜けるのを待つしかないですね」

 治癒術師の涼香《すずか》に予想通りの説明をされた。
 ショックを受けていたのは晴だった。

「どれくらいで抜けますか。軽くなったら指は動きますか?」

 晴が前のめりに涼香に迫る。
 小さな体を受け止めて、涼香が優しく諭す。

「回復薬を処方するから、ひと月もあれば抜けるわよ。指は徐々に動くようになるわ。最初の処置が早かったのね」

 晴の目が絶望的に暗くなった。

「ひと月……もっと早く治りませんか。二週間で動くようになりませんか!」

 晴が泣きそうに叫ぶ。

「二週間は……難しいわね。タツキさんだから、ひと月で治る見立てだけど、普通の人なら治癒に二月はかかるわ」

 曲がりなりにも元は勇者候補、今でも食材ハントのために冒険者に準じた鍛え方はしている。毒への対処も心得ている。

(だから、どうにもならない状況も、わかっちゃうんだけどね)

 晴の気持ちは、そうはいかないようだ。
 困った風に、涼香がタツキに目を向けた。

「二週間後、収穫祭ですものね」
「まぁ、困りはするけどね」

 なってしまったものは仕方がない。

「回復薬、出してもらえるだけで有難いよ。ほら、晴。帰るぞ」

 涼香に掴まる晴を剥がす。
 落ち込んだ顔と一緒に、耳と尻尾が寝ている。

「一番強い回復薬、調合しておきます。私もタツキさんに頑張ってほしいもの」

 涼香が微笑んだ。
 いつも食堂のランチに来てくれる常連客だ。
 応援してくれるのは、有難い。

「すまないね、涼香」

 涼香が晴を眺めて眉を下げた。

「晴くんも、タツキさんを支えてあげてね」

 涼香が晴の肩を優しく擦る。
 俯いたまま、晴が無言で頷いた。

 回復薬を処方され、自宅に戻ってきた。
 やっぱり晴の表情は晴れない。

「お、晴。野菜が届いてるぞ。開けてくれるか」
「うん」

 いつもならワクワクしながら箱を開けるだろうに。
 肩が下がり切っている。

「どうだ? 野菜、出して見せてくれるか?」

 晴が箱の中をガサゴソと漁り出した。

「このお野菜、土がついてるよ」

 晴が持ち上げた人参はふっくり太って、色も濃い。
 とても美味しそうだ。

「土がついていたほうが、野菜が長持ちするんだ。野菜専用の野菜庫のほうが、冷蔵庫より鮮度が良いんだぞ」

 晴が感心した顔をする。
 さっきより少しだけ顔が上がった。

(良い傾向だな。何か作るか)

 そう考えて、良い方法を思い付いた。

「そんじゃ、ビックリ煮込みの野菜だけ作ってみるか。晴、俺の言う通りにしてみろ」
「わかった。どうするの?」
「まずは、ある程度の土を箱の中で落として」

 晴が言われた通りに野菜の土を払う。

「落とせたら、洗い場で野菜を洗う」

 土を落とした野菜を晴が丁寧に洗い始めた。

「人参以外にも、レンコン、里芋、ゴボウ、大根も同じようにな」

 同じように土を払って野菜を洗う。
 大根が大きくてふらつく晴を、タツキはソワソワと見守った。

「師匠、全部洗えたよ」

 晴の顔がちょっとワクワクを帯び始めた。
 次に何をするのか、楽しみなんだろう。

「じゃ、次な。俺の言う通りに野菜を切るんだ。レンコンは銀杏切り、大根は厚めの短冊切りにして、角を取って……」

 晴用に用意した小振りな包丁で、器用に切っていく。

「晴は野菜を切るのが早いし、上手くなったなぁ」
「毎日、仕込みのお手伝いしているから。野菜を切るの、僕、好きだよ」

 晴の背中が楽しそうだ。
 気持ちが少しずつ上がってきたようだ。

「じゃあ、晴にとっておきを教えてやろうな。人参の飾り切りだ」
「飾り切り、知ってる! お花とかの形にするんだよね? 本に書いてあったよ」
「そう、それ。晴は勉強家だな」

 頭を撫でてやると、晴が笑った。

「えへへ。だって、師匠の飾り切り、綺麗で好きだから。僕もできるようになりたい」
「じゃ、練習だな。まず、ここに、こういう角度で刃を入れて」

 右手で包丁を持って、輪切りにした人参に刃を添える。

「こう……?」
「そうそう、力を入れすぎるなよ。次はらせん状に……」

 晴が慎重に包丁を動かしていく。

「肩に力を入れるなよ。肘は少し開けて、足は肩幅より少し狭いくらいに開くと、やりやすいぞ」

 晴が、言われた通りに姿勢を整える。

「本当だ。力が入れやすくなった」
「だろ。続き、作ってみな」
「うん!」

 晴が集中し始めた。

(やっと顔の憂いが晴れたな。どれ、俺は……)

 鍋に水を張って、出汁を取り始めた。
 かつお出汁ベースの煮汁を作る。

「師匠、できた!」

 晴が花の形に切った人参を、タツキに見せた。

「いいね。初めてにしちゃ、かなり上手いぞ」

 晴の顔が、ぱっと明るくなった。
 耳と尻尾が、ピンと立っている。

「他の野菜も切るか。あとはシイタケとコンニャクも」
「僕、冷蔵庫から出すね!」

 台から降りて、晴が冷蔵庫を開ける。

「俺が煮汁を作るから、晴は野菜類を全部切ってくれ」
「わかった!」

 慎重に野菜を切っていく晴は、いつもの晴に戻っていた。
 そんな晴を眺めて、タツキはこっそりと微笑んだ。

 そんな風に料理をしていたら、野菜の煮付けが出来上がった。

「いただきます」

 二人で手を合わせて、野菜の煮付けに箸をつける。

「美味しい……! お野菜、ホクホク、柔らかい」
「うん、美味いな」

 晴とタツキは同時に声を上げた。

「味が染みてるねぇ」

 晴が頬に手をあてて、しみじみ零した。

「下茹でするより、軽く蒸したほうが味が染みるんだよ。やり過ぎると型崩れするから、ちょっと硬い程度で煮始めるのがコツな」
「うん、わかった!」

 晴がパクパクと野菜を食べる。

(人の子だと、このくらいの歳は野菜を嫌がるけど、晴は何でも好きだな)

 仁は子供の頃、人参とピーマンが嫌いだった。
 晴は好き嫌いを言わない。
 何でも美味しそうに食べるから、無理している風でもない。

「晴は何でも美味そうに食べるなぁ」
「だって、師匠の料理はどれも美味しいから」

 嬉しそうな顔でゴボウを頬張る。
 その顔を見ていたら、大丈夫だと思えた。

「晴に頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」

 晴が表情を改めて、箸を置いた。
 無言で、こくりと頷く。

「二週間後の大会、俺と一緒に料理を作ってくれ」

 晴が目を見開いた。

「今日みたいに、俺ができない所を晴にやってもらうんだ。二人でなら、こんな風に美味しい料理が作れる」

 晴の目が、煮付けに向いた。
 その目が上がって、タツキを真っ直ぐに見た。

「やりたい。僕、師匠と一緒に大会に出たい。僕が師匠の左手の代わりになるよ」
「そうじゃねぇよ。俺は晴と一緒に料理を作りてぇの。代わりとか、考えなくていいんだよ」

 晴の唇が震えた。

「僕……」

 晴の目が、ジワリと潤んだ。

「僕も……師匠と一緒にお料理、作りたい」

 晴が、自分で作った人参の花を、ぱくりと食べた。

「美味しい。二人でなら、こんなに美味しいお料理、できるんだ」
「俺と晴じゃないと作れない料理だぜ」
「うん……!」

 涙を流しながら煮付けを食べる晴は、ちゃんと笑えていた。
 タツキはやっと胸を撫で下ろした。